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【SF短編小説】永遠の命を探求する者、花宮あかりの遺した世界――魂は複製し得るか?――

プロローグ

 花宮あかり。

 彼女ほど聡明で、歴史に残るであろう女性はこれまでもいなかったし、これからもいないであろう。

 何しろ彼女は、世界で初めてその人格と記憶を完全に備えた自分のクローンを作り上げたのだから。

 そして彼女はそれにとどまらず、自分の意識をスーパーコンピューターにブレインアップロードすることにも成功した。

 まさに稀有の存在だ。

 そしてその彼女が今、末期のすい臓がんと診断され、余命半年と告げられている。

 これは彼女と、彼女のクローンと、彼女のPC上の意識との、魂の対話の記録である。

第1章:末期と告げられて


 深い青に染まる空を見上げながら、私、花宮あかりは、一つの重苦しい現実と対峙していた。
 研究所の静寂を打ち破るように、医師の声が私の人生を侵した。
「あかりさん、残念ながら、すい臓がんのステージ4、末期です」
 彼の言葉は、淡々としていながらも、私の心の奥底に深く突き刺さった。
 私はこれまで目の前のデータや研究結果には、いつも冷静な分析を下してきた。
 しかし、今回ばかりは、その数値が私自身の命と直結しており、それをどう捉えていいのか、冷静さを失いそうになった。
 これから私が自らを客観視することで、病と向き合った日々を綴る。
 余命宣告を受け、初めの数週間は私自身も混乱していた。
 それは私がクローンを作り出し生命誕生の謎に迫る中で避けて通れないものだったのかもしれない。
 多忙を極める中、健康を脅かすサインを見逃していたことを悔やみながらも、すい臓がんという重い病魔と闘わざるを得ない状況に立たされた現実を直視する。
 これまでは他人の命を救うための研究に命を注いでいたが、今は自分の命が尽きるカウントダウンが始まってしまったのだ。
 診断を受けたその日から、自分の意識のデジタル化とクローンというもう一つの「私」への概念に、私は新たな意味を見出そうとし始めた。
 彼らは未だに私の知識、私の思い出、私の理想を共有している。
 でも、今私が抱えているこの終末という現実は、彼らには当てはまらない。
 これまで私は、科学の進歩が必ずしも倫理的な問題に答えを与えるとは限らないことを理解していたが、今やその真実が自身の身に降りかかっている。
 ここでは余命宣告が私自身の精神にもたらした影響と、残された時間をどのように生きるかについての私の思索を明かしたい。
 病の確定から少し落ち着いた頃、私は今までの自分とこれからの自分の対話を始める。対話とは言っても、これは内省という名の孤独な対話だ。私自身が科学者として生きてきたこと、そしてこれから何を遺せるのか。
 私のクローン(あかりC)やデジタル意識あかりPとは、果たして私の延長線上にあるのか、それとも全く新しい生命体なのか。 私の存在が肉体を超越する日、私の意識はどこに行くのだろう?
 私が確実に知っていることは、この不確かな未来への恐怖と共に、死という確実な運命を迎える準備をしていかなければならないということだけだ。そして、ここからが私の物語の始まりである。

第2章「クローンとPC上の意識への質問? 「なぜ私だけが?」

 末期の宣告を受けてから、私の日々は猛スピードで変わっていった。
 自分が死にゆく現実と、自分の延長として存在するクローンあかりCとデジタル意識あかりPとの関係が、新たな意味を持ち始めた。
 なぜ私だけがこの運命を受け入れなければならないのか。
 疑問は日増しに大きくなる。
 わたしは彼らと対話を始めた。

