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理由書で文豪ごっこ


(これは 2017年7月10日にFacebookにUPした文章の改定版です。丁度6年前の文章ですが、今読んでもちょっと面白かったので転載しておきます。)

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2017.7.10
先週の鹿児島出張の朝、仙台駅からの空港アクセス線が停電の影響で運休していたんですよ。
で、教授とうちの学生2人、金研の教授、わたしの5人で仙台駅で遅延証明をもらい、タクシーに分乗して有料道路を爆走してもらって、結構ぎりぎりに空港に到着し、なんとか鹿児島に行ったんです。
で、帰着後、事務方にタクシーと有料道路のレシートと遅延証明、出張の経路変更書を出しましたところ、タクシーを使った「理由書」を出せっていうのよ。これ以上、理由なんてないでしょ?
何のための遅延証明書よ。ばかばかしい。

こういうのを繁文縟礼っていうんだぞ。バルザックが言ってたやつだよ!
こうなったら、ものすごくめんどくさい感じの理由書作って出すんだから。というわけで、読むのが厭になるようなのを作文中。町田康が書いたようなやつがいいかな。いや、いっそ泉鏡花。

町田康ふう


「あかん。電車が止まっているではないか。俺は金子を握りしめ、運転手に行きたい場所を言うことによって其処まで連れていってくれるという至極利便なシステームである商用乗用車すなわちタクシーてうものに乗った。富豪。くくく。籠のようなものに入れられて運搬されとる猫。」

泉鏡花ふう


「汽車の不具合の在りて動かぬ様子に、予は傍の教授殿と書生等に人力車を誂う旨示すと、一同皆是賛同す。「きつと、航空機には間にあうだらうねえ、君。」「勿論ですわ。教授。また、其の様でなければ。」

太宰治ふう


「あの、ごめん下さい。遅延証明が必要なんです。」

私が、駅員さんの詰め所へ行って、人数ぶんの遅延証明書を貰いました。教授のぶん、私のぶん、学生さんのぶん、金研の教授のぶん、5枚でした。

駅員さんは、空虚な感じの手つきでそれを数え、なにも言わないで、私に渡してよこしました。

私は、おおきい溜息をつきました。それから、心細げに立ち尽くしている皆のところへ、戻りました。

そこからは、あわただしく、ハイヤーに乗り込み、誰が話すともなく、飛行場へ、向かったのです。

事務局が、遅れてしまっては、なりませぬから。」

芥川龍之介ふう


「其の汽車は止まつていた。

僕は重い鞄を停車場の床に置き、時刻表を見た。

汽車は、もうずつと止まつており、果たしてこの先もずつと、動かぬ。

動かないのですよ。……

つまり、汽車に乗ることは最早不可能なのである。

僕は憤慨することもなく、駅員に尋ねた。

動かないのですよ。……

―早朝の風が、ひやりと首元に流れた。」


(おわり)

追記 桂米朝ふう 2023.7.10
(友人からのリクエスト)

「なんやどんならん。汽車動いてへんがな。お前、向こう行ってどないなってるか聞いといで」
「はーいぃ」「しっかし人使いの荒い教授やな、酒の一杯すら奢てもろてへんのにこれや」
「なんか言うたか」「うへえ。言うてまへん」

どうやら、汽車は動きまへんな。
そこで一行、ハイヤーで飛行場へ向かうことにいたしました。その道中の陽気なこと。

(おわり)


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