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映画『少女は卒業しない』感想 二度とない時間に気付く卒業式

 背中で演技が出来る河合優実さんは、もう既にレジェンド役者クラス。映画『少女は卒業しない』感想です。

 校舎の取り壊しが決まっている、とある地方の高校。旧校舎では最後となる卒業式を2日前に控え、卒業する少女たちには様々な想いが去来する。後藤由貴(小野莉奈)は、東京の大学へ進学を決めたため、地元に残る彼氏の寺田(宇佐卓真)との気まずい関係に悩む。軽音部の神田杏子(小宮山莉渚)は、卒業式後のライブを行う中学からの同級生・森崎(佐藤緋美)を心配している。クラスに馴染めない作田詩織(中井友望)は、3年間、心の拠り所にしていた図書室と、その管理をする教師・坂口(藤原季節)と離れることに寂しさを感じていた。
 よくある日々を過ごし、よくある別れまでの時間を過ごす若者たち。だが、卒業生代表としての答辞を任された山城まなみ(河合優実)は、その日々が当たり前のものではないことを知っている…という物語。

 直木賞作家の朝井リョウさんの連作短編小説を原作にして、本作で長編映画デビューとなる中川駿監督が映像化した作品。『佐々木、イン、マイマイン』『サマーフィルムにのって』『PLAN 75』など、出演作が軒並み傑作となっていて、個人的には大注目している河合優実さんが主演を務めているとのことなので、観に行こうと決めている作品でした。
 
 こういう青春もの映画って、若手役者の登竜門的な役割があるんだと思います。今作で演じている若手の方たちは、初見か、あるいは観た作品に出演していても認識出来ていない方たちでした。普通の若者を演じるなら、あまり重層的な心の襞を表現せず、シンプルに真っ直ぐな自分の感情を乗せた方が存在感ある演技になるので、等身大の演技でぶつかる若手役者が輝きやすいのかもしれません。

 そういった意味では、今作の役者の方々はそのままの感情で好演していたと思います。そのありふれた人物描写で、この作品を観た多くの人に、自分事として感じさせることに成功しているのではないでしょうか。
 ただ、河合優実さんだけは重層的な影を持つ、山城まなみという人物を演じているため、その演技は際立って異質なものになっており、それが際立つことで、逆に他の3人の主人公を輝かせるものになっています。
 
 物語は群像劇という形を取っており、4人の女子高校生を主人公にして、それぞれ別個の物語を並列して描いています。基本的にはよくある青春の日々となっていて、特色も無いんですけど、後半にある不在が判明することで、この日々がどれほどかけがえのないものだったかを感じさせるという巧みな構造になっています。
 原作者の朝井リョウさんのデビュー作『桐島、部活やめるってよ』と構造的には似ているように感じられました。ただ、今作の方がそれぞれの物語が互いに干渉し過ぎない感じがあり、こちらの方が好みでした(『桐島』の映画版では個人的にノレなかったせいもあるので)。
 
 ありふれた青春を輝かせるのが、先述した河合優実さん演じる山城まなみの部分なんですけど、この演技がやはり異常な巧さなんですよね。無表情の中にある感情表現とかもレベルが一ケタ違う感じがありますが、本作での背中のみを映すバックショットでの演技が素晴らしいものになっています。まだ20代前半で、「背中で語る演技」が出来るというのも、末恐ろしいものがあります。
 
 学校での日々を美しく切り取る撮影も見事なものでした。教室の窓から射す光や、そこに照らされる少女たちの顔も、非常に美しく、かけがえのない瞬間というものになっており、その事実に本人たちがようやく気付き始めている表情として撮影されています。
 
 ありふれた日々、ありふれた別れが、いかに奇跡的な出来事であるかという事を、この作品は伝えてくれています。こういうかけがえのない青春を送ることが出来ていない自分にも刺さるものがあったから、その思い出の強い人たちには、よけい大事な作品になっているのではないでしょうか。


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