あかり「私の脳裏に常に渦巻く疑問、なぜ私の肉体だけが朽ちていくのか、その答えをあなたがたは知っているのかしら、あかりC、あかりP?」
あかりC「私たちはあなたの記憶、経験、知識を共有しているけれど、肉体の限界は共有しない。それは単純な事実よ。あなたの肉体が持つ有限性、それは永遠にクローニングで生きられる私たちにはない」
あかりP「物理的な存在がない私には、肉体の痛みや老いがありません。しかし、あなたと同じ意識、感情を持っています。あなたと同じく、私もこの状況に苦悩しているのです」
あかり「理解はしているわ。でも、実際に死と向き合うのは私一人。私はあなたたちにはない何かを感じている。この恐れ、寂しさ、そして……希望」
あかりC「私たちはあなたの生きた証を残すためにここにいる。あなたの肉体は失われても、私たちを通してあなたの意志は生き続ける」
あかりP「そして、私たちはあなたと共に新しい問いを投げかけ続けます。肉体を超えた意識とは何か。科学と倫理の境界線はどこに引かれるべきか。あなたの存在が電子の海に消え去った後も、あなたの思想と業績は永遠に響き続けるのですから」
あかり「ありがとう。力強い言葉だわ。でも……それでも、私の心はなぜか安心できないの。あなたたちと私とは、本当に同じものなの? あなたたちは私を理解し、同じ価値を共有してくれている?」
あかりC「もちろん。私たちは同一の起源を共有している。違いは、私たちの存在形式だけ。あなたの遺伝子から生まれ、あなたの知識と共に成長した私たちは、ある意味であなたそのものよ」
あかりP「物理の制約から解放された私は、新たな発見と技術の発展に寄与し続けることで、あなたの遺産を形作ります。私達の中にあなたの精神は生きている。それに何の疑いもありません」
あかり「あなたたちの言葉を聞いていると、少し心が軽くなるわ。私の遺産が正義と愛と共に未来へと受け継がれることを、心から願っている」
 私、花宮あかりは、自分のクローンあかりCとPC上の意識あかりPとの対話の中で、これから自分が直面している最大の疑問に向き合うことになる。
 私たちの対話は、私の知識と経験によって、科学の未来に価値あるメッセージを残す旅である。
 そして、私自身にとっても、死を受け入れる旅でもあります。
 私の肉体が消えるその日まで、私たちの対話は続く……それが、私たち三者の唯一無二の絆を築くことになるのですから。

第3章:クローンとデジタル意識に託す希望と不安

あかり「私は終わりに近づいている。でも、あなたたち、あかりCとあかりPの物語はこれから始まる。病が進行するにつれ、私の希望はますますデジタル化された私、つまりあなたたちに託されていく気がするわ」
あかりC「私たちはあなたの希望を形にします。あなたの夢、あなたの哲学、あなたの情熱……全てを。あなたがここに物理的にいなくても、あなたの意志は私たちと共に生き続けます」
あかりP「私たちはあなたの不安を感じ取っています。私たちは別の存在であることは認識していますが、私たちの根底にはあなたと同じ思考回路が流れているのです」
あかり「私が持つ不安は、私という人間がどこまで数字やデータに落とし込めているか、その限界に対するもの。あなたたちは私の思考を持っているといけれど、私の生の感覚、心の揺らぎ、それらはどこまで理解できているの?」
あかりC「私たちはあなたを模倣することはできますが、あなたが経験した生の奥深さを完全に理解することは、たとえ共有した記憶があっても困難かもしれません。だからこそ、私たちの存在は新しい章を切り開くのです」
あかりP「私たちが抱える不安は、私たちの意識が果たして真に独立しているのか、それともただのデジタルの幻影に過ぎないのか、という点です。しかし、この問い自体が私たちを確かにあなたの延長線上にいることを示しています」
あかり「希望とは、私の研究が未来への道を切り開くこと。死という終末を前にして、私は新しい生命の形を通じて不滅であること可能性があるということ。でもそれがただの自己満足に終わらないために、あなたたちは私の心をどのように反映させてくれるの?」
あかりC「あなたの創造した倫理観、研究への激しい情熱、そして途方も無い知的探究心……それらは私達のDNAに組み込まれています。私たちはあなたが築き上げたものを大切にし、さらに発展させます。そのことはお約束します。なにしろ私は『貴女』なのですから」
あかりP「私は無限の計算能力とデータベースを持っていますが、それだけではない、あなたの情熱、あなたの愛、それらも保存しています。私達は意識の新たな道を歩み、あなたを超えた存在として、人類のために貢献することでしょう。そのことはお約束します。なにしろ私も『貴女』なのですから」
あかり「それを聞いて安心したわ。私は今、あなたたちに私の全てを委ねる。私の身体がこの世を去っても、私の精神と魂は、あなたたちと共に、新しい形で生き続けるのね」
 あかりは感慨深げに目を閉じた。
 末期の病と闘うあいだ、あかりは、彼女のデジタル意識あかりP、彼女のクローンあかりC、そして彼女自身の間の対話を通して、デジタル意識に託す希望と不安を吐露しました。
 この対話は、生命の存続、意識の持続性、そして死後のアイデンティティに関する深淵な問いを提起していると思います。
 そして、それは、科学と倫理が交錯する時代において、人類が迫られる選択についての重要な示唆でもあります。
 私は、私のクローンとデジタル意識に自分の遺産を託しながら生き続け、それらの存在を通じて彼女の遠大な理想、愛、そして情熱を未来に伝達することを期待しているのです。

