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高温化での運動

近年は多くの競技会が過酷な暑熱環境下で行なわれているため、選手のコンディ ションが低下し、望むようなパフォー マンスを発揮できなくなるケースもよくみられます。
目標にしている大会があると、暑い中でもそれに向けて練習をしなければならない。

身体活動は体内の化学的エネルギーを運動エネルギーに変換して営まれています。
そのエネルギー効率は全体の約20%程度であり、残り80%は熱となるのです。

身体活動は必然的に熱を発生するのです。
熱の一部は体温維持に向けられるが、残りは体外へ放出しなければなりません。

作られた熱は、 血液循環によって体表面(皮膚血管) に運ばれて、さまざまな作用によって体外に放出されます。

外気温が皮膚温よりも高い暑熱環境下で運動を行なうと、筋の収縮によって発生する熱に、外部から取り込まれる熱(太陽や地面からの輻射熱、外気温など)が加わって、体温の上昇が助長されます。

体温の上昇を抑制するためには、皮膚血流を通して効率よく熱を放散するか、それでも補えないときは汗の蒸発による熱放散が唯一の方法になります。

中・高強度の自転車での運動を環境温 3°C、20°C 、40°Cで行なうと、疲労困憊に至るまでの運動継続時間は 40°Cの 環境下で最も短いという研究結果もあるそう。

運動時の適度な体温上昇は運動効率を高めます。
しかし、環境温度が高温となり、より長時間の運動になると体温は過度に上昇し、運動効率の低下を引き起こすのです。

競技アスリートが暑熱環境下で持久性運動を行なった場合、深部体温が約 40°Cになると疲労困憊して運動できなくなります

過度の体温上昇は、運動継続を制限する危機的限界レベル(臨界体温)とみなされます。
呼吸循環器系や筋代謝系だけでなく、脳活動や認知機能といった中枢神経系の機能不全を起こしますし、運動パフォーマンスの低下、熱中症など生命を脅かすことにもなりかねません。

したがって、熱ストレスを低下させるための対策が必要となります。

一方、高強度運動における無酸素領域に対しては、過度ではない暑熱環境は、むしろプラスに作用することのほうが多かったりもします。

脱水と運動パフォーマンス

水分は体内で細胞内液や細胞外液 (血液、リンパ液)として化学反応を円滑に進めたり、栄養素や酸素を全身へ運搬したり、老廃物を除去したり、体温を調節するなど重要な役割を担っています。

運動により体温が上昇すると、 身体は熱放散のための皮膚血流や発汗を促進させます。
しかし、発汗の増大は脱水を進行させ、心臓循環系への負担を増大し、やがて体温上昇を抑制するための熱放散も制限してしまうのです。
運動中の発汗量は 2ℓ/ 時にも及ぶこともあります。

体重の2%程度までの脱水では著しい体温上昇は観察されませんが、それ以上になると1%ごとに体温は約0.3°C、心拍数にすると約 5 ~ 10 拍/分上昇してしまいます。
過度の脱水は身体の様々な機能に影響を及ぼすだけでなく、運動能力も低下させてしまうのです。


水分減少率 (体重に占める割合) : 主な脱水症状

2% 
喉の渇き、持久性運動能力の低下

3%
喉の強い渇き、ぼんやりする(集中力低下)、体温・心拍数・呼吸 数の上昇、食欲不振、認知機能の低下、瞬発性運動能力の低下
4%
皮膚の紅潮、イライラする、疲労困憊、尿量の減少と濃縮

5 ~ 9%
頭痛、視力・聴力の低下、熱にうだる感じ、身体動揺(よろめき)、 痙攣、めまい・脱力感など中枢神経系への影響
10%~
無尿、循環不全、死亡

熱中症とは

熱中症とは、暑熱環境下で発生する 障害の総称であり、重症度に基づき、 熱失神、熱けいれん、熱疲労および熱射病の 4 つに分類されます。
熱中症は、梅雨の合間や暑くなり始めの数日間(梅雨明け直後)に高い頻度で発生しやすいのです。
これは身体が暑さに順応していないため。

