はじめてのアルバイト_表紙

【連載小説】 Adan #31

はじめてのアルバイト〈12〉

「もちろん冗談だって分かってたよ!」と僕は聖良ちゃんと正人くんに向かって叫んだ。「君たちの冗談を真に受けるっていう僕なりの冗談だったんだけど、分かりづらかった? こんなの冗談に決まってるじゃないか! レインボー・アフロでエアロビクスウェアをまとって、おまけに紫色のローライダーに冗談ではなく本気で乗っていたら、そいつは変態だよ!」

 僕が嘘をついてしまったのは自己防衛を任務とする自嘲部隊の働きによるものと考えられる。嘘をつき、恥の上塗りをする。そのほうがより盛大に自嘲できるというものさ。ただし言うまでもなく、その勇敢なる自嘲部隊の働きが決まって僕に嘲笑をもたらすとは限らない。僕の嘘を聞いた聖良ちゃんと正人くんの反応はというと、二人は肩をすくめ合っていた。

 それから正人くんが、僕たちは二か月前から付き合っているんです、と僕の耳に心地の悪いことを言い、続けて、僕と聖良がさっきやっていた営みのことは誰にも言わないで欲しい、口外したらぶっ殺すぞ、と僕に言った。正人くんはそれを言いたくて僕を引き留めたようだった。僕はそんな正人くんに対し、荻堂亜男という男は口が堅いから安心して、と彼の耳に心地の好いことを言ってやり、さらに、この駐車場で愛を確かめ合うときは駐車している車の陰でやるか、さもなくば衝立《ついたて》か何かを立てたほうがいいかもね、と年上らしくアドバイスもしてやった。

 数日後、僕はファストフード店のキッチンスタッフの職務を遅滞なく退いた。僕は退職するまで、そのままの姿で居続けた。レインボー・アフロの頭にエアロビクスウェアを着、そして紫色のローライダーに乗って出勤したのさ。僕は道化師《ピエロ》の振りをし続けて体裁を取り繕うのを余儀なくされたってわけ。というか、道化師になりたいのなら自分のままでいたほうがいいみたいだ。わざわざ道化を演じる必要はないみたい、皮肉なことに。ああ! 自分のままでいたほうが道化師になれるなんて……悲しい喜劇! あと、これは余談なのだけれど、グレート・ルート・ベアみたいなアルバイトの女子高生と店長が不倫関係にあったことはスタッフ一同、知らぬ者はいなかった。

 僕はファストフード店のアルバイトを辞めたあと、ただちに車と服装を戻した(ローライダーは自宅マンションの駐車場で今も休眠中だ)。髪型も元の黒髪のミディアム・アシンメトリー・エアリー・ヘアに戻したんだけど(間髪を容れず!)、髪のダメージは心に匹敵するくらい大きかった。そうそう、元の姿に戻った僕《ヒーロー》を目にした利亜夢の反応はどうだったのかというと、彼は残念がるというより、立腹していた。何度も舌打ちしていた。

 それから僕は元の姿に戻る前に、ローライダーとツーショットで北斗に写真を撮ってもらった。思い出を形に残しておきたかったわけではない。必要だったのさ。「ハッピーハロウィン!」っていう偽りの題をつけ、僕はその写真をパソコンからママに送った。ローライダーはハロウィンのイベントを盛り上げるために不可欠だと言って買ってもらったんだ。写真くらいは送っておかなければならない(キャンプ・フォスターとアメリカンビレッジのハロウィンのイベントは実際にあったけど、僕は参加しなかった。失恋した直後だ。のん気に仮装なんて出来る精神状態ではない)。

 ママに写真を送ったら、さっそくiPhoneに着信があった。ママは電話口で開口一番、僕にこう訊いた。

「亜男、あなた誰の仮装をしているの?」

はじめてのアルバイト〈了〉


僕の戯言に付き合ってくれて本当にありがとうございます。
明日は投稿できないのですが、明後日の9月17日(火)から毎日更新を再開します。「チェリーボーイハンターの摩子《まこ》」というこれまたどうでもいい話を、同じく毎日昼の12時にアップします。
明後日以降も僕の戯言に付き合っていただけると(もちろん「たまに」でいいので)、ものすごく嬉しいです。