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【短編小説】いのちのまつり 第1話

   第1話

 おかえりなさいって、夕日を受け止める山。
 川の流れ。岩の間を、水がかけっこしてる。

 見渡す限りの田園。胸の空洞を風が吹き抜ける。

 滝が力強く岩を打つ音。ドドドドド。
 舞い上がる細かい飛沫がプリズムになって虹を映す。

 真っ白な雪が、景色を包み込む。
 春がきたよってはしゃいで、一斉に芽吹く花たち。

 そして、海──。

 キレイな景色は沢山あるけど、その中でも特に、あたしの心を打つのは。
 絵葉書で見た、行ったことのない場所に、どうしても心惹かれるのは。

 覚えているから。
 遺伝子のどこかに、記憶が刻まれているから。

   *****

 あー、よく寝た。
 こんなに寝たの、久しぶり。
 大きく伸びをした。あーって、声が出ちゃう。
 疲れが溜まってたのかな。
 あんまりぐっすり寝すぎて、今が何時かもわかんないや。
 てか、ここ、どこ?
 見覚えない。
 あちゃー、昨夜呑み過ぎたか。
 必死で思い出してみるけど、寝る前の記憶はどうしても取り戻せない。

 気がつくと、ちょっと離れたところに優しそうな男の人が立っている。
 あれ? さっきからずっとそこにいた?
 どうだったかな?
 やべ。あたしまだ頭働いてない。

「おにーさん、誰?」
 あたしの質問に、男の人はふっと笑った。
 きゃん。
 笑うとますます優しそう。それに、ちょっと懐かしい。あたし、この人好き。

「おいで」
 男の人が言う。あたしは飛び起きて、男の人に駆け寄った。
 子供の頃から、あたしは優しそうなおにーさんが大好き。
 抱き上げてくれたり、いい子いい子してくれたり、お菓子をくれたりするから。
 だからあたしも、「おにーちゃん大好き!」なんて甘えるの得意。

「ね、ここどこ? ひょっとして夢の中?」
 男の人は頷く。
「そうだよ」
「あーやっぱりね。だと思った」
 納得。したら、不安が消えてわくわくしてきた。

「それじゃ、行こうか」
 男の人が遠くへ顔を向けた。いつの間にか、ぼうっと光るトンネルみたいなものができてる。

「どこへ連れてってくれるの?」
 あたしは行く気マンマン。だって、どうせ夢の中だよ?

「白亜紀の時代だよ」
「へ? はくあき? それ、いつ?」
「今から数千万年くらい前の、恐竜の時代」
「恐竜見に行くの?」
「違うよ、きみを見に行くんだ」

 優しい男の人にエスコートされながら、あたしはトンネルの向こう側へ吸い込まれるように進んで行った。

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