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いつか見た風景 46

「過激で優雅な病める詩人の会」


 原因は人それぞれですねと医者が言った。特定は難しいですからとも言った。それでも加齢やストレスがほとんどですからと。私は迷っていた。専門医に行くべきか。漢方でも試そうか。そうそうネットじゃもっぱら蜂の子なんかを薦めて来るけどさ、アレって効き目はあるのかな。私の場合の耳鳴りはキーンとかいう単純な金属音だけじゃないんだよ。何だか旋律を奏でる時もあれば内緒話が聞こえて来る時もあるからさ。

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス


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 体のあちこちに違和感があるのは昨日今日始まったことじゃないけど、今は記憶のあちこちの違和感の方が気になって仕方がないんだ。忘れないうちに何でも記録するクセはしっかり身にはついて来たけど、よくよく考えたら体の変調の事はすっかり後回しになっていた。医者に色々聞かれても何だかあやふやな記憶を辿っているばかりじゃ話にならないからさ、だから私の秘密の記憶ノートに一つ項目を増やしたんだよ。

「体内異変の一考察」とか「痛みと痒みと違和感の記録」なんてタイトルをつけたら、私の留守に誰かに見られて余計な心配をさせる事になるからさ。それはやっぱり私も不本意だから、暗号ってほどじゃないけど自分だけが分かるように記録をしておこうって思ったんだよ。そしたらさ、私らしい良い方法が見つかって「病める詩人の会」ってのを作った体でポエティカルに記録しようかって思ったんだ。何だか怪しい秘密結社みたいだけど悪くないだろう。遅咲きの文学老人が歪んだ感性を無理矢理膨らませた大袈裟で偏屈な個人的な詩作にしか写らないだろうからさ。秘密の厳守とか個人情報の保護とかには大いに役立ちそうだね。


「耳鳴りの詩」

 火星の大地に降り立った

 最初の男が聞いていた

 研ぎ澄まされた2つの周波が

 両の耳から忍び込み

 言い争うように絡み合う

 このままでいいのかい?

 さあ良く分からないな

 放っておいていいのかい?

 大丈夫かなんて分かる訳ないさ

 この男は来週も医者に行くつもりだぜ

 オレたちを追い出そうって魂胆か?

 そうだとしたらちょっと問題だな

 だから少し慎重にやらないと

 音を出さずに作業しろって?

 そいつは無理な相談だけど

 せめて時間を区切ってやるしかないか

 余計な騒音は禁物だな

 余計な会話も禁物だ

 二つの周波のヒソヒソ話

 男の記憶を巻き上げて

 どこかに高く売り飛ばす

 2人は闇のブローカー

 火星の闇のブローカー


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 そうかそうか耳鳴りの正体は2人組の火星人だったか。それも人の記憶を掠め取る悪徳ブローカーの輩なんだな。いつの時代もどこの世界もやっぱり悪い奴ってのは存在するものなんだなと妙に感心した。それにしても耳鳴りの正体と私の記憶の消失にこれほどまでの直接的な因果関係があったとは、まさに不都合な真実的な驚きだよ。

 私は一旦書くのを中断しコーヒーでも飲もうかとカップを口まで運んだ。するとそれまで耳の奥で鳴っていた耳鳴りが、宇宙人との接近遭遇時にカーラジオが勝手にチューニング音を立てているようなノイズを発し、そのノイズの合間から何だか聞き覚えのあるような声が聞こえて来るじゃないか。えっ違うって何が?ちょっとちょっと待ってくれよ、もう少しゆっくり話してくれないかな。


「耳鳴りの詩 その2 〜クイズを出すよ〜」

 おお聖なるノイズよ、わが神よ、

 私にクイズを出されるか

 老いた私の一体何を試されたいのか

 壊れた私の一体何を知りたいのか

 何何々、今何て、おっしゃいました?

 ああそうですか、なるほどね、

 それがあなたの質問ですか

 ノイズが何て言ってるか

 神が今、何ておっしゃっているかって

 そんなこと、分かる訳ないじゃないか

 都合の良い翻訳アプリもないからさ


「耳鳴りの詩 その3 〜私に答えは出せるのか〜」

 あなたが作りたもうた世界の中で

 一番二番の傑作であり

 一番二番の駄作こそが

 この私、すなわち人間なんだと言うことくらい

 とうの昔に分かっております

 分かっているけど忘れちゃう

 分かっているからやめられない

 はいはいそうです、そうなんです

 常に二つのベクトルが

 行きつ戻りつ交差して

 矛盾を孕んで闊歩する

 危険を孕んで闊歩する

 あ、あああ、そうか、そうなんでね

 神様あなたの声が聞こえます

 きっとあなたはこう言っている

 これからどうする? だったらどうする?ってね


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 火星の2人組の悪徳ブローカーに姿を変えた私の分身でもある神様が、私の耳鳴りの周波数に合わせてメッセージを送って来た。何だか随分回りっくどい感じだけど「これからどうする?」ってのは実に明快なメッセージでもあるな。何しろ今まさにこれからどうするって考えなきゃならんからね。

 で、だからさ、やっぱり来週医者に行ってこようかって思ってるんだよ。いつもの内科じゃなくって耳鼻科にね。近所にあったかな? 腕のいい正直で年寄りに優しい耳鼻科なんてのが。本当にいるのかな? 私の話を途中で遮ったりしないないで最後までちゃんと聞いてくれる忍耐強い専門のお医者さんなんて。




 




 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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