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楽園崩壊!過酷な未来に現れる、鱗を持った本当の人類

 2050年には人類文明、滅びるんですってね!
 「ホットハウス・アース・シナリオ」と言って、地球温暖化のせいで年に20日以上致死的な熱波に襲われる世界になるそう。
 熱死をまぬがれても生態系が崩壊したり野火が発生したり、干ばつは繰り返すし大河が干上がるしで水不足確定。
 地域によっては降雨量が半分になるとか。農業も死んだわ。
 数十億人が移住することになっても、時間稼ぎにしかならないかも。
 これは冗談ではなく起こりうることとしてオーストラリアの公的機関が提出したレポートに書かれていたことだ。

 もちろん確定事項ではない(かといって安心もできないけど)。
 ただこれまで人類は、最良と最悪の真ん中らへんの可能性を重視して地球温暖化に向き合ってきた。
 上述のレポートは、そんな楽観的な温暖化論を啓蒙するには十分な威力の内容だった。

 さて、これから先の永い未来、人類は温暖化と戦い続けねばならない。
 地球さんのことなので予想外の環境改変イベントを起こす可能性はあるが‥当面は気温の上昇が敵だ。
 そこで人類は、本当は地球を支配しているはずだった「本来の王者」から学んで、これからの未来を生きていかねばならない。

 そもそも、人類はたまたま居心地の良い楽園のような新生代で繁栄こそしたが、それは実は超ラッキーがあってのことだ。
 中生代の王者・恐竜が宇宙の意地悪で絶滅しちゃったのである。
 そもそも地球の王は恐竜だったのだ!!
 絶滅さえしていなければ、現生人類のような二足歩行型の社会動物に進化していたのは爬虫類だったはずだ(というようなことは今でも熱心に提唱されており、実際、特定の恐竜には高い知性を備えうるポテンシャルはあった)。
 この理論自体なかなか説得力があるので、「ていうか今いるんじゃね?ヒト型爬虫類…」と大真面目に唱える人々も後を絶たない。
 日本ではあまり馴染みないが、「レプティリアン(ヒト型爬虫類)」の実在を信じる人間は少なくない。
 もっとも、レプティリアン信者の多くがUFOや陰謀論と結びつけてオカルティックな話題の根拠に仕立て上げるので、胡散臭~い目でみられてしまっているのだが…(なお、進化論的に恐竜からヒト型爬虫類になったものは「ディノサウロイド」と呼ばれ区別さている。)

 とにかく爬虫類の体質と人間性は矛盾しない。
 現在暫定王者の人間はその傲慢によって「高い知性」を人類の専売特許のように感じているかもしれないが大きな誤解なのだ。
 哺乳類がここまで繁栄できたのはただの幸運であることを自覚せねばならない。

 これから到来する大灼熱時代、哺乳類は衰退していくだろう。
 もし生き残りたければ人類は「熱と乾燥に強く」「エネルギー効率が高く(飢餓に強く)」「体質を多様に変化させる(適応力を高める)」進化をせねばならない。
 それには環境に依存した特性を備える爬虫類を見習うべきであることは明白‥‥

 「ヒト型爬虫類」ならぬ、「爬虫類的人間」の誕生だ!
 エネルギーを吐き出し続けるモロい皮膚を捨てて角質の鎧(鱗)をまとい、
 硬いツノと巨大な尻尾を生やし、
 髪は羽毛になる…
 本記事ではそんな進化を遂げた未来人類を便宜上『竜人種(ドラゴノイド)』と命名し、その生態を解説する。

 人間でいつづけるための身体

 未来人概論では様々な未来人類を紹介しているが、そもそもなぜこれ以上進化しなくてはいけないのだろう。
 1つは、「人間として向上するため」だ。
 およそ生存・繁殖に困らないほど快適な文明を築いた人類は、生物としては日々の生命活動から必然性を失ってしまった‥そこで「ヒトをヒトたらしめるものとはなんぞや」を追求し、進化を伴って種単位の“人格”を発展させていくことで社会動物としてのアイデンティティを保持し続ける。
 でもそのベクトルの進化は、地球環境に文明社会が脅かされない保証があって初めて実現されるものだ。

