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【短編推理小説】消えた『百合の誓い』の謎

 放課後の白百合学園。
 2年生の教室に、黒髪のロングヘアーの少女・白雪冴月(しらゆきさつき)が一人で座っていた。冴月は窓の外を眺めながら、ぼんやり芝生に目を落としていた。
 漆黒の綺麗な髪は背中を覆い、雪のような白い肌は上品な光沢を放ち、澄んだ瞳には常に冷静な判断力が宿り、無機質な表情は誰をも惹きつける魅力を持っていた。
 しかし、その奥底に秘められた鋭い知性と強い正義感は誰にも分からない。白百合学園の生徒の一人、しかし実は事件解決に身を投じる秘密の探偵。難解な事件の前では身を翻し、時に変装して潜入捜査する度胸も持ち合わせている。推理の才に長けた少女は常に真実の扉を開く。
 機知に富む問答で真相を紐解き、細部へまで思索を巡らせ、事件の本質を暴き出す、それが彼女の使命。冷徹(クール)な見かけの裏側に、優しい心が秘められていることを誰も知らない。そう相棒の黒川倭子(くろかわわこ)以外は。
「冴月、一人でぼーっとしてるのは珍しいわね。何考えてたの?」
 その倭子がいつも通りにこやかに冴月に話しかける。猫のように愛らしい瞳は好奇心に輝いてる。
 倭子の活発な身のこなしと明るい笑顔は、周りを元気に包み込む。しかし、その内側には固い意志と正義感が宿り、親友の冴月を支える強い決意が潜んでいる。
 事件を解決する際は裏方となり、時に危険な場所にも足を踏み入れ、情報を集め、頼れる味方として冷静な冴月の側に寄り添う。行動力と気質の違いを補い合い、互いに高め合う二人の絆は固い。
「明日の朝、学校である『百合の誓い』の儀式のことだ。この伝統行事は形式的に過ぎるのではないか、と最近思うようになった」
「えっ、冴月ってばそんなこと考えることもあるの?」
 倭子は如何にも意外、という表情を作ってみせた。
「百合の花には『純粋』や『尊い愛』といった意味が込められているはずなのに、それが生徒たちに本当に伝わっているのか疑問なんだ」
「なるほど、確かにそうかもしれないわね」
「儀式の背景にある思想が軽視されれば、存在意義が揺らぐ。形骸化を防がなければならない」
「冴月ってばさ……あたしたち、別にここの職員でもなんでもないし、ただの一介の生徒だよ?」
 倭子は、また始まったわ~、という顔をした。
「でも形骸化を防ぐなんてどうするの? それを確かめるのはすごく難しいんじゃなくって?」
「私にはできる。明日の儀式で、生徒一人一人の反応を観察し、その本心を読み取ってみせよう」
「まあ、それは冴月らしいわね。探偵さんの役目ってことね。いいわ、私もいつも通り手伝うから」
「ああ、頼りにしている。問題があれば是正しなくてはいけない。それが私の使命だ」

 翌朝。

 白百合学園の伝統を体現する「百合の誓い」の儀式が、今年も恒例通り春の訪れと共に行われようとしていました。

 この儀式は、新入生を学園の一員として迎え入れる重要な通過儀礼です。中心的な役割を担うのが、学園の象徴でもある「白雪百合」と呼ばれる特別な百合の花なのです。

 その白雪百合は、校内の秘密の花園で大切に育てられてきた品種です。純白の大輪を咲かせるその佇まいは、学園の建学の精神である「純粋」と「尊い愛」を体現しているとされています。