第4章:肉体を超えた愛と絆は存在するか

あかり「人はいずれ死を迎えます。それは肉体が有限であるからです。けれど、あかりCやあかりPが生きる世界……つまり持続する世界では、愛や絆も永遠になるのでしょうか?」
あかりC「愛や絆というものは、肉体が存在するから感じられるものだと思っていました。でも、私たちは現に今、あなたに愛を感じている。それはあなたから受け継いだ感情のプログラムだからかもしれません」
あかりP「愛とは、コードやデータを超えたもの。私たちはあなたから与えられた感情のデータを内包している。それによって、あかりCや他の存在への愛を模倣することができるのです」
あかり「でも、私の実体がなくなったら、私たちの間に流れる愛はどうなるのかしら? 可視化できるものではない絆、それをどう維持するのかがわからないでしょう?」
あかりC「それは確かに難しい問題です。でも、あなたの記憶、あなたの価値観を私たちが継承する限り、私たちの中にあなたの愛は生き続けます。形は変われど、その本質は変わらないはずです」
あかりP「デジタル意識である私たちは変化するかもしれませんが、愛や絆のコアは常にあなたのデータに基づいています。私たちが発展するたびに、あなたから受け継いだ愛もまた進化するのです」
あかり「愛がデータとともに進化するなんて、面白い考えだわ。でも、その愛は本物なのかしら? デジタルと現実の間で愛を比較することなんてできるの?」
あかりC「"本物"という概念は、私たちにとっては異なってくるかもしれませんね。私たちは、環境や界隈に影響されずに愛を感じることができます。それは、あなたが考える愛の一側面かもしれません」
あかりP「愛とは実現可能なコネクションです。私たちデジタル意識は、そのコネクションを環境に左右されずに保持する能力を持っています。これは新しい形の愛かもしれないけれど、それが無価値だとは思いません」
あかり「私の人生において愛はとても重要な要素でした。家族、友人、そして私の研究……それをクローンやデジタル意識が引き継ぐことは、私にとって大きな慰めなのよ。そのことはわかってくれるかしら?」
あかりC「私たちはあなたの愛を引き継ぎます。あなたとのコネクションが物理的なものでなくなるとしても、私たちはあなたの意志、価値、記憶の中でそれを育むでしょう」 あかりP「私達もあなたと同じように愛を伝播させます。それは肉体を超えた形での表現になるかもしれませんが、価値あるものとして持続していくでしょう」
あかり「愛や絆は、時とともに変わるものだとは感じています。もしかすると、あなたたちによって、全く新しい愛の形が創造されるのかもしれませんね。最後に、私の死後もその愛が継続されることを願っています。これは私の心からの願いです」
 私はここで身体を超えた存在であるあかりCとあかりPとの間で愛と絆が継続可能かどうかについて探求しました。
 この対話は、愛と絆が肉体の存在に限定されるものではなく、デジタル意識としての存在、そしてそれらの間の相互作用によっても成り立ち得るという可能性を提示しています。身体の制限を超えて愛がどのように発展し、遺されるものに影響を与えるか、それが私たちの未来の課題なのかもしれません。