 だが竜人種はもう1つの理由…「変化した環境でも人間で居続けるため」に進化を求められた面が強い。
 彼らは人間性が思考にこそ宿ると信じ、激変していく環境下で可能な限り脳みそを守るために身体の方を環境に適応させたのだ。

 その最たる器官が「ツノ」である。
 『鬼人種』のツノは毛状の繊維でできた「中実角(ちゅうじつづの)」といい、哺乳類に生える角としてはドメジャーな武器であり盾でありセックスアピール用のディスプレイだ。
 しかし『竜人種』のツノはまったく役割が異なり、頭部保護だけでなく脳の放熱機構(ラジエター)を兼ねている。
 毛細血管が張り巡らされており、外気に触れることでいつでも脳に適温の血液を送ることができるのだ。
 ツノは皮膚呼吸をせず汗をかかない竜人種にとって、脳を熱から守るための重要な器官なのだ。
 その内部は発泡構造(ハニカム構造)で出来ており、蜂の巣状に堅いケラチン繊維が六角形を作っているのでとても頑丈なのに軽い。
 外側もケラチンで出来ているが、六角形状の薄板を重ねたようなシェル層がサンドイッチ状に何重にも重なり、強度を保証しつつも艷やかで美しいツノを形作る。
 おかげで竜人種は、クソ暑い温暖な時代でも知的でいられるのだ。

 さて、熱から守らねばならないのは脳だけではない。
 全身だ。
 人間は穴だらけで薄い皮膚から汗を出すことによって、気化熱で身体を冷やすことができる。
 だがそんな高機能、新生代のちょうどヌル~~~い気温が続いた時代のうちにしか有効じゃない。
 地球がホットになっても服や空調でカバーすればいいじゃないか!と思うかもしれないし現にそうしてるわけだが、致命的な熱波に襲われがちなアツい時代では都市機能や生産能力などしょっちゅう停止するだろう。
 服に頼らず皮膚を保護しなければ全身がただれて死んでしまう…
 なにより水不足にも対応しなきゃいけないので、汗にも頼れない‥。
 だから汗腺を無くし皮膚を厚くし、体の一部にウロコを作ることで全身を保護し、体内から水分が流出するのを防ぐのだ。
 代わりに代謝を落とし、基礎体温の方を低くしてしまって熱対策する。
 ウロコは熱帯化して危険な動植物が増えた世界から身体を守ってくれるし、日照りの日でも日光を反射して熱の吸収を防いでくれる頼もしい盾になる。

 汗をかかないことで髪も長い羽毛になった。
 なんでかというと、1つは効率良く熱放射するため。
 2つ目は汗の代わりに毒素を排出するため、
 3つ目は頭部を日光から保護するためだ。
 現生人類と同じくディスプレーとしての機能もある。
 まぁ、おおむね恐竜と同じ理由だ。
 もちろん生える場所に個体差はあるが、体毛はすべて羽毛だ。
 枝毛どころじゃなく髪は拡散しているので、竜人種が直毛風に髪をセットするのは至難の業だろう。

 そして忘れてはならないのが尻尾だ。
 温度変化が激しい環境下では農耕が上手く行かず、衰退してしまう。
 そうなると狩りや収穫が復権するわけだが、木登りが出来たり不安定な場所を移動できるバランス能力があれば圧倒的に有利だ。
 そこで巨大な尻尾を生やした
 巨大な筋肉なのでパワフルな武器にもなるし、皮膚が厚くなることで精密作業が少し不得手になった手を補うように、作業の手数を増やしてくれる。
 体表面積を増やすことで下半身の冷却装置としてもいくらか働く。
 なにより社会動物として、コミュニケーションに用いることができる
のも嬉しい。

 こうして竜人種は、人間の知的さを維持したまま温暖な世界で社会生活を送る。
 運動能力に関しては、現生人類と大差ないだろう。それどころか持久力では明確に劣ってしまう。
 しかし恐るべきパワー(体重と筋力)と瞬発力で狩りをして、頑丈な身体で身を護る。
 基礎代謝は低いので食事の回数も少ないし、食料が確保できなさそうな日がいくらか続いても眠っていれば飢えにくい。
 温かい日は日光浴でもしてれば頭が冴えるので、ウィットに富んだ会話でもしてコミュニケーションを楽しむのだ。

