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映画『異人たち』感想 生者だけでなく、死者を慰めるための奇跡

 展開知っているのに、大号泣してしまいました。映画『異人たち』感想です。

 12歳の時に両親を事故で亡くし、孤独な人生を歩んできた40歳の脚本家アダム(アンドリュー・スコット)。ロンドンのタワーマンションで暮らす彼は、両親との想い出をもとにした脚本に取り掛かろうとしていた。幼少期の記憶に触れようと、両親と自分が暮らしていた家に訪れると、そこには他界したはずの父(ジェイミー・ベル)と母(クレア・フォイ)が、当時の姿のままで生活をしており、アダムを温かく迎え入れる。それ以来、アダムは両親の家に足しげく通い、安らぎを覚える。それと同時に、アダムは同じマンションに暮らすハリー(ポール・メスカル)という男性と恋仲になっていく…という物語。

 山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作として、『荒野にて』『WEEKEND ウィークエンド』で知られるアンドリュー・ヘイが監督を務めた作品。大林宣彦監督が既に実写映画化しているのも有名です。原作は未読ですが、この大林版の映画はレンタルで観ており、クライマックスで嗚咽するくらい号泣してしまった作品なんですよね。そして、その後にあるラストは、それをぶち壊しにするホラー演出で、正直、口あんぐりとなってしまい、大林宣彦作品の奇妙さが印象に残るものでした。ということで、どんな変化があるのかと思い、チェックしてまいりました。

 基本的な筋書きはほぼ同じですが、やはり大きな違いとなっているのは、大前提の部分である主人公のセクシャリティですよね。今作のアダムは同性愛者、いわゆるゲイの男性として設定されています。
 これは、ただ単に現代的な設定を付け加えたというだけのものではなく、タイトルにある「異人」(Stranger)という言葉に繋げているものだと思います。原作の「異人」とは、言うまでもなく主人公と触れ合う死者たちだったわけですが、今作ではマイノリティであるアダム自身とのダブルミーニングに変化させているのだと思います。なぜ、この作品を今また映画化したのかが、はっきりとした意図として表れているものに感じられました。
 アンドリュー監督自身も、同性愛者であるそうなので、原作はあれども、かなり監督自身のパーソナルな部分を表現するための作品だったのかもしれません。アダムが訪れた実家は、アンドリュー監督の生家で撮影しているらしく、かなり自分自身を投影して創られたものだと思います。

 大筋は変わらないはずなのに、セクシャリティの違いだけで、主人公と両親の関係性も、大林宣彦版とはかなり印象が変わったものになっています。アダムが自身がクィア、ゲイであることを伝える、いわゆる「カミングアウト」の場面がありますが、母親がそれを責めることはなくとも、しっかりと戸惑いの表情を浮かべてしまうというのは、原作や大林版にないオリジナルのものというだけでなく、はっきりと関係性の違いがある描かれ方になっています。

 大林版での両親は、特に軋轢はなく、主人公にとっては全てを受け入れてくれる両親の理想像として描かれているんですよね。ところが本作ではセクシャリティの問題を描くことで、本当に僅かですが、両親とのすれ違いを描いています。だからといって、仲違いをするわけではなく、きちんと話し合い、お互いを大事に想っているということを認識する場面となっています。要するに、これは生きていれば必ず体験していたはずの、親子の一場面になっているんですよね。優しい親の愛情を受けるというだけでなく、親が生きていたら感じるすれ違いを、アダムが味わうものになっています。
 特に、父親から謝罪の言葉、それを聞いたアダムが2人で慰め合うシーンは大号泣しましたよ。蛇足でも何でもなく、この作品に必要なオリジナル場面になっています。

 ほぼ同じ展開となるクライマックス(大林版と同じく大号泣もの…)も、「大人になったおまえに会えてよかった」という台詞で、意味が違うものに思えます。大林宣彦版は、死者と出会った生者が慰められる、癒されるという物語だったように思えましたが、今作ではむしろ、死者が生者によって慰められる物語に反転しているように思えました。
 大林版ではホラー展開だったラストも、筋書きは同じものの、ホラー色は薄くなっており、やはり生者が寂しさを慰めて昇華させる展開となっています(ただ、その後を描いていないという点で、ホラー的な終わり方をしたという解釈もあり得そうでしたが)。
 そして、それと同時に、もちろんアダムが慰められる物語にもなっています。死者としての「異人」だけでなく、性的マイノリティとしての「異人」というダブルミーニングがあることにより、この物語はまさしく『異人たち』が慰められる物語として作られた映画になっていると思います。

 本来であれば、幽霊が生きた人間と話すのは、安直過ぎるし、生者にとって都合が良すぎるので、個人的に好きではないんですよね。ただ、大林宣彦版も、今作も、自分にとっては何故か受け入れられるものになっています。何故死んだ人間が現れたのか、何故このタイミングだったのか、なんてくどくど説明することなく、立ち居振る舞いだけで、両親がいると思わせる、理屈の無い説得力が、大林版にも本作にもあると思います。
 とにかく優しい気持ちを大事にしたくなる、この作品を観て感動した心を忘れないようにしたくなる、そんな傑作でした。


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