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物語のはじまり

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絵画と物語
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Vache qui rit

Vache qui rit

「何かこっちに来る」
丘の上の黒い点がしばらくして、変わった模様の子牛になり、ゆっくりとでも確実にこちらに近づいてきた。
しばらくぼんやりそれを見ていた彼女は、突然ハッとしたように立ち上がって歩き出した。
子牛はまるで彼女と約束を交わしていたように向き合っていた。
彼女はゆっくり手を伸ばすと、子牛は厚ぼったい舌を出してペロリと彼女の手を舐め、顔をすり寄せた。彼女はもう一方の手で子牛の頭を撫で、額に

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picnic

picnic

僕たちは小さな丘に生えた木の下を歩いていた。
途中小さな川で手を洗い、僕はついでに顔も洗った。
とても澄んでいて冷たく気持ちよかった。
彼女は不思議そうにそんな僕を見ていた。そして、ゆっくりそばに来てしゃがみ、そっと水をすくった。
「冷たい」というと少し笑って僕を見た。
しばらく歩いて、見晴らしの良い場所に並んで座った。
彼女は手際よく、まだ温かいパンに生ハムとチーズとピクルスを挟み、半分に切って

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未知とのソウグウ

未知とのソウグウ

その人は、まるで間違った駅に降り立った人のように、どことなく戸惑った所在無げな感じで、その錆びついた門のところに立っていた。
砂埃を含んだ風が木の葉を舞い上がらせ、質の良い柔らかそうなキャメル色のロングコートの裾が揺れていた。ゆったりとしたフードの毛皮が、彼女の白くほっそりした首すじを際立たせ、耳の下で軽く遊ぶ金色の髪を包んで、細かく震えていた。
妙に真っ赤な唇は何か言いたげに少し開かれ、細い鼻筋

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ある男の告白

ある男の告白

いいえ、そうではありません。
ただ私は誰も愛したことがなく、愛情の反対が憎しみであるなら、誰かを憎んだこともなかったのです。
確かに、ほのかな恋心のようなものや、なるべく会いたくない人はいました。ですが、それが心も体も許しあえるようなものや、つかみ合いのケンカになるようなことにならなかったのです。ただ、ささやかな感情の幅の中で生きていたのです。
それまで私の世界は穏やかさや静けさの中にありました。

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