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「速い」「お得」よりも大切な、鉄道の新しい価値 | 移動空間のメディア環境 〜電車中心から人間中心へ〜(後編)

前編では、移動空間での情報提供に注目しながら、風景や乗客、人々の物語など様々な面で鉄道はメディアであるということを取り上げました。そうした鉄道のメディアに注目することで、乗客にとって「愛のある」メディア環境が見えてきます。
しかし実際の鉄道では、たくさんの人を乗せる効率性や、終点など行き先の情報を流すことばかりが重視されています。

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(撮影:藤代ゼミ2年 相田さん) 西武ドームでの野球観戦後、ごった返すホームで立ち往生している人々。次々に電車がやってくる。

効率重視の残念な鉄道体験

鉄道は、18世紀・19世紀の近代化の価値観を含みながら、人々を大量に効率的に運ぶように努めてきました。行き先や速さにこだわるような、無駄のない移動です。

しかし、「行った先でお得になる」といったキャンペーンがあるように、便利でお得、効率的だという機能が重視される一方で、鉄道が元々持っているメディア的な側面が検討されていないのではないでしょうか。

例えば中国の深圳では、あらゆる席にモニターが配置され、最適化した情報が流される最新型の都市バスがあります。このようなメディア環境に対して吉川さんは、一人ひとりに最適化した情報を流すという効率重視な近代の提供価値のままであると指摘しています。

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(出典:メディア環境研究所「メディアイノベーションフォーラム2019 DIRECT_」より)中国深圳の最新型バス。座席の背面など、いたるところにモニターがある。

吉川:便利ではあるけど、無理やり見せられているものを最適化という名のもとに消費しろみたいな感じになっていて、あまり移動と関連していないんですね。

移動中にモニターから、自分が好きそうな商品の広告が流れてくるのは一見便利かもしれません。しかし、そうした情報は移動している「いま、ここで」取るべき情報とは言えません。最適化された情報は家にいてスマホから見るのでも十分なのではないでしょうか。

一方、アメリカのホロライドは、車のカーブやスピードに合わせてVRが動くサービスを開発しています。乗車中のリアルな振動や勾配が情報として加わり、移動とVRのシンクロという新たな価値を生んでいます。

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(出典:米・ホロライドが2019年に開発した、車載用VRのイメージ画像

吉川移動してる時のスピード感とか、風とか空気とか温度とか、そういうものも取りこみながら、さらに情報のレイヤーを重ねていくことでエンターテイメントにできないかと考えています。

最適で効率的な情報を届けるよりも、移動空間での私たちのリアルな体験に追加して情報を重ねることで、いつもの路線も違った景色に見えるかもしれません。

鉄道だからこその贅沢さを生かす

鉄道での体験価値を上げるためには、乗車中のリアルな体験や、周辺の地域、駅の掃除をしている人々も含めて考えなければいけませんが、行き先や効率というところに収束してしまっていると新しい体験は生まれません

鉄道各社が競うように展開している豪華寝台列車なども、鉄道本来の豊かさを生かし切れていない例です。

吉川ホテル並みの豪華さとか言うけど、それならホテルでいいじゃないですか。移動してるからこそのラグジュアリーな空間の楽しみ方がきっとあると思うんです。

例えば電車に乗って移動していると、振動や音がなぜだか心地よく、落ち着くといった感覚に包まれることがあります。通勤・通学中、電車内だとなぜか勉強がはかどったり、集中していられるという人も多いのではないでしょうか。

吉川:電車内は、妙に頭が冴える時があるんですよね。
駅ナカは「ついで・立ち寄り」の場から、「滞在・学び」の場としてクリエイティブなスペースにしたほうがいいんじゃないかなと思います。

移動空間は、クリエイティブな発想を可能にしたり、普段とは違うようなことを思いついたりする特別な空間でもあります。豪華寝台列車のような設備がなくても、鉄道が持っているそのものの特性を生かせば、車内で特別な時間を過ごすことができるのではないでしょうか。

コロナ後、移動空間の新たな価値は何か

新型コロナウイルスの影響で、例年と比べて鉄道の乗車数は減っています。

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(撮影:藤代ゼミ4年 根本さん) 乗客が一人もいない車両。

今までの効率重視の価値観のままだと、テレワークが普及して「もう移動に縛られなくていい」と世の中が変わっていく中で、わざわざ鉄道に乗るという価値が揺らいでしまうのではないでしょうか。

吉川:近代の、「大量に、効率的に人を運ばなきゃいけない」という価値観を外して、移動自体が価値になるんだったら、コロナでも鉄道は三密を避けながら何かやれることがある気がするんですけどね。
田中:目的地に行くことだけが旅だったかもしれないけど、移動すること自体も本当はすごく意味のあることだと思います。だから、移動自体をより意味のある体験にしていくという方向にもっていく必要があるのではないでしょうか。

便利さや効率から離れて、人々の物語や風景、途中駅の見所など移動空間のメディアに着目し、移動しているからこその体験を大切にすることで、コロナ後も必要とされるような新しい鉄道の価値が見出せるかもしれません。

今回のイベントでは〜電車中心から人間中心へ〜をテーマに開催しましたが、「移動空間のメディア環境」シリーズは定期的に行う予定です。イベントの告知はこちらのnoteでも行います。ぜひご覧ください!


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