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風邪と記憶

久しぶりに風邪にかかって体調を崩した。先日アムステルダムに行ったので、人混みに揉まれた時に移ったのではないかと思う。翌日働いている最中に突然喉にイガイガを感じて、寝る前には私が絶大なる信用を置いている葛根湯を摂取したが遅かったようで、そのうち鼻水とくしゃみが出始めた。発熱はないものの二、三日は気分優れず、必要最低限のことだけして寝るという状態である。

風邪はできればひきたくないものだが、風邪をひいてしまったからこそ美味しい料理もある気がして、それが私にとってはお粥である。幸い簡単な料理は作れるぐらいの体調だったので、数日前作った雑煮の残りの大根と米を大量の水で煮て大根粥を作ったら、これがとても美味しい。塩だけの味付けだから旨味も何もないのだが、鼻が詰まって味が感じにくいし、お米のつぶつぶとした食感がいつもより感じられて、風邪にならないと知覚が鈍感なままというか、こういう繊細さには気づけないなぁと思う。

ヨーロッパ生活も八年目になり、日本食を食べない生活にも慣れているが、自分が弱っている時にはやはり日本のものでないと栄養を吸収できない。そんなことないのだろうが、しかしパンを食べる気にはなれない。風邪になると幼少期にお粥を作ってもらった記憶が大人になった今でも自分の中に強く根付いているようである。考えてみるとお粥は消化によくてもあまり栄養はなさそうだが、お粥を食べると元気になる経験を身体が覚えているのである。

体調が悪くなりそうな時や悪くなってしまった時、渡辺有子さんの『風邪とごはん』(筑摩書房)という料理本を開くのが楽しみになっている。基本的にはレシピ本なのだが、渡辺さんの風邪の記憶や過ごし方など食を通して風邪との向き合いについて書かれたコラムもある。風邪というと一般的に悪いことだと思うが、だからこそ健康について改めて意識することにもなって、たまには風邪を引くのも悪くないなと最近になって思うこともたまにある。

とはいえやはり風邪になると色々生活に支障をきたすので、できれば健康な食生活を送って避けたいものである。この本は読んでいるだけでも身体が温まるような料理本で、はじめににも書かれているように渡辺さんが誰かを想って書いたレシピなんだろうなと想像する。レシピ自体は病人が作るには手間がかかり過ぎなのではと思うものもあるので、誰かが風邪の時に一番役立ちそうな本だと思うが、単身でヨーロッパに来た時からずっと引っ越しの度にも手放すことなく運んできたお気に入りの一冊である。