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終止符 毎週ショートショートnote

天井を見つめて暮らす日が、こんなに早く来ようとは思ってもみなかった。
髪も体重も体力も目に見えて落ちていく。反対に愛してやまないスマホがどんどん重くなる。
目と頭ばかりが冴える日々は、私に生産性とは程遠い考えばかりを生じさせた。
未来のことは考えないように心がけている。
 
天井を這う夜は、私に儚い夢ばかりを見せてくる。
道を行けば、私は必ず迷った。馴染みの豆腐屋の角を曲がると、知らない石畳。石段の急な坂道には、葉を落とした木々がダンスの途中で時を止めている。
坂を上り切った先では子どもと妻が遊んでいる。まだ幼い笑顔で三輪車を漕いでいる。私が手を振ると、こっちを向いて手を振った。
しかし私には、それが映像であることがわかる。私がいる隅っこの席の周りに人はいない。立ち上がっても、どこにも頭の影は見えない。ジョーズが大口を開けて迫ってくるのはロイ・シャイダーでもリチャード・ドレイファスでもない、私だ。
思えば、妻との初デートだった。映画館を出ると彼女は上気していた。その赤らんだ頬を見て、妻にしようと決めた。
なんと安易な。そんな風になじらないでくれ。
妻よ。私の妻よ。君を愛していた。
 
私は坂の上の墓地に、SIMを抜かれた白骨化スマホとともに眠っている。
        500字少々

たらはかにさま
今週もよろしくお願いいたします。

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