 儀式当日の数日前、選ばれた生徒たちが花園に足を運び、丁重に白雪百合を手摘みしました。摘まれた百合は万全の体制で管理され、儀式の日を待ち受けていました。

 そしてついに、春の陽射しが校庭を優しく包む華やかな朝を迎えました。新入生たちは晴れがましい面持ちで整列し、儀式の開始を心待ちにしていました。

 しかし、そのとき起きたのは誰もが予期せぬ事態でした。儀式に使う白雪百合が、飾られるはずの場所から消えていたのです。

 学園全体が騒然とした空気に包まれる中、白雪冴月と黒川倭子は、推理クラブのメンバーとして、この重大事態の調査に乗り出さないわけにはいきませんでした。

「儀式自体が行われなければ形骸化もくそもない。いくぞ、倭子!」
「はいはい、行きましょうか、名探偵殿!」

 二人は、まず第一に百合が保管されていた場所のセキュリティと、当日の出入り記録を確認することから始めます。

 冴月と倭子は管理人から許可を得て、出入り記録と監視カメラの映像を確認することにした。記録を見ると、許可された者以外は立ち入れないようになっています。
「うーん……記録を見る限り、不審な出入りはなかったみたいだね」
「ここからはもっと丹念に映像を確認するしかないな」
 困り顔の倭子をよそに、冴月は黙々と捜査を進める。
 二人はカメラの映像を注意深く観察し始めた。
 すると奇妙な一点に気づいた。
「倭子、あの時計を見てみろ」
「え? あれ? あの時計なんだかおかしい?」
 監視カメラに映っていた時計が、実際の映像ファイルの作成時刻からわずかにずれているのだった。
「そうだ、倭子、気づいたか? この時計、本当の時間と10分ほど違うぞ」
 冴月は冷静にそう指摘します。
 倭子も同様に気づいていたようで、頷きながらこう言いました。
「そうね。にしても、そんなにずれているなんて不自然すぎるわ」
 二人はすぐに、監視カメラが一時的に停止していた可能性を考えつきます。
 つまり、カメラが映像を映さない空白の時間が発生し、犯人はその隙を突いて白雪百合を盗み出したという推測です。
「よく気づいた、えらいぞ、倭子。犯人はこのカメラの死角を利用したに違いない」
「そうだとしたら相当入念に計画された犯行ね」
 冴月は峻厳な表情を浮かべながら、この事件の深刻さを感じ取っていました。
 伝統の継承さえも脅かされかねない重大事態なのです。
 二人はさらに事態を綿密に分析し、この事件の全体像を把握しようと試みます。
 まずは、百合の保管場所を徹底的に調査し、何か手掛かりになるものはないか探ります。
 一方で、監視カメラを止めることができるできる人物、そして白雪百合を狙う動機を持つ人間を洗い出す作業にも着手します。
 学園内の人間に的を絞り、緻密な捜査が始まろうとしていました。

 冴月と倭子は、次に保管場所の現場検証を始めました。床や壁、そして扉の隅々までを徹底的に調べ上げますが、不審な点は見つかりません。しかし二人は、決して諦めずにに捜査を続けていきます。

 次に注目したのが、当日の出入り記録です。儀式当日は学園の様々な場所で準備作業が行われており、多くの生徒や教師が立ち入っていました。そのため、容疑者の範囲を狭めるのは至難の業でした。
「それにしても、この記録を見る限り、容疑者の人数が多すぎるわ。とても追いきれない」
 倭子が困惑気味にそう言うと、白雪は険しい表情で頷きます。
「だが、我々はそこからさらに絞り込まねばならない」
 そして捜査の過程で二人は古い図書館の存在を知ります。そこには学園の歴史に関する貴重な資料が眠っているはずです。何か手がかりがあるかもしれません。しかし、図書館へは生徒が立ち入ることは原則として禁じられていました。
 冴月は諦めませんでした。夜になると、二人は図書館への侵入を試みます。幾つもの扉を潜り抜け、ついに奥まった図書館へと辿り着きました。そこは埃にまみれた古びた空間でした。
 二人は熱心に資料を探し始めます。数時間後、ついに冴月が一冊の古い議事録と文書を発見しました。そこには「百合の誓い」の儀式について批判的な内容が書かれていたのです。儀式の形骸化が危惧され、その存在意義を問う記述がありました。
 冴月は興奮を抑えつつその議事録と文書を読み進めていきます。かつて学園の生徒だった人物が、儀式の在り方に疑問を抱き、この文書を書き残したことが分かりました。そこには儀式の本質的な意味が失われつつあり、単なる体裁だけが伝承されていく危険性が指摘されていました。
「まさか、これって……」
 倭子の表情が一気に曇ります。
 伝統ある儀式に対する、学園内部からの反発があったことが分かったからです。
 さらに、二人は文書の筆跡分析から、書き手が現在の学園の教師である可能性が高いことを突き止めました。白雪は重みのある口調で言いました。
「つまり、教師の中にも、この儀式に異を唱える者がいたということか」
 事態はますます深刻さを増していき、二人は身構えざるを得なくなっていきました。果たして真犯人は誰なのか。そして、盗まれた白雪百合の行方は……。闇に包まれた事件の核心に、二人は近づきつつあります。
 冴月と倭子は、教師の中に容疑者がいる可能性が浮上したことで、捜査に新たな方向性が出てきました。しかし、その一方で事態は一層複雑さを増しています。
 二人は文書の内容を詳しく分析し、書き手の思惑を読み解こうと試みます。それによると、この教師は「百合の誓い」の儀式を不当であると考え、改革を求めていたようでした。
「つまり儀式が特定の生徒を差別しているという主張らしい」
 冴月がかすかに眉を顰めながら説明します。
「でも、それを公然と批判することはできなかったんでしょうね」
 倭子が続けます。
 つまり、この教師は学園の伝統的な体制の中で、自らの意見を表に出せない立場にあったということです。しかし、あまりにも儀式への不満が蓄積されていったことで、ついには過激な行動に走ってしまったのかもしれません。
「百合を盗むことで、儀式そのものを阻止しようとしたのかもしれない」
 冴月は冷静に推理します。
 しかし、そこには軽々に許されない重大な罪があることを、二人はよく理解していました。
 一方で、この教師以外にも、百合の花を狙う動機を持つ者がいた可能性は排除できません。例えば、儀式への反発からか、単なる遊び半分の悪戯からか、動機は様々に考えられるのです。
 冴月と倭子は、これらの情報を基に、教師をはじめとする複数の容疑者候補をリストアップしていきます。そして次なるステップとして、一人一人への聴取調査を行うことになりました。
 この重大事件の真相に、遂にめどが立ち始めます。しかし、二人が直面しているのは、学園の伝統と革新の狭間にある、複雑で繊細な課題なのです。真実への道のりはまだ遥か遠く、試練が待ち受けていることでしょう。