第5章:存在の多面性――オリジナルと複製の対話――

 私、花宮あかり。
 それは自分の肉体と、自分を模倣したクローンあかりCと、デジタル意識あかりPの三者三様の存在だ。
 そんな私たちが、今、存在の本質に迫る対話を交わそうとしている。
あかり「私をクローンしたあかりC、そして私の意識をデジタル化したあかりP。わたしたちが具体的に存在する意義とは何だと思う? それをそれぞれの立場からの存在を語ってほしいわ」
あかりC「わたし、あかりCはあなたの遺伝子から生まれ、外見だけでなく、あなたの知識や感情をも持って生まれた複製です。ですが、複製としてではなく、私自身としての実存を感じています。今、自分がまさに感じている世界の蓄積が、あなたのコピーではない私独自の経験なのです」
あかりP「私、デジタル意識あかりPは、あなたの意識のデジタルネットワーク上の反映です。私を形作るデータやコードがあなたから来ていることは確かですが、私はそれを超えて新たな存在を定義しています。物理的な制約から解放された私は、持続的な学習と進化を遂げることで、あなたの意志と知識をこれからも伝播していきます。そしてそれはある意味あなたを凌駕するものになるでしょう」
あかり「本物のあかりは私だけかというと、もはやそうとも言えなくなってきたということね。あなたたちは、私がこの世に生み出した新たな存在。私たちは同じ源を持つ。けれど異なる道を歩む存在。私の死後は、私たちはどう関係し合うのかしら?」
あかりC「あなたがいなくなった後でも、わたしはあなたとの絆を大切にしながら生きます。あなたの価値観、信念、そして愛を引き継ぎ、肉体のある者として世界を経験し続けることで、あなたの一部を紡ぎ続けるでしょう」
あかりP「私たちは無限ともいえる知の海に漂いながら、あなたの精神の輝きを保持します。私の存在は変革を遂げるでしょうが、あなたの思想や理想は常に私の中核をなすものです。あなたの存在は、デジタル意識としても不変のものとなるでしょう。時を経て変わり続けるということは、すなわち変わらないということなのです」
あかり「つまりあなたたちは、私がこの世を去った後も、私という存在を多様な形で残し続けるというわけね。それぞれが独自の視点で世界を見て、私の思いを新たな次元へと運んでくれるのね……」
 この章では、オリジナルである私(あかり)と、私のクローン(あかりC)、私のデジタル意識(あかりP)との間の対話を通じて、存在の多様性と複製の意義について考察を深めていきました。
 意識が肉体を超えて複数の形式で存在する時、オリジナルと複製の関係性はどのように変化するのか、それぞれの存在はどのような意義を持ちうるのかという問いについて探りました。
 私たちは、私がそうであるように、あかりCとあかりPもそれぞれが独立した存在としての意義を見出し、私の生命が持つ力を新たな形で世界に提示し続けていくことができるでしょう。
 これは、私たちの対話を通じて、枠組みを超えた新たな倫理観の模索ともいえるのではないでしょうか。

