人はなぜ退屈するとSNSにアクセスしてしまうのか

こんにちは。

今回は本を読んでいて思ったことについてトピックを紹介します。
テーマは「退屈とSNS」です。

最近、PCやスマートホンの整理をしたくて『デジタル・ミニマリスト』という本を読んでみましたが、読んだ目的とは違う内容でした。「SNSから解放されること」に特化していてデジタルデータの整理の話ではありませんでした。

しかし、自分の目的と合う部分がないわけではなく、またtwitterを始めて1年余り毎日ツイートしていたということもありSNS中毒と言えなくもないという微妙なかすり方をしていました。

ミニマリストが物を減らす方法は「徐々に減らす型」と「全部捨てて再構築型」があると思います。この本で推奨しているのは後者で、スマホアプリを全部消して30日過ごし、あとから1つずつ吟味して必要な物だけ戻すというものでした。
方法論は合う合わないの問題があるので「こういうやり方もある」程度の受け取り方ですね。というか普通過ぎてなんとも…

しかし、SNS中毒がなぜ起こるのかということについて色々考察していて面白かったので1つ紹介します。

なぜSNSにとらわれてしまうのか

人は社会性を持つ動物です。

脳科学的な実験を行った例があります。
脳の活動をリアルタイムに観察できる装置を使い、人が何かの課題に取り組もうとしていないときに活発になる領域はあるのかという研究がなされました。課題に取り組もうと「していないとき」の研究というのは珍しいようです。

研究者が被験者にそれまで繰り返していた課題を中断して「いったん休憩にしましょう」と伝えたときに脳のどの領域が活性化か。その結果は社会的認知実験で活性化する領域とほぼ一致しました。
休憩時間を与えられると脳は自動的に社交生活について考え始めるということでしょうか。…少し違うようです。
研究者は、「休憩時間を与えられると」ではなく「暇な時間ができると」人間の脳はデフォルト・モード・ネットワークを起動するように作られていると考えました。そしてその「デフォルト・モード・ネットワーク」というのが社会性の領域だったということですね。
研究者が被験者に算数の問題を解いてもらい、問題と問題の間に「3秒間の休止時間」という何かを考えるには短い時間をわざと設けたときでもデフォルト・モード・ネットワークは活性化しました。「3秒間」という僅かな時間でも社交生活について考えるモードに移行してしまったということですね。

ということで、表題「人はなぜ退屈するとSNSにアクセスしてしまうのか」に対しては、この「社交生活について考えるモードへ移行しやすい」脳の仕組みと「僅かな時間があればSNSにアクセスできる」現代の技術がマッチした結果だという見解になります。

余談ですが、最近読んだ別の本で似たような話がありましたのでそちらも併せて紹介します。

環世界

『暇と退屈の倫理学』という本では暇とは何か、退屈とは何か、なぜ退屈を感じてしまうのかを哲学的に考察しています。

その中で面白いと思ったのが『環世界』という概念で、「すべての生物は別々の時間と空間を生きている」という考えです。

人間には人間の環世界、動物には動物の環世界があり、世界の認識の仕方が違います。人間だと説明しにくいので昆虫の例に説明します。

ダニは動物の血を吸おうとするとき、「茂みの小枝にぶら下がって、獲物を待ち伏せ、適当な獲物が見つかると、それに飛びついて生き血を吸う」という行動をとりますが、これは人間からそう見えるだけで、ダニが実際に「獲物を待ち伏せよう」「獲物を見つたから血を吸おう」と考えているわけではないそうです。
哺乳類の皮膚からは酪酸が発せられますが、ダニは「酪酸」というシグナルを受信したら「飛ぶ」という行動をとります。また、飛びついた先が「37℃の体温」「体毛の少ない皮膚組織」かを判定し、合っていた場合は「吸う」、違っていた場合は「枝に上る」からやり直しとなります。獲物がどうとかを認識しているわけではありません。
そして、待ち時間は「酪酸」のシグナルを待っているだけで、その間に別の行動をするわけでもありません。研究所で18年間絶食しているダニが生きたまま保存されていたという事例もあるそうです。

したがってダニから見た世界の感じ方、すなわち「ダニの環世界」は「酪酸のにおい」があったら「飛ぶ」、飛びついた先が「37℃の温度」「体毛の少ない皮膚組織」だったら「吸血する」というシンプルなものです。

人間の場合は非常に複雑ですが動物と同じように「シグナルの受信」と「行動」で構成されています。
(人間を動物とは違う特別な存在だと考える人には受け入れられないようです)

著者は人間は「他の動物と比べて極めて高い環世界移動能力を持っている」と考察しています。1つの環世界に「とらわれない」ということは人間が他の動物に対して優位に立てる理由とも言えますが、「不安定」な状態でもあります。

ダニの例ではずっと同じ環世界に留まっていましたが、人間の場合は不安定さゆえに1つの環世界にひたっていることができなくなり退屈を感じてしまう原因になっていると言えそうです。

先程の脳科学実験の例でいうと被験者は問題の休止時間に「算数の問題を解く人間」の環世界に留まっていられず「社交生活について考える人間」の環世界に移動してしまった。次の出題があるとまた「算数の問題を解く人間」の環世界に移動した、と見ることもできると思います。

2つの本の中で似ている部分がありましたが相違点もあります。
環世界による解釈では「人間が1つの環世界に留まっていられない」としか言っていませんが、脳科学の実験では「わずかな休止時間があると社会的認知領域が活性化した」と「社交生活」にまで限定してしまっています。両者とも「人間は別のことを考えやすい」という特徴は共通していました。

今回紹介した2冊では他にもなぜSNSにはまってしまうのかであったり暇と退屈とは何なのかであったり考察しているので興味があれば読んでみてください。

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