はじめてのアルバイト_表紙

【連載小説】 Adan #27

はじめてのアルバイト〈8〉

 僕のiPhoneに北斗から遊びの誘いがあったのは、みんながいなくなった駐車場で、ホッピングはできないまでもローライダーの車高を自由自在に操れるようになっていたときだった。僕は北斗と僕の部屋で酒を飲むことになったから、自宅アパートにいる彼をローライダーで拾ってやることにした。前述の北斗の発言は、迎えに来てあげた友だち思いの僕に対してのものである。

「お前のおかげで人類は核戦争を起こすという面倒臭いことをやらずに済むってわけか」と北斗は立て続けに言った。「ま、どうでもいい。核戦争なんてそんな些細な問題は。それより、お前の背後にいるその新しいお友だちを俺に紹介してくれよ」

 僕は北斗の住んでいるアパートの前の路肩にローライダーを停めていた。僕はその新しい友を北斗に紹介し、さらに、この友を金で買った理由である聖良ちゃんのことも彼にざっと話した。

「例によって訊くが」と北斗。「その聖良ちゃんって娘にいつ振られる予定なんだ? いや、その娘をいつ笑い死にさせる予定なんだ?」

 僕は鼻で笑った。「沈没船を釣るための餌が存在しないように、あいにくその予定も存在しない。君には理解できないかもしれないが、僕の今のこの姿は、聖良ちゃんの理想の男性像そのものなんだ。ところで、沈没船と言ってその存在を思い出してしまったんだが、名前負けしてないあの『うざったい女』は、今日は来てないのかい?」

「セックスしてあげたら上機嫌になって早々に帰ってくれた」

「それはご苦労だったね」

 北斗は僕の新しい友とすぐに打ち解けていた。彼はボンネットを開けたり、トランクを開けたり、運転したりと忙しなく動いていた。で、僕がハイドロスイッチの存在を教えてやると、彼はさっそくそれをいじくり始めた。

 憎たらしいことに、北斗は見事にローライダーをホッピングさせていた。初めて操作するにもかかわらず、だ。北斗の操作によりローライダーは、左遷されて地方へ転勤になった戦友を見送ったあとの同期生みたいに、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。僕はそんな嬉しそうに飛び跳ねるローライダーを見て悲しくなった。僕が操作したときには死にかけの虫のような動きしかしなかったのだ。僕は北斗とローライダーの仲を嫉妬した。

 北斗はホッピングを始めてからほどなくしてローライダーから降りたのだけれど、それは彼と同じアパートに住んでいるおじさんに「うるさい!」と怒鳴られたからさ。時刻は午前零時まえ。ローライダーは轟音を立てて飛び跳ねていた。それは、移動式スクラップ工場がわが町にやって来たのではないかと住民に連想させるのに十分な音量だった。

 つづく