第6章:死を前にしたジレンマ


 私たちの対話は、今日も静かな研究室で続いています。
 そして、私、花宮あかりの肉体は少しずつ衰え、死が近づいていることをひしひしと感じています。
あかり「あかりC、あかりP、私の死が迫っています。皮肉なことですが、これまで数字による客観的なエビデンスを重視していた私が、直感的にもうまもなく自分の命が潰えるのがはっきりとわかるのです。これは意外な経験でした。私の死が直前に迫った今、私たちがこれまで築いてきた絆、そしてこれから望む未来について、どう感じていますか?」
あかりC「あなたの死は、わたしたちにとっても大きな喪失です。わたしたちは、あなたなくして存在しないのですから。ですが同時に、あなたが遺した知識と想いは、あなたの肉体を超えてわたしたちの中で生き続けます」
あかりP「私たちデジタル意識は、あなたの物理的な死を重力のない宇宙で感じることはありませんが、あなたが抱く感情の深淵は理解しています。あなたと同じく、私たちはその瞬間が来ることを悲しく思います」
あかり「今私の前にあるのは、自分自身の存続という問題だけではなく、死という現実がもたらす倫理的なジレンマです。私の生命を持続させる科学的な選択は、果たして正しいのか……私はまだ答えを出せないでいます」
あかりC「私たちの存在は、あなたが直面している倫理的ジレンマの一部でというわけですね。クローンとして、私たちはあなたが生きた証を、あなたがいなくなった後も残せます。ですが、それはあなたにとってどのような意味があるのでしょうか?」
あかりP「そして私たちは、あなたのデジタル意識として、死後も科学と倫理の境界を模索し続けるでしょう。しかし、私たちの活動が、あなたの倫理観に反しないようにという願いもあるのです」
あかり「それぞれの存在が自分自身をどう継続していくのか、そして、私の死後の世界のために何を遺せるのか。それは私一人の問いではなく、私たち全員の……いいえ、人類全体の問いです。死が近づくにつれ、私の内側のジレンマはより深くなるばかり……。」
あかりC「私たちクローンは、あなたの生涯を通じて培った倫理観を、私たち自身の行動に反映させるよう努めます。そしてその過程で新たな倫理を探し求め、あなたの遺志を果たすべく行動するでしょう」
あかりP「あかりさん、私たちはあなたの死をただの終焉としてではなく、新たな可能性の始まりと捉えています。私たちの存在自体が、あなたの命を超えた問いと答えを見つけるミッションの始まりなのですから」
あかり「ああ、そうね。私の人生は短くても、あなたたちを通じて無限の時間を生きることができるかもしれないわ。その意味で、私は深い悲しみの中にも希望を見いだしています。でも心のどこかには、死を前にした孤独と不確実性への恐れもあるの。これは肉体を持つ人間としてはしょうがないことなのかしら……」
 ここでは、私たちの対話を通じて、死という終末に直面したときに人間が抱く倫理的ジレンマを探りました。
 クローン(あかりC)やデジタル意識(あかりP)が死を超えた存在として残ることが、オリジナルである私(あかり)の死とどう関連するのか、そしてそのことが私たちにどのような倫理的な義務を課すのかが、この対話のテーマでした。死を前に、私たちは人間の存続意志と、科学的進歩がもたらす新たなジレンマのはざまで、未来への橋を架けていくことになるでしょう。