 そういえば竜人種は体温が低いと記述したが、変温動物と言えるほど体温が高低するわけではない。
 現生人類より基礎体温がせいぜい3,4度低いだけで、40度を超えれば脳が危険なのは変わらない‥‥その程度の違いだ(それでもおおきな違いだが)。
 そもそも恒温動物と変温動物の違いも曖昧なもので、そのどちらとも言えない生物(ミツバチやマグロ)がいれば、爬虫類じゃないのに変温動物みたいな体温調節をする生物(カッコウやナマケモノ)もいる。
 奇妙なことに現代は鳥類や哺乳類が恒温動物ばかりで爬虫類は変温動物が多いために惑わされがちだが、恒温動物か変温動物かどちらか極端に振れる必要はなにもない。
 恐竜だって内温性爬虫類といって、爬虫類なのに恒温動物に近い体温調節をしてたわけだし…
 人間が知能を維持したまま爬虫類の特性を備えようとした時、適度な内温性と若干の変温性を備えるのは明らかだ。

 また、爬虫類は遺伝子の自由度がいささか高い。
 近い系譜の爬虫類同士でも、住む環境が違えば驚くほど違う能力を持っている。
 特別防御力が強いとか、毒を持っているとか体色が変化するとか…ローカルで違う生存に有利な特殊能力を身に着けている。
 竜人種への進化は、温暖化が進み各地の環境差が大きくなった時代でも人類が生息域を狭めないよう「特性の獲得」をするために必要なことだったりする。

竜人たちの生きる健やかな社会

 竜人種の時代は環境が過酷だ。
 しかし彼らはそこそこ忙しくも、存外まったりと平和な暮らしをする。
 農業が虫の息になるからだ。

 文明社会は農耕に始まり、「保有できる財産」の誕生と共にその奪い合いを経て発展してきた。
 しかし温暖化が深刻な時代では、その財産を育むのが難しい。
 彼らはそれでも可能な限りの文明社会を継続はするが、定期的に深刻なダメージを受けるし彼らの活動時間は限られているのである水準から発展はできないのだ。
 それでも、動ける時に動き、やるべきことをする。
 そんな進退窮まる未来では、大きな争いを起こす余裕なんて無い。

 たしかに生活は苦しいだろう。
 でもそれを乗り切るために身体の方を変化させた。
 彼らは巨大な文明都市を作れこそしないが、
 そういうものだと割り切って眼の前のことに励む。
 そんな竜人種の人生は、過酷でも、貧しくても、乾いていても、大きな納得が伴う。

 かつて、人間が毛皮を着ていた時代。
 彼らの人生は短く、怪我や病で簡単に死に、世の中がわからないことだらけだった。
 しかし世の中の不幸が「まぁそういうもの」だった頃の人間は、あんがいと幸せだったんじゃないだろうか。

 現代人があまり幸せじゃないのは仕方のないことだ。
 現代哲学は結局、人を幸せにすることができないまま自壊した(哲学という論理体系がそもそも言語の枠を出られない、人類を幸せにするに至らない学問であることを証明してしまった)からだ。
 だから幸せな生涯を手に入れようと思った時、それを与えてくれるのは少し古めの哲学者たちが言った「目の前にある幸せを見出しなさい」とか「自分の意志で『意味』を与えなさい」とかいう価値観を後づけで習得する必要がある。
 そういう、昔の人間がおそらく感覚的に当たり前にやっていたことをわざわざ再現するしかないのが実情なのだ。

 さぁ、文明を失ったことで進化して強力な生物になった人類は、皮肉なことに昔の人間が知っていた社会動物の幸福をようやくとりもどすのだ。
 辛いことに耐えるための身体は、低代謝と厚い皮膚によってずいぶんとニブくなってしまったが‥‥納得づくのライフスタイルにならざるを得なかった彼らは、なかなか冴えた生活を送る。

 竜人種の祖先になる人間はきっと、ツラくても辛抱強く自分を見失わないでいられる‥どこかニブイ、マイペースで幸せを知っている人間なのだ。

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