 白雪冴月と黒川倭子は、推理の糸を辿り、「百合の誓い」の儀式に反対していた教師の正体を突き止めた。
 その教師は、数学の月見野先生だった。
 二人は、月見野先生の研究室へと向かった。扉を力強く叩く音が廊下に響いた。
「月見野先生、そこにいらっしゃいますね? 私たち、推理クラブの者です」
 冴月が大きな声で呼びかけた。
 しばらくして、がちゃりと鍵が開く音がした。
 ドアが開き、月見野先生の姿が現れた。
「どうしたんです? この騒ぎは」
 先生は困惑した表情を浮かべていた。
「百合の花の件について、お話がしたくて参りました」
 冴月は躊躇なく言った。
「単刀直入に伺います。あなたが、花を隠したのですね?」
 月見野先生は大きく目を見開いた。
「な、なにを根拠に!?」
 倭子が口を挟んだ。
「先生。私たちは先生がむかし書いた文書を見つけました。筆跡から先生が書いたことは間違いありません。そこには儀式に反対する内容が書かれていましたね」
 先生は苦々しい表情を浮かべた。
「そうですか……あれを見つけてしまったのですね……」
「なぜそのような行動に出たんです?」
 冴月は問い質した。
「儀式を妨害するだけでは意味がないのではありませんか?」
 月見野先生はため息をついた。
「あの儀式、ある生徒たちには不利な状況を強いているんです……」
「不利な状況?」
 倭子が不思議そうに問う。
「はい」
 先生は説明を始めた。
「百合の誓いは、白百合学園の建学理念を体現する大切な儀式です。しかし、その理念そのものに疑問があるのです」
「どういうことですか?」
 冴月の視線が凄味を増した。
「白百合学園は、純粋で高潔な女性を育成することを理念としています。しかし、現代社会においてそのような女性像は時代遅れではないでしょうか?  女性も男性と対等に社会で活躍する時代です。私は、そうした点で学園の理念に反対の意見を持っていました」 先生はそこで浅くため息をついた。
「ただ、みなさんに反対するのは困難でした。誰もが理念を受け入れており、当時、私の意見は孤立無残でしたから……」
 部屋の空気が重くなっていく。
「だからこそ、あの儀式には問題があると考えました。儀式は学園理念を可視化するものですから、それに反対するために百合の花を隠したのです。……しかし、それは間違った行動でした」
 先生は言葉に詰まりながらも続けた。
「生徒たちやみなさんに、迷惑と失望を与えてしまいました。私のとった手法は的確ではありませんでした」
 冴月は冷静な口調で言った。
「確かに、先生の意見には一理ある面もあります。しかし、理不尽な妨害行為で意思を貫くのは間違っています。話し合いを通して改革していくべきです」
「貴方の言う通りです」
 月見野先生は頷いた。
「私は愚かにも独りよがりで独善的な行動に走ってしまいました。本当に申し訳ありませんでした」
 倭子が優しく話しかけた。
「でも先生、私たちはわかりますよ。伝統と新しい考え方の板挟みで、どちらに転んでもいいところがなかったんでしょう?」
「私の力不足です……」
 先生は深くうなずいた。
 冴月が言った。
「せっかくですので、先生の意見をしっかりと聞かせていただけませんか? 私たちなりに、何か解決の糸口が見つかるかもしれません」
 そこで、月見野先生は自身の考えを滔々と語り始めた。
 限界のある学園の理念、現代社会との齟齬、生徒たちへの影響など、さまざまな角度から懸念を述べていった。
 二人はただそれをじっと傾聴していた。

 しかし、物語はそれで終わりではありませんでした。月見野先生の告白を受けて、二人は早速ある「別の場所」へと向かいます。そして、そこで無事に白雪百合を発見、確保することができたのです。

 伝統の継承が危ぶまれた一大事件は、このようにして冴月と倭子の手によって未然に防がれました。儀式は予定通り執り行われ、学園の新たな歩みがスタートすることとなりました。

 しかし、今回の出来事を通して浮かび上がってきたのは、学園に潜む伝統と革新の間のささくれでした。二人は、この対立への新たな備えを心に誓うこととなるのです。

 そして二人の活躍は、学園内外で高く評価されました。推理クラブの役割と重要性が大いに認められた今、二人の活動はさらに加速することでしょう。次なる事件が、二人を待ち受けているのです。

(了)

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