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言語起源論〜旋律と情念

「言語起源論~旋律と音楽的模倣について」
ジャン=ジャック・ルソー(1712-78)著
18世紀フランスの思想家が語る、言語の起源と音楽の起源。

「ことばは最初の社会制度なので、その形態は自然の原因にのみ由来する」

 ことばは、欲求を表現するためではなく、情念を表現するために生み出された。
 欲求(本能)はジェスチャー(身振り)を発生させ、人々を遠ざけ、人類(種)を地球上に広げた。
 情念(愛、憎しみ、憐憫の情、怒り)が、最初の声を引き出し、心を感動させたり、攻撃者を追い返す声や嘆きが、言葉になっていった。
 最初の人類の言語は、詩人の言語だった。自然の声は、母音が流暢で発音しやすく、音は多様、抑揚があり、話すというより歌うようなものだろう。

 欲求が増え知識が広まっていくにつれ、言語はより正確になるが情熱的でなくなる。
 文字を書く術は、話す術に由来するわけでなく、言語を固定するのではなく、その精髄を変質させてきた。人は話すときに感情を現し、書くときには観念を普通の意味で使わざるをえない。
 思考は比較された観念から生まれ、風土の違いが言語の違いを生んだ。
 南方の温暖で肥沃な土地では、水辺に人が集まり家畜を養い、快い情念の活気から言語が生まれた。しかし、人々の間に新たな欲求が入り込み、各人が自分のことしか考えず、心を自分のうちに引っ込めるようになり、魅惑的な抑揚は消え去った。
 北方では悪天候と上に耐える頑健で、丈夫な体質を持ち、声は不快で強い。働かなけらば大地は何ももたらさず、人々は絶えず生活の糧をまかなうことに没頭し、社会は仕事によってのみ形成され、死の危険に常にさらされるせいで、最初の一言は「愛してくださいaimez-moi」ではなく、「手伝ってくださいaidez-moi」だった。

「ルソーの考察」
・フランス語・英語・ドイツ語は互いに協力し合い互いに冷静に議論しあう人たち、あるいは怒っている激情家の私的な言語である。
・アラビア語・ペルシャ語は、神聖な秘儀を知らせる神々の使いや国民に法を授ける賢者たち、民衆を駆り立てる指導者たちの言語で、話すより書くほうが引き立ち、聞くより読むほうが快い。
・オリエント諸言語は、書いてしまうとその生命や熱を失う。その力はすべて抑揚にある。

「音楽の起源」
 最初の声とともに、最初の分節(子音)、音(母音)が生まれた。最初の弁舌は最初の歌になった。抑揚は歌を作り、音長は拍子を作り、人は分節や声と同じくらい、音とリズムで話していた。
 絵画の色は視覚を喜ばせるが、色に生命や魂を与えるのはデッサンである。音楽において、和音や音は色にすぎなく、旋律はデッサンである。
 旋律は声の変化を模倣することによって、うめき声、苦痛や喜びの叫び、脅し、唸り声を表現する。旋律は言語の抑揚は心の動きに用いられる言い回しを模倣し、語る。歌の影響力はここから生まれる。
 旋律における音は、情緒や感情の記号として作用する。
 音楽の領域は時間であり、絵画の領域は空間である。
 色は光の中にあり、自然に近い。声による記号は、あなたに似た存在を知らせる魂の器官である。あなたがそこで一人ではないと言ってくれる。

 言語が改良されるにつれ、旋律は新たな規制を課して、かつての力強さを失い、音程の計算が抑揚の繊細さに代わった。
 哲学の研究と推論の進歩は文法を改良し、歌うような活発で情熱的な調子を言語から奪ってしまった。


 波乱万丈の人生を送ったルソー
 「人間不平等起源論」「エミール」「社会契約論」など、迫害されながら、フランス革命の基礎を築いた。 
 この言語起源論では、「身振りを不安の表現とし、話しながら盛んに身振りを交えるのはヨーロッパ人だけで、ヴァンドーム広場でパリの民衆にフランス語で演説している人が、声を限りに叫んでも、一言も聞き分けられないだろう。」と語る。
 また、音楽についても、古代ギリシャで音楽が詩の抑揚と語調の時に引き起こしていた奇跡はなくなり、和声の制度に専念することで、音楽は耳にとってよりうるさくなり、心にとって甘美さをより失ったという。

「絵画は視覚に快いように色を組み合わせる術ではないのと同様に、音楽は耳に快いように音を組み合わせる術ではない」
 絵画を芸術にするのはデッサンであり、音楽を