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福祉と援助の備忘録(19) 『行列のできる診療所』

福祉と援助の備忘録。受診数が偏っている、という話である。



「かかりつけ医を持ちましょう」などと言われている。だが「かかりつけ」という言葉は今の都市部でも生きているのだろうか? 隣人とは話さぬが遠くのSNS仲間とは話す時代である。外出の自粛も重なってますますオンラインでつながることが加速した。「地縁」の価値は薄れた。かつて「かかりつけ」とは、地縁のあるお医者さんのことであった。

今だって、普段から看板を目にしているから「いざ体調を崩したときにそのクリニックに行ってみた」ということはあるだろう。

ただその前にパソコンを開くかもしれない。食べログ同様、医者の評判を口コミサイトで確認するのだ(その口コミが操作されるのも食べログ同様である)。

するととくに都会では、噂の高い病院に足を運ぶ、なんてこともあるだろう。人はおいしいものを食べるのにさえ必死になるのだから、「己の体を預けられる良い病院はどこか?」ということに関心を持つなんてのは当然の話で、それこそ死活問題である。だれだって良いお医者さんや良い病院のほうがいい。


ところで、市内に評判の良い内科クリニックがある。

対応はきわめて適切で、患者さんを親切丁寧に診ているようだ。ここぞというときに専門家に振るタイミングもベストなので、プライマリケア医として最適だと思われる。

ここから先はあまり調べずに言うことにする(調べると個人情報などを知って喋れなくなるかもしれないので)。

おそらくなのだが、そのプライマリケア医を訪れているのは、そんなに近くに住んでいる人たちではないのではないか。むろん、そんなに遠くはないだろうが、ちょっと遠いくらいの人でも訪ねていると思われるのである。

すぐ近くには病院がある。噂は知らない。もしくは、悪いというほどではない。ところが、もうちょっとだけ離れたところには、評判の病院がある。移動の手段はないわけでなし。じゃあそっちに行ってみよう! ということになっているんじゃないかと思うのだ。

これは自分の経験からも言える。妻が妊娠したときには、三駅離れたところにある評判の産婦人科を訪ねた。一駅離れたところにある病院は、眼中にもなかった。さすがに家の前にでも産科があれば「まあ評判も悪くないようだし入ってみようか」ともなるのだろうが、私たちの場合は「どうせ三駅しか離れていないのだし…」となった。


こういった、評判で病院を選ぶことで問題になるのは、医療機関の間で患者数の偏りが起こることである。そこは食べ物屋とまったく同じ論理を持ち込むわけにはいかない。商売繁盛を喜ぶ医療機関がないとは言わないが、患者が押し寄せる多くの病院では「嬉しい悲鳴」ではなく単なる悲鳴をあげることになる。

異常な繁盛の仕方をしてしまったレストランのサービスの質が低下するのはよく見られる現象である。医療機関におけるサービスの低下というのは、スタッフの言葉が荒々しくなるなんていうのでもまだかわいいほうで、もっとも恐れる必要があるのは「危険の増大」である。それは避けたいところだ。



患者の偏りということで最近気になった話がある。ある地方病院の外来を、本来の治療圏ではないところからの患者が4分の1も占めているというのだ。他の市の病院では患者をすぐに診ずにいるいっぽう、その病院では初診を断らないのである。

地域のために建てられた病院に、診療圏外の患者が医療資源を「消費」している、といえるかもしれない。圏外の市が恩恵にあずかっていることになる。この問題について、どう考えたらよいだろう?

近隣都市の病院も、新患を診ぬわけではない。ただ、予約が1〜6ヶ月後になるという。だから患者の中には、それまでの間だけ診てもらい、その後紹介状を書いてそちらに送り出してくれればいい、と言う人もいるらしい。医者である以上どんな患者でも診るだろうが、そんな徒労感溢れる医療を請け負っていて身と心がもつのか心配になってくる。




緊急ではないのに受診を急ぐ人がいるのも外来が混む原因になる。だがここを無理に直そうとすると、本当に困っている人が医療にアクセスしなくなる危険がある。119番をして電話で話すうち「やはりもう少し様子を見ます」と言って救急車を辞退して亡くなった人の話もニュースになっていた。誤って受診し損ねるくらいなら、軽い症状で受診してしまうほうがまだよい。



そもそも日本の病院の外来は混みすぎだ。待ち時間の長さは有名レストランの比ではない(ディズニーランドほどではないが)。保険診療制度のお陰で安く受診できるのがその理由のひとつであり、そこから改めようとすると、診療枠を金で買うようなシステムを作ることになる。

「安い、早い、美味い(たいてい普通)」ならぬ「安い、早い、上手い(本当は上手くはない)」を売りにする病院もあれば、ブラックジャック並みの金を取る個人医院もあり。払えるお金に合わせてお好きな病院をどーぞ、という世界である。

ま、それもアリかな、という思いもある。TPPの話が盛り上がったときは、ついに日本もそうなるかという恐れ(期待?)もあったが、トランプ大統領の当選でそれもなくなった。



ところで、行政がプライマリケア医を定める国がある。かつては近くに医院があれば、たとえ藪でも「ご近所ですから」ということでその医者にかかることになった。これがかかりつけだ。だが行政がそれを決めるということは「あなたはまずこの医者にかかってください」と押し付けられるということである。似ているようだが、医者の顔の見えかたがなんか違う。


それもひとつの解決だが、なんだかな。

そう思う私はやっぱり、行列ができる病院ができてしまうシステムのほうがスキなのかもしれない



Ver 1.0 2022/8/1

Ver 1.1 2022/8/2 太字にするのを忘れていたので追加した。

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前回はこちら。


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