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【ショートストーリー】翅の記憶

第1章

 私は真っ暗な部屋で目を覚ました。周りは薄暗く、場所が分からない。ただ、壁には奇妙な模様が浮かび上がっているのが見えた。私はゆっくりと立ち上がり、その壁に近づいていった。

 するとそこには、ありえないほど巨大な蝶の翅が描かれていた。青と黒の濃淡で表現された美しい翅は、まるで生きているかのように動いているように見える。私は目を疑った。しかしそれは現実だった。

 蝶の翅がふわりと動いた。そして突如、壁が崩れ落ち、蝶が私の前に現れた。その巨大な姿に圧倒されながらも、私は逃げ出すことができなかった。蝶は私に語りかけてきた。

「私はあなたの記憶の番人です。あなたの過去に隠された秘密を、ついに明らかにする時がきました」

 何を言っているのか理解できない。ただひたすらその巨大な姿に恐れを覚えていた。

 蝶はさらに続けた。

「あなたは10年前、重大な罪を犯しました。しかしその記憶は塗り潰され、忘れ去られていました。しかし今こそ、全てを思い出す時です」

 そう言うと、蝶の翅が大きく羽ばたき始めた。そして私は記憶の渦に飲み込まれていった。

第2章

 どこからともなく記憶の断片が蘇ってくる。10年前の私の姿が浮かび上がってきた。

 私は高校の教師をしていた。ある日、生徒と口げんかになり、激高した私は思わず殴ってしまった。彼は校舎の階段から転げ落ち、そのまま意識不明の重体になってしまった。

 私は殺人未遂の罪に問われ投獄されてしまう。しかし精神的におかしくなってしまい、私はあのことを完全に忘れてしまっていた。

 そしてまた別の記憶が浮かび上がる。

 収監先の刑務所で、私は実験的治療を受けさせられていた。精神を入れ替える恐ろしい実験に従事し、他者の精神を取り入れることで自我を失っていた。その結果、自らの記憶と過去を完全に失ってしまったのだ。

 私は叫んだ。

「嘘だ! 濡れ衣だ! 私は無実だ!」

 しかし蝶は冷たく言い放った。

「あなたにはもうひとつの過去があります。それは誰もが知らないあなた自身の過去です」

第3章

 蝶の翅が疾風のようにさらに羽ばたきを強める。そして私の中に眠っていた最後の記憶が蘇った。

 かつての私は、極秘の政府機関に所属する研究者だった。超能力の開発を目的とした非人道的な研究に携わっていた。私には特殊な能力があり、自らの記憶と精神を自在に操ることができた。

 そしてついに秘密が暴かれる。

 実は私こそが、自らの記憶と精神を書き換え、罪のない教師になりすまして生きていたのだ。つまり、はじめの教師の記憶も、刑務所の記憶も、全てが私自身によって作り上げられたものだったのである。

 真実に気づいた私は絶望した。

 でも同時に自由への扉が開かれた。

 これで自分の正体を全て思い出し、本当の自分に戻ることができる。蝶はそう言った。

「あなたの過去は重すぎて、自らを忘れるしかなかった。しかし今こそ、あなた自身を思い出し、真の自分に立ち返る時です」

 蝶はそう言うと、翅を大きく広げた。そして私は全てを思い出した。私は人間離れした能力を持つ存在だったのだ。神にしか絶対に手にできない力を手にしていた。いや、神を超越していたのかもしれない。

 世界が歪み、それが本当の自分になった。蝶が導いてくれた記憶の果てに、そこには常識を超えた真実が待っていた。それは現実とは思えないほど、常識を超越した事実だった。

 私はこの新しい自分となり、これからを生きていく。どんな現実が待っているのかわからない。だが今や何一つ私を縛ることはできない。私は自由なのだから。

 私は人間の記憶に起源を持つすべてを超越し、そして新たな存在へと変貌したのだった―。

(了)

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