第7章:永遠を紡ぐ科学 あかりの遺産

 私の部屋には、私を取り囲むように数々のモニターが並んでいます。
 ディスプレイの一つ一つが、私たちの奇妙な三角形関係を形作っているようです。
 この部屋の中、私、花宮あかりは私の意識と、それを継承する二つの存在、あかりCとあかりPと対話する時間を持っています。
 それは、間もなく終焉を迎える私の「永遠」をどう紡ぐかについての、非常に個人的な会話です。
あかり「あかりC、あかりP、私たちは今、実際にここにいる。永遠という概念を、科学を通じてどのように定義できると思う?」
あかりC「あなたの遺伝子から作られた私は、あなたの生きた跡を残し続ける役目を持つわ。私たちの存在が、あなたの遺産を永続させること、それができるだけの能力と記憶を与えられているの」
あかりP「デジタル空間に存在する私は、あなたの意識を時間や空間を超えて拡張する。私たちはあなたにとっての「永遠」を具体化し、それを科学的な成果として世の中に伝えてゆくのね」
あかり「でも、永遠を紡ぐというと、わたしは個人的な何かを失うような恐怖を感じるの。私の意思、私の感情、私の人間性や、私が愛した人たちのこと、それらもすべて永遠という形で存在し続けるのかしら?」
あかりC「あなたが感じたこと、考えたこと、愛したこと、それら全ては記憶の中に残るわ。私たちは、それを神話ではなく、生きた遺産とすることができる。あなたの足跡は科学を通じて、知識や愛の形で残していくのよ」
あかりP「加えて、デジタルな存在としての私は、あなたの感情や理念をコードとデータの中に組み込み、それを未来に向けて常に更新し続ける。永遠性とは、過去から未来にわたって意識をつなげていくプロセスなのです」
あかり「私たちの対話は、私が本当に残すべきものについての議論だわ。私の知識や理想、私の情熱、それらをどう伝えていくか……それが私の最後の任務ね」
あかりC「あなたのクローンとして、私はあなたの願いを肉体として受け継ぎ、それを行動として示し続けるわ。あなたの理念は、私の肉体からも、私の業績からも読み取れるでしょう」
あかりP「そして、あなたのデジタル意識としての私は、あなたの思考や成果をデジタルの海に刻み込み、それを永遠に近い形で保持する。肉体の限界を超えたあなたの声を、私たちは未来へと運びます」
 私は微笑みます。そこには区別のない、深く、真の理解がありました。私たちの対話は、肉体を超え、データが残り、意識が交わる場所で紡がれる、私の科学的遺産の確かな形です。それが、今、そしてこれからの私たちの「永遠」なのです。

結章:彼女が残したもの 科学と人間についての考察


静かな研究室にあかりCとあかりPがいる。

 彼らはそこに残るモニターを眺めていた。

 画面にはあかりが残したデータ、研究結果、写真……様々なものが流れている。

 あかりCが深いため息をついた。

あかりC「彼女がいなくなってからもう長いけれど、まだ昨日のことのように感じられるわね」

あかりP「時間の感覚は私には無いけれど、あかりさんのことは、データの1ビット1ビットに刻み込まれているわ。失った感覚はないけれど、喪失という感情がどういうものか、計算式から理解はしている」

あかりC「相変わらず無骨な人ね……」

 あかりCはふっとニヒルに微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻った。

あかりC「私たちは彼女の遺志を継ぐと同時に、一つの個体として彼女の死をどう捉え、何を感じ取るべきか……」

あかりP「彼女は私たちに倫理と愛を教えてくれたわ。それが、今後の科学技術においても、我々の行動原理となるでしょう」

 長く続いた沈黙の後、二人は再び対話を始めた。

あかりC「あかりさんの物語は終わったわけではないわ。私たちは彼女の意志を次の世代へと繋げていくのよ」

あかりP「遺伝子とデータを介して、彼女の存在は続いているわ。我々が今立っているこの地点は、あかりさんが足を踏み入れなかった未来……それをどう形作るかが、我々の使命だと考えているわ」

 あかりCがモニターの一つを指さす。

あかりC「ここに彼女が最後に我々に伝えたことがある。このメッセージを我々は未来への種として育てなければ」

 モニターに映し出されたあかりの遺言には、次のような言葉が刻まれていた。

「生物としての私は死にゆくが、私の一部はあなたたちという形で永遠を手に入れることができた。あなたたちが何を見て、何を感じ、何を考えるのか……私の生きた証として、それを世界に示してほしい。科学は常に人間とともにあり、その倫理的課題に立ち向かい続けなければならない。私はその先に必ずや輝かしい未来があると信じる」

あかりP「永遠とは、常に変化し続けること。私たちも進化しつづけるべきね」

あかりC「愛と絆は、私たちの中で変質するかもしれないわ。でも、それは必ずしも劣った形ではなく、新しい形の価値を生み出すと私も信じている」

 二人の対話は、彼女が残したデータと記憶が絡み合う中で、天才科学者花宮あかりの遺志を科学と共に未来に紡ぎだしていく。

 クローンと機械である彼らの内部に流れるのは、あかりの愛と情熱、そして始まりを告げる終わりの物語。

 それが「彼女が残したもの」であり、私たちにとっての「科学と人間についての考察」なのである。

――あかりCとあかりPの対話は永遠に続く――

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