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映画『イノセンツ』感想 大人の視点では見えない、子どもだけの無邪気な悪意

 元ネタ作品の影響は明らかですが、視点の違いで別作品とも言えるものになっていると思います。映画『イノセンツ』感想です。

 郊外の団地に引っ越してきた9歳の少女イーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)は、自閉症で口のきけない姉のアナ(アルヴァ・ブリンスモ・ラームスタ)にばかり気を掛ける両親と、アナの世話をしなければならない自分の現状に不満を抱いている。イーダは同じ団地に暮らすベン(サム・アシュラフ)と出会い、手を使わずにものを動かすベンの不思議な力に驚く。また、アナと感情や思考を共有出来る能力を持つ少女・アイシャ(ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム)とも出会い、アナにも不思議な力があることに気付く。4人の子どもたちは不思議な能力で遊び続けるが、その能力が強まるに連れて、子どもたちの関係にも綻びが生まれ始めていた…という物語。

 『わたしは最悪』の脚本家であるエスキル・フォクトが、今回は監督を務めたサイキック・スリラー映画。監督自身が公言しているそうですが、日本が誇る漫画家、アニメ監督でもある大友克洋の『童夢』からインスピレーションを受けて創られた作品だそうです。

 『童夢』といえば、『AKIRA』でのサイキック表現を生み出した雛形的な作品ですが、1冊にまとまった短さながらも、『AKIRA』を凝縮させたような完成度の高い漫画作品であり、それの影響を受けた作品ならとチェックしてまいりました。

 ただ、大友克洋作品の影響という先入観もあったせいか、序盤のじっくりとしたスローペースな描写で、ちょっと眠くなってしまう感じはありました。ただ、決してつまらないわけではなく、こちらの観るモードの選択ミスをしていただけだと思います。

 物語設定は『童夢』そのものになっていても、描いているものは、別視点のような作品になっています。『童夢』は超能力をもつ人間が巻き起こす「出来事」を描いていましたが、この映画では超能力を持つ人間、主人公となる4人の子どもたちを描いているんですよね。その描写となる演出は、大友克洋が描く絵に劣らず、とてもリアルなものになっています。

 子どもたちの心理や関係性の描写、そして舞台となる「団地」の描写の解像度が非常に高く、この作品で描くことは「活劇」ではなく、大人が見過ごしている子どもの視点とそこに映る世界なんだと思います。団地育ちの自分としては、団地という場所の、解放感があるのに人間関係としては閉塞感がある雰囲気がわかるんですよね。あの場所の空気は、日本だけでなく万国共通なんだという認識に至りました。

 4人の子どもたちが超能力遊びに夢中になる姿、派手さはなく、故に大人たちが気付かない「秘密の遊び」となっていく様がとてもリアルで、超能力でなくても誰しもが子ども時代に経験している原風景のように感じられます。その関係性が破綻していくのも子ども時代のそれになっていますね。遊び始めたものの、「ちょっとあの子イヤだな、合わないな」となっていく感じを思い出させます。

 スリラー的な恐怖演出も効果的ですが、あくまで描いているのは「子ども」なんですよね。感情や出来事は子どもの内面と関係性の延長になっています。だからその残酷さも、大人からすると理解し難い恐怖のようになっていますが、子どもの頃を思い返すと自分にも思い当たる節があるものになっていると思います。主人公のイーダ自身は能力を持たず、無邪気な悪意と家族を想う気持ちの狭間で揺れる姿は、観る人が共有しやすい心理描写になっています。主演である子役4人は、本国ノルウェーで相当評価されているそうですが、本当に素晴らしい演技ですよね。結構陰惨な作品の部類だと思いますが、その辺り精神的に影響されてしまうんじゃないかと余計な心配をしてしまいました。

 ただ、『童夢』のようなエンタメ作品と違って、人間ドラマを重視して描いているからこそのやるせなさが残ってしまう感じもありました。この作品での「悪意」を担う人物の背景もしっかりと行間として描かれているように感じられるので、そこにどう救いの道があるべきだったかを考えてしまい、すっきりとした後味にならなかったんですよね。あの人物を止める方法はあれしかなかったのか、悪と断罪するだけで良かったのか、モヤモヤしてしまいました(それが狙いなのでしょうけど)。

 描くテーマや作品性は『童夢』とは別という感想を抱きましたが、クライマックスに至っては、『童夢』のラストを絵コンテにして映像化したような、大胆なオマージュとなっています。正直あそこまでやるなら、原案作品として『童夢』の名前を入れるべきなのではと思うレベルでそのものになっています。

 けれども、ここまで日本の漫画作品、しかも相当古い作品が海外に影響を与えていることは嬉しくなるものです。漫画やアニメは国内でも一大産業ではありますが、日本での地位が未だに軽んじられているようにも感じられます。もちろん、玉石混交なので全ての作品が素晴らしいものではないのですが、国内での評価をもう1ケタ上げてもらいたいようにも思えます。
 今作のように、漫画から影響受けた傑作が今後も生まれてくる期待と共に、ルーツ作品の評価が高まることを期待したいですね。


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