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鬼のつくツボと、鬼退治の話

私たち鍼灸師は、ツボ(経穴)を使って施術をします。
経穴にはそれぞれ名前がついています。
日本では「三陰交」や「足三里」などの名前が使われることが多いのですが、
WHO国際標準では「SP9」「ST 36」というように略された経絡名と数字(SPは脾経Spleen Meridianの略、9はその経絡の9番目の経穴であるという意味です)で表記されます。

このアルファベットと数字での表記は、システマティックでわかりやすいのだけれど、元々の名称に含まれていた意味が見えなくなってしまうという、残念な点があります。

こういうの、地名でもよくありますよね。

元々の地名がその場所の特性を示していたのに、諸事情で元の地名がなくなり、地名がただの記号になってしまったけれど、実は元の地名にはその場所での災害注意な意味が含まれていた、なんて話もありますよね。

経穴名も似たようなところがあって、
「三陰交」という経穴名は、足の三つの陰の経絡が交わるところ、という意味です。
すなわち、その三つの経絡全てに効かせることができる経穴。

また、今、私たちが使っている名称の他に、古くから伝わる別名があります。
たとえば「三陰交」なら「承命」「太陰」「下三里」などです。


経穴の別名には「鬼」の漢字が入るものがいくつかあります。
そして「鬼」のつく経穴は、精神疾患系に使われることが多い経穴です。
現代のような病名がない頃の人々は、鬼が悪さをしてメンタルに影響していると考えたのかもしれません。

この「鬼」にまつわる話で興味深かったものがあります。

ある鍼灸師のところへ、一人の患者さんが来ました。
「この人、鬼がいるって言ってるんですよ」と、奥さんに連れられてきた男性です。
心療内科などろくにない、精神疾患に関する情報もほとんどないような時代です。
当時は、精神病院に入れたらもう出てこれないかもそれない、そんな時代。
男性が「鬼がいる」とあまりにも言うものだから、男性の子供たちはもう彼を病院へ入れるしかないと考えていたらしい。

でも奥さんは、一縷の望みを託して男性を鍼灸院に連れてきたのでした。
(まだ医療へのアクセスが今ほど容易、一般的でない頃は、鍼灸院は町医者的なポジションだった地域もあります)
(またその鍼灸師は、そのご家族を診てらしたので信用もされてる)


鍼灸師は男性(患者)に言います。
奥さんや家族は、鬼が見えるって信用してないみたいだけど、僕は信用しているから、どんな奴がいるのか(見えるのか)話してごらん、と。

患者さんは、鬼がどこにいて、どういうことをしているかを、とてもリアルに話す。辻褄も合ってる。
鍼灸師は毎日、施術をしながら患者さんの話を聞きます。
患者さんは、今日は風呂場にいた、夜はこの部屋にいる、子供を連れてきた、子供だけで出た、など鬼の様子を話す。

そして2週間が過ぎた頃、鬼が出る場所は部屋から庭に移り、日が経つごとに鬼は離れていって、どんどん離れて、最後はみんなどこかへ行ってしまった。
そして治って、以来、鬼は出なくなったという。

そんな話です。

この鍼灸師が使った経穴が、鬼の字が入る経穴かどうかはわかりません。
「風熱で治療して百会に灸するを1日おきに」としか書かれていないので。(この話は【脉から見える世界 井上雅文講義録】のコラムにあります)

この話を読んで思ったのは、
単に風熱の治療をするだけでなく、患者さんの話をとことん聞く。
否定しない。安心感を与える。
それらも施術の重要な要素に違いない、ということ。

鍼灸は、鍼灸師と患者さんの距離がとても近い施術です。
互いの関係性も結果に影響します。
気持ちに寄り添うのって、とっても大事。(言うは易し行うは難し)



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