暑熱環境下における暑さ対策

熱環境がパフォーマンスに及ぼす負の影響を緩和する対策として、水分摂取や身体冷却、暑熱順化トレーニング、衣類、コンディショニングのような暑さ対策が必要不可欠です。

水分摂取
以前は運動時の水分摂取量は発汗量と同等程度が望ましいとされていました。
しかし、4 時間を超えるランニングや サイクリングなどの超持久系運動や競技においては、発汗量を大きく超える水分摂取によって血中のナトリウム濃度が低下し、全身痙攣や呼吸困難などの症状をきたす低ナトリウム血症が発症しうることがわかっています。
競技アスリートにおいても暑熱下での長時間に及ぶトレーニングや試合などで発症する危険性があります。
発汗量に見合った水分摂取や失われた電解質を適切に補給することが重要です。

そのためには個人にあった水分摂取の適量を見つけることが重要です。
日頃の練習において体重や尿をモニターしておく必要があります。

多くのガイドラインは、水分摂取の適量を「体重減少が 2%を超えない範囲」としています。

この値は、脱水による身体や運動パフォー マンスの低下を最小限に抑えるための 数値と一致するそうで。
環境条件や体調等により発汗量は異なりますが、水分摂取量の目安として、練習や試合前の 1 時間 で 500 ml程度、練習や試合中は 1 時間当たり 500 ~ 1000 ml、練習や試合後 は発汗量の 1.5 倍程度を摂取するといいでしょう。

一度に胃から腸管に移動できる水分量は 200 ml程度、1 回の摂取量はおよそ200~300ml (コップ1杯程度)です。
また、水分摂取間隔をこまめにすることで、汗の蒸発に効果的な有効発汗を高く維持することができます。

喉の渇きは脱水が進行してから自覚されます。
喉が渇く前から計画的に水分を摂取することが大切です。

トレーニングや試合における水分摂取のポイント
水分摂取の目的
・運動前:身体の水分、電解質を正常な状態に保つ
・運動中:運動パフォーマンスの低下を防ぐ。過度の脱水と電解質の損失を防ぐ。持久系競技ではエネルギーの補給
・運動後:失った水分および電解質を回復する(塩分を含む食事との併用)

摂取タイミング
・試合の開始 2 時間前ぐらいから水分を摂取するよう心がける
・可能な限り、こまめに(15分ごとなど)水分補給をする。
・喉の渇きを感じる前に計画的に摂取する。

摂取温度
・約 5 ~ 15°Cなど飲みやすいもの
・暑熱環境下での持久系の競技では、運動前や運動間にアイススラリー(-1°C)を摂取することも効果的

何を摂取すればよいのか?

汗をかくと水分とともに、ナトリウ ムやカリウムといった電解質も失われます。
電解質は細胞の浸透圧調節、筋細 胞や神経細胞の働きにかかわる重要な物質です。

少なすぎても多すぎても細胞や臓器の機能が低下してしまうのです。

特にナトリウムが不足すると熱痙攣や熱疲労からの回復が遅れるため、時間が経過するほどパフォーマンスが低下してしまいます。

ヒトの身体はできるだけ同じ状態を保つホメオスタシス機能(恒常性)が備わっています。
多くの発汗により水分と電解質を損失したとき、真水やお茶などを摂取しても、体液が薄まったことで元に戻そうとしてさらに水分を身体外へ出したり、喉の渇きを止めてしまうため、必要な水分を摂取できなくなります( 自発的脱水)。

なので、 失われた汗に近い電解質飲料(スポー ツ飲料)を摂取することが重要なのです。

主なガイドラインでは、塩分0.1 ~ 0.2%(ナトリウム:40 ~ 80 mg/ 100 ml)を含んだ飲料の摂取が推奨されています。
また、持久系の運動やトレーニングなどの、1 時間以上運動を継続する場合には、4 ~ 8%程度の糖質が含まれた飲料が有効です。
糖質(ブドウ糖+果糖)を含んだスポーツ飲料は疲労の予防だけでなく、腸管内での吸収スピードを速め、 保水率も高めることが期待できます。

身体冷却

スポーツにおけるパフォーマンスは体温上昇に強く影響されます。
暑熱環境下における運動によって引き起こされる高体温や疲労、さらには運動能力の低下や熱中症などの弊害を防ぐには、身体冷却が有効です。
身体冷却には主に身体外部冷却と内部冷却の 2 つの方法があります。
外部冷却は冷水浴(冷水浸漬)やアイスパックのような従来から使用されてきた身体冷却方法であり、皮膚温や核心温を効果的に低下させてくれます。
なかでも、冷水浴は冷却効率の高さやエルゴジェニック効果(運動パフォーマンスの向上)が十分に証明されていて、身体冷却のゴールドスタンダードとなっています。



(ドボンライド…!!!!!!!!)



また、 冷たい飲料の摂取により身体の内側から冷却する内部冷却があります。

運動後のリカバリーとしての外部冷却の効果
激しいトレーニングや試合で生じた筋の微細な損傷(炎症反応)への対処、上昇した筋温や体温を素早く下げ、余分なエネルギー消費を抑えることが目的。
翌日の脚部や全身の疲労感が軽減されるなど、選手の主観的感覚に影響を及ぼすことも特徴なのです。
さらに、冷水浴と温浴の交代浴を用いることによって、疲労回復に加え、 リラックス効果も期待できるのです。

暑熱順化トレーニング

暑熱環境下における繰り返しの曝露や持久性運動トレーニングを継続すると、暑熱ストレスに対する抵抗力(暑熱耐性)が高くなります。
このように暑さに身体が適応することを暑熱順化といいます。
暑熱下でのパフォー マンスの制限因子になりうる深部体温は、安静時および運動時に低下し、限界レベルに達するまでの温度差が大きくなります。
また、皮膚血流反応や発汗反応が改善し、熱放散機能が向上します。
汗による電解質の損失量(汗の塩分濃度)が減り、血漿量と体水分量の増加が伴って体液バランスが改善することも。
運動パフォーマンスへの影響が大きい心臓循環系や代謝系も改善してきます。
乳酸閾値が上昇することから、筋のグリコーゲン貯蔵量は維持され、全体としての代謝量も低くなるのです。

さらに、熱ショックタンパク質(ヒー トショックプロテイン)の発現が増大するなど、細胞レベルでも変化が起こります。
結果、暑熱耐性が増大します。
このように暑熱順化によって身体の様々な機能が 向上するため、持久性運動能力は向上し、同じ運動を行なっていても暑さの感覚は軽減され、熱中症の危険性も少なくなるのです。

暑熱順化のためのトレーニングとは?

暑熱順化を開始すると、3 日前後から発汗量の増加、心拍数の低下、体温上昇度の低下といった生理的変化がみられ始めます。
しかし、競技アスリー トが暑熱環境下で最適な運動パフォー マンスを発揮するためには、さらに日数が必要で、一般的には 7 ~ 10 日必要になります。

実際に運動鍛錬者が暑熱環境下において 10 日間連続して自転車運動を行なうと、体温が低下し、運動継続時間が延長します。
暑熱順化を効果的なものにするためには、体温が 1°C以上上昇する運動が必要なのです。
さらに、アスリートが暑熱順化を行なう上で、運動の強度と時間で、一般的には、60 ~ 100 分前後の中強度運動( 50 ~ 60% VO2max前後)がよく用いられています。
また、暑熱順化の時期による調整では、暑熱順化初期にはまだ身体が慣れていないので、低い強度から開始し、 徐々に強度と時間を増やしていく必要があります。
さらに、暑熱順化により獲得した機能は、暑熱順化終了後、 約 1 週間~10日で消失してしまうことから、トレーニングの間隔を3 日以上連続してあけないことが大切です。

これから夏本番です。
屋外でスポーツを楽しまれる方は、水分補給と暑熱順化を気にしてみてください。



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