見出し画像

あの人を探して #シロクマ文芸部

月めくりをしながら、つい溜息を漏らしてしまう。
月日の過行く早さを嘆いてのことではない。

五ヶ月前、あの人が玄関を出てゆく後姿を今でもはっきり覚えている。
いつものダークグレーのスーツに黒い鞄。
でも私には違って見えた。その肩から、背中から寂しさを感じた。
喧嘩をしたわけではない。いつものように朝食を摂り、身支度を整えて出かけた。何の変哲もない一日のスタートのはずだった。

あの人は姿を消した。
あの人が勤めているはずの会社には在籍していなかった。
必死で探した。
でも私はあの人の本当の名前さえ知らない。

私は荒れ狂った。荒れて自暴自棄にもなった。
騙された。その思いしかなかった。
でも何をどう騙されたの?
私は何も盗られた訳ではない。貢いだ訳でもない。
あの人がいなくなった。ただそれだけ。

今ではなんとなくわかっている。
あの人は朝、この家を出て、他の家に行っていたのだと思う。
あの人は私を捨てて、他の人を選んだのだと思う。

剥がした月めくりはもう五枚になった。
今はあの人の幸せを願うだけ。
でもいつか帰ってきてくれる。そんな淡い期待に縋って生きている。

二ケ月前から続けているお祈りに出かける。
もう私にはそれしかできない。することがない。
いつものように山道の墓石のような野辺の石に腰を下ろし、植えたばかりの二つの欅にそっと手を合わせる。

小牧部長様
今回もよろしくお願いします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?