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ネットワーク効果のための行動変容デザイン

概要

単にサービスやプロダクトの効果を高めるだけでなく、もっとプロダクトやサービスを使ってもらうために、行動変容デザインの考え方を活かすには、ネットワーク効果を生む行動変容を設計する必要があります。しかし、行動を変えるプロダクトやサービスは、単に利用目的を満たすことにのみ注力しがちで、その影響力を拡大するために行動を変えるデザインの力を活かしきれていない、ということが多いように思います。

いかにネットワーク効果を生み出すか、そのために行動変容デザインをどのように活かせるのかを検討してみました。

はじめに

プロダクトやサービスの成長には、より多くのユーザーに使い始めてもらい、より多くのユーザーに使い続けてもらうことが重要です。

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サービスの成長のためには、ユーザーを増やすことと、そのユーザーがしっかりつかってくれることの両立が重要になる


SaaSなどユニットエコノミクスで評価されるサービスは、使い始めのなめらかさをCAC(顧客獲得単価)の低減によって評価し、使い続けること(継続利用)をLTV(顧客生涯価値)の増加で評価します。

行動変容デザインの考えをサービスやプロダクトといった価値提供(オファリング)に適用する場合、行動変容そのものによって価値を生み出し、マネタイズしているプロダクトであれば、価値提供の効果がより高まるため、多くの場合LTVに貢献する考え方として整理されているように思います。

例えば、YoutubeやNetflixのような動画配信サブスクリプションにおいて、いかにユーザーがコンテンツに釘付けになるような行動変容を実現することは、顧客体験を強固なものにし、より強い継続利用意向を促すことになるでしょう。Youtubeで広告なしに関連性の高い次の動画を見たい時の自動再生機能、あるいは、Netflixで連続するドラマを見た際に、エンディングを飛ばして次の回の動画へ早送りする機能は、ユーザーの行動をより連続した試聴体験へと変え、その中毒性を高めます。

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Youtubeの自動再生機能
(Jon Yablonski "Laws of UX" O'Reilly Media 2020,  p.111。邦訳はこちら)


しかし、使い続けやすいサービスやプロダクトにできたとしても、サービスやプロダクトを使い始めてもらわないことには、そのサービスやプロダクトが成長できているとはいえません。継続利用を強める行動が直接的にユーザーの獲得につながるとは限りません。

シリコンバレー発のインターネットサービスは、サービスやプロダクトの価値がユーザー数の増加にともない飛躍的に増える、ネットワーク効果を持つものが多くあります。
そうありたいなら、あるユーザーがサービスを使う一連の流れの行動によって、別なユーザーの利用が促されるような仕組みを、サービスやプロダクトの中に埋め込んでおく必要があります。

よいサービスをつくり、そのあとで有料の集客効率(Googleなどのリスティング広告など)を高める。それだけでなく、サービスを利用した人がそのサービスを広めるよう、一連の流れに含め設計するのです。ユーザー数が増えることで、サービスそのものの価値が増えるネットワーク効果を有することは、インターネット時代のサービスを考える上で必須条件となっている、ともいえるでしょう。

ネットワーク効果とは

ここで、ネットワーク効果の簡単な理解を説明します(専門的な視点からすると不足・不備のある説明かもしれませんがご容赦ください)。

ネットワーク効果を有するものに電話のサービスがあります。

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電話がこの世に1台しかないとします。おままごとに使えるかもしれませんが、誰かと話す、という電話の価値は果たせません。
電話がこの世に2台しかないとします。トランシーバーとさほど価値の変わらないものになります。1人に対して、1ヶ所と連絡が取れる価値が生まれます。
電話がこの世に10台あるとします。2台のときは、ある1つの宛先と連絡取れる、という価値しかありませんが、10台あると、1人には9ヶ所の宛先と連絡が取れる価値が生まれます。10人にこの価値がもたらされるので、10台が繋がることの価値は90あるといえるでしょう。このように、2台のときには、だれかと連絡が取れる価値が2しかなかったのに、10台の時には台数倍以上の連絡先ができます。
つながっている台数以上の価値を帯びるようになるのです。

交通網の発達した都市では、中心部ほどネットワーク効果の恩恵(と混雑などの外部不経済)を受けるようになります。ターミナル駅は、より多くの交通ネットワークとつながり、集客力から、その駅周辺の地価は、高い値を示すようになります。商業施設やオフィスなど、多様な用途の集積は、集積によってその価値を高めるのです。

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日本の公示地価。東洋経済Online 全国「公示地価」最新価格・過去比較3Dマップより。2019年3月28日時点での最新データを表示

このようなネットワーク効果を持つサービスを思い浮かべてください。
Twitter、Facebook、Tiktokといったソーシャルメディア、このnoteもまた、ネットワーク効果をもつプロダクトだといえるでしょう。
また、利用者が増えるほど利便性の増す、配車サービスのUberや配送サービスのUber Eats、デートアプリのTinder、チャットのslackもネットワーク効果をもつプロダクトです。


また、サービスに限らずとも、新型コロナウィルスをはじめとした感染症は、その脅威を実行再生産率を指標とした感染力(や死亡率など)によって判断されますが、ウィルスの感染こそ、まさにネットワーク効果そのものだといえるでしょう。

ネットワーク効果のための行動変容デザイン


では、このネットワーク効果をもたらす行動をどのようにつくりだしたらよいのでしょうか?
選挙における行動変容デザインの事例として、オバマ大統領が誕生した時の選挙キャンペーンが挙げられます。

選挙陣営にいるスタッフがいくら頑張って自分の友達に電話をかけて、大統領候補をほめたしたとしても、その人数はたかが知れています。しかし、支持する人たちがラジオにでて、公共の電波の上で大統領候補を支持する発言をしたらどうでしょう。
圧倒的に多くの人に声が届くだけでなく、支持する発言を耳にする回数は1人が1人に電話をかける数倍にもなります。このような同時多発的な認知は、流行が起きている、なにかがいままでと決定的に異なるという印象をあたえるのに効果的です。

このように、既存にあるネットワークをうまく活用することができれば、選挙活動のネットワーク効果は飛躍的に高まります。

では、どのようにしたら、より多くの人にラジオで大統領候補の存在を広めてもらえるのでしょうか。

あまり詳しくないのですが、アメリカのラジオ番組のいくつかには、一般市民が登場し自由に自分の意見を述べるコーナーがあるようです。
そこで、聴衆の心情を理解し、的確に論点をついた意見が述べられれば、候補支持の説得力が高まり、より支持は拡大してゆきます。しかし、急にラジオにでていきなりいうべきことをいう、というのは、いくら熱意があったとしてもなかなか難しいものです。また、いつどの時間にどの局で、意見をいえる番組がやっているかを探す手間が、大切な熱意を削いでしまうでしょう。

そこで選挙陣営は一計を案じました。彼らはWebページを立ち上げ、Webページ上で、いつ出演できるラジオ番組が放映され、出演のための電話を受け付けているのかをわかるようにしました。

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2010年2月当時のbarackobama.com(ウェンデル『行動を変えるデザイン』(オライリー・ジャパン、2020年)p.184 より改変)

また、電話をかける時の注意点(Tips)と論点整理のためのコンテンツを掲載しました。そして最後に、電話をしてどうだったかをフィードバックするフォームを用意しました。

このようにラジオ出演に対する手間をひとつひとつ解消することで、選挙陣営は支持者たちをラジオ出演させることに成功しました。また、他の支持者たちが出演した履歴を公開していくことで、他の支持者たちは、われこそは、と勇気づけられることになります。このようにして、ラジオ出演がラジオ出演を産む、再生産のネットワーク構造を作り出しました。

このように、ネットワーク効果を生む行動を特定し、それを理解すれば、行動変容デザインの考え方を応用して、ネットワーク効果を促進できるのです。

ネットワークのなりたち

しかし、ひとことでネットワーク効果といっても、まったくまだなにもないところからそれを生み出すのと、さらにその規模を拡大させるためにやることでは、違いがあるはずです。
ネットワーク効果はどのような段階を経て生まれるのでしょうか。

Andrew Chenの”The Cold Start Problem”を参考に、ネットワークを構築するステップを抜き出してみましょう。

ネットワーク効果の4つの段階

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コールドスタート・ティッピングポイント・エスケープベロシティ・モートの4つの段階で考えていきます。

コールドスタート

1つめの段階は、コールドスタート。
使っている人がいれば価値が出るのに、1人もつかっていなければ価値がないから、だれも使い始めてくれない。
凍てついた初めの段階です。

まず初めに必要なのは、最小限まわっているネットワークを作り上げること。
この最小限のネットワークを、アトミック・ネットワーク(atomic network)と呼んでいます。
アトミック・ネットワークの構成員には、動かすのが簡単な方(Ease side)と動かすのが難しい方(Hard side)があります。
ポイントは、Ease sideをなんとかして集め、Hard Sideを動かしにいくこと。

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たとえば、リクルートの就職情報サイト「リクナビ」は、どのように始まったのかご存じでしょうか。

元々、大学生向けの大学新聞の営業をしていた創業者(江副浩正)が新聞広告を集めるために、企業の人事部の人材広告出稿を求めたのがはじまりといわれています。
つまり、この場合の、集めやすい方は、大学生であり、一定、大学生が集められる状態ができた後、大学生がいることを担保に、集めづらい方の企業担当者を集めたのでした。

大学生へのアクセス権と、企業人事部のネットワークをもとに、その後のリクルートは、新聞広告なしの求人情報誌の創刊や求人サイトの運営へとネットワークを拡大していくことになります。

ティッピングポイント

では、次に、このネットワークを拡大させていくにはどうしたらいいでしょうか。
このネットワークが拡大していく臨界点をティッピングポイントと呼んでいます。

ウィルスを例に挙げると、実行再生産率が1を下回れば、そのウィルスは消失していく方向へ向かうでしょう。
実行再生産率を1を上回らせるには、プロダクトやサービスごとに必要な閾値が存在しています。

配車サービスUberを例に挙げると、Uberは「15分以内に配車が見つかること」がマジックナンバーだそうです。

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15分以内に車が見つからないとユーザーが離脱していき、そうなると運転手も客が見つからないので離脱していく。
逆に15分以内に車が見つかるようになると、ユーザーは利便性を感じ、利用頻度が増えたり新規ユーザーを誘ったりするでしょう。
ユーザーが増えて運転手が足りなくなってくると、車が見つかりづらくなります。なので、運転手を増やす必要が出てきます。
「この15分以内に配車が見つかること」というマジックナンバーを守るために、ネットワークはどんどん拡大していきます。

次なるステップは、この成長を維持するための燃料投下方法です。

エスケープヴェロシティ

いちどネットワークが拡大の方向を向いても、適切に燃料投下を行わないと、拡大のエネルギーが縮小の方向を向いてしまうリスクがあります。

たとえば、あまりにも配車を希望するユーザー側が増え過ぎてしまい、15分以内に車が集まらなければ、ユーザーは利用をやめてしまいます。
ユーザーが減少すれば、いずれ配車までの時間は短くなるでしょう。
しかし、話はそうも単純ではありません。求める価値を得られなかったユーザーは、もう一度サービスを利用してくれる望みが薄いばかりか、アプリのレビューで否定的なレビューを書き込んだり、ネガティブな体験を未利用のユーザーに伝えたりします。
このことが、顧客獲得コストを悪化させてしまうでしょう。顧客獲得コストの悪化は、いままで成り立っていた好循環を破壊する恐れがあります。

これを、成層圏に飛び立とうとする宇宙船にたとえて、重力圏からの脱出=エスケープヴェロシティと呼んでいます。適切なタイミングで十分な燃料投下をしていれば、重力圏から脱出することができますが、中途半端なところで燃料切れを起こしてしまうと、一気に重力に引っ張られ、大気の圧力や摩擦によって機体は崩壊してしまいます。

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ネットワークの線を太くし、収益を集め、その収益をもとに(あるいは担保に)、再度、ネットワークの線を太くすることに投資をしていく。
そして、その原資をもとに別のネットワークを構築し、ネットワーク同士をつなぎあわせることで、ネットワークのネットワーク(ネットワーク・オブ・ネットワーク)を構築します。

ネットワークの線を太くする

ネットワークの線を太くするには、AARRRモデルで知られる、
獲得(Acquisition)、活性化(Activation)、継続(Retention)、紹介(Refferal)、収益化(Revenue)のプロセスが有用でしょう。

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一見このプロセスに収益化が入っていることに違和感を感じるかも知れません。収益化そのものは、ネットワークの線を直接太くはしません。
まったく何もしなくてもネットワーク内で完結して、マジックナンバーが満たせる状態になれば、それはそれで理想的ではありますが、多くの場合には、収益化によって得られた原資を獲得にあてることになるでしょう。

ネットワークのネットワーク

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ネットワークのネットワークについて、鉄道の比喩をもとに考えてみましょう。

地下鉄のように都市の内部で構築された鉄道ネットワークを新幹線のようなネットワークで接続すると、都市の内部の駅は他の都市へいくための入り口としての価値を新たに獲得します。
ネットワーク同士を行き来することは、狭いネットワークの範囲ほどの往来にはならないかもしれませんが、一本の線をひくだけで、ネットワーク同士を結びつき、各ネットワークの価値を飛躍的に拡大することができます(ストロー効果と呼ばれる、より強大なネットワークとあるネットワークが結ばれると、強大なネットワークにネットワークの構成要素がストローを経由する液体のように吸い取られてしまい、小さい方のネットワークが縮小してしまうような事象が仮説されています。なので、一概にネットワーク同士を結びつけることは、それぞれのネットワークの価値を増加させるだけではない、というダイナミズムが現実には存在しているでしょう)。

余談ですが、大学時代にフランス文学者の教授が、荷棚はフランスにおいては都市間を結ぶような高速鉄道のものであり、地下鉄のような短距離を結ぶ鉄道に荷棚はないこと、日本ではそのような区別はなく、ほとんどの鉄道に荷棚が設置されていることを通じて、ロラン・バルトの提示した神話作用を説明していました。

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路線の乗り入れは、ネットワークをつくりあげる路線の意味合いの差異をなくし、より滑らかな存在へと変えていく。荷棚の標準化は、ネットワークのなめらかさの表象でもある


初期のFacebookでは、限られた大学のメールアドレスを持つ人のみが参加可能であったタイミングにおいて、アトミック・ネットワークを構築し、
参加可能な大学ドメインを拡張していたはずです。この場合には、一部の人だけが入れる優越感による希少性バイアスがネットワークの拡張に正の効果を及ぼします。
一方で、その大学内におけるネットワークがある程度拡張すると希少性バイアスの効果が減衰していくでしょう。
それよりも、大学間のネットワークを解放した時に生じる効果や利便性の方が価値が生まれるのです。

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なぜ、ネットワーク内で完結してマジックナンバーが満たせる状態は、長続きしづらいのでしょうか。
ウィルスを比喩として考えてみると、抗体のように感染を防ぐ存在が考えられます。先述した電車の荷棚の有無は、ネットワークの線を文化的差別化で分断し、心の障壁を作り出します。また、プロダクトの価値や効果に対して同じ価値があったとしても、その真新しさは減衰していくでしょう(心理学における馴化の概念で説明できるかもしれません)。

上述したネットワークのネットワークの例のように、当初存在していたネットワークを拡張させる理由(希少性バイアス)とネットワークを利用し続ける理由(メッセンジャーで連絡が取れる利便性)は必ずしも一致しないこともあるでしょう。
鉄道の例のように、普段使いの買い物利用の場合もあれば、旅行に使える価値もある。しかし、ネットワークを接続しておけば、その両方の価値を発揮することができるのです。

そして、一定の頻度で、多様なネットワークを利用するきっかけが行動に転換されれば、その行動がネットワークを維持することにつながります。こうして、マジックナンバーがコスト投下少なく維持できるようになるのです。その後、ネットワークのサイズゆえにネットワークの価値が生まれることから、類似のネットワークを構築する動きに対しての障壁(モート)が構築されるとされているのですが、そこまでは私の読解が進んでいないため、ここでネットワーク効果の成り立ちについての理解は終了です。

ネットワークをつくる行動変容

ネットワークのなりたちを振り返り、段階ごとに必要な行動変容をおさらいしてみます。

なお、ここで言及しているCREATEアクションファネルやビヘイビアプランについては、拙訳『行動を変えるデザイン』を参照してください。


コールドスタートの段階でまず必要なのは、動かすのが簡単な方(Ease side)をネットワーク化することです。
あなたのプロダクトやサービスにおいて、ユーザーの行動は、ユーザー自身に完結しているでしょうか?
それとも、プロダクトやサービスの価値を感じたあとに価値を同じようなEase sideのユーザーに共有してもらったり、それを使う代わりにもっと適切なニーズを持つユーザーに紹介してもらったりしているでしょうか。
つまり、ティッピングポイントのパートで着目した、AARRRモデル(獲得(Acquisition)、活性化(Activation)、継続(Retention)、紹介(Refferal)、収益化(Revenue))のうち、行動変容に至るまでのユーザー行動のプランニング(ビヘイビア・プラン)に収益化以外の視点を一通り揃えておくことが重要になりそうです。

ビヘイビア・プランは、ユーザーのジャーニーとして記述されますが、通常のジャーニーと異なり、感情だけでなく行動をしっかりと記述することが重要です。

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ビヘイビアプランの例( 行動を変えるデザインツールキットより )


サービスとの出会い=獲得、サービスの使い始め=活性化、サービスへ慣れる段階=継続、そして、サービスの紹介までを設計しておきます。

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ビヘイビアプランのシートがチェイン(連鎖)していく

共有のための行動(紹介)は、行動変容のフレームワークである、CREATEアクションファネルを用いて設計できます。
具体的には、プロダクトやサービスの価値を感じた瞬間や、サービスを理解した瞬間をキュー(きっかけ)として、ポジティブな感情を合理的な共有のための行動へと転換していきます。
ついで、ティッピングポイントでは、収益化(Revenue)に着目します。ユーザーの課金行動に着目するのです。

しかし、なにより大事なのは、AARRRすべての行動(アクション)が、ユーザー(アクター)の成果(アウトカム)と矛盾ないかを確認することです。
ユーザーを疎外するような行動の設計は、サービスの倫理を危うくします。

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行動変容の3つのターゲットを精査する

ネットワークのネットワークの構築するころには、ユーザーが行動する理由は多様化しているでしょう。
多様化したステークホルダー同士の行動は、行動ペルソナというかたちでも整理できますが、ステークホルダー同士の行動が、お互いの行動の促進要因になっていることを整理するには、デビッド・ロジャース『DX戦略立案書』(白桃書房、2021年)に紹介されているプラットフォーム・ビジネスモデル・マップが便利です。

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Facebookのプラットフォーム・ビジネスモデル・マップ
(『DX戦略立案書』p.88を改変)

リンチピン(車輪の軸)と呼ばれる、それなしにはプラットフォームが成立しえないステークホルダーと、リンチピンたるユーザーを引き寄せるスウィーテナー(甘味料)たるパブリッシャー(文章や動画、写真などのコンテンツの投稿者)、プラットフォームに課金する広告主やアプリ開発者が何をすれば、プラットフォームは活性化し継続利用され、収益化できるのかが一目瞭然です。

しかし、この例をみると、活性化、継続・収益化の視点は盛り込まれていますが、獲得や紹介については、十分に表現しきれていないように感じます。プラットフォーム・ビジネスモデル・マップを獲得や紹介の視点で拡張してみましょう。

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獲得・紹介の視点で拡張された、
Facebookのプラットフォーム・ビジネスモデル・マップ

より上部のリンチピンを拡大する行動を設計し、その後、他のステークホルダー間の相互の行動(インタラクション)を促すことで、プラットフォームはさらに拡大していきます。

このように、ちょっとしたユーザー同士の行動の変化が、大きなネットワークを構成しています。しかし、かならずしも1つの行動だけで1つのネットワークが構成されているわけではなく、ユーザーごとの必要な行動が組み合わさり、それが個別のネットワークを構成し、そのネットワークの集合体がプラットフォームを構成しているようです。

ちょっとした行動のかけ違いが、大きくなるはずのプラットフォームの成長を阻害している。そんなこともあるかもしれません。
あなたがみたり関わったりしているプロダクトやサービスが、ネットワーク効果を活かして成長する余地がないのか。そういう目でもう一度、ユーザーの行動を点検してみると新たな発見があるのではないでしょうか。

ネットワーク思考+行動変容デザインは
インターネット・オブ・ビヘイビア時代の思考法となるか

モノからコトへ、ということばが生まれてから幾月、われわれはデミングの統計的プロセス管理手法とその孫たちを超える思考方法を獲得しきれていないのかもしれません。1億人を超える人口がテレビやラジオ、電話や鉄道というネットワークで接続され、製品が継続利用と収益化を実現できていれば、あとの獲得や活性化、紹介は他社が勝手にやっておいてくれる。ネットワーク効果を生み出す仕組みの分業化がすすんでいたインターネット登場前の分業パラダイムと、一連のプロセスを自前化してしまう垂直統合のパラダイムでは、注力すべきレイヤーが異なってきます。思考のレイヤーを一段高め、ビジネスモデルとユーザー体験を構想していく共通言語や訓練が、われわれの日々の業務には圧倒的に不足している。そういう課題感から、ネットワーク効果のための行動変容デザインを検討してみました。

モノのインターネット(IoT:Internet of Things)ということばも人口に膾炙して久しいですが、ガートナーの技術トレンド予測では「コネクテッド・プロダクト」や「インターネット・オブ・ビヘイビア(行動のインターネット):IoB」というキーワードが追加されています。ガートナーによれば、「IoBとは、データを使って行動を変える」ことです。

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Gartner「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2021年」

IoTとIoBの違いについては、IoTがデータ(data)や情報(information)の収集と利活用が主たる役割だったのに対し、知識(knowledge)や知恵(wisdom)の収集と利活用がスコープになってくるという整理があります(BMC)。例えば、手洗い石鹸のディスペンサがセンシングできるコネクテッド・プロダクトとなったとき、病院においてどれくらいの従業員が手洗いを守っているのか(コンプライアンス)という理解は、データや情報によってなされますが、ひとはどのような時に手洗いをサボるのかといった知識や、いつ手洗いをすれば感染を防げるのか、あるいは、いつ手洗いしても効用がすくないのかといった知恵もまた、介入と習慣化においては重要になってきます。そして、自発的に手洗いを行う(アドヒアランス)すべもまた、IoBが提示できるようになるでしょう。

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シェア・サイクルにおいて、いまどこに自転車が駐輪されているのか、という情報だけでなく、ポートごとの自転車の偏りや放置自転車の回収をユーザーや他のステークホルダーが行うにはどうしたら良いのか、を考える介入の姿勢の強調こそが、IoBの核心なのでしょう。

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ネットワーク効果は、一部のプラットフォームビジネスだけのものではありません。自分たちが提供する行動変容を促す価値を確実に必要とする人のところに届けるには、サービス自体にネットワーク効果を内包させる必要があります。

ネットワーク効果と行動変容技法への理解がインターネット・オブ・ビヘイビアの時代のプロダクトやサービスの構想において、重要なキー概念になるのでは、という仮説について、もう少し考え続けていきたいと思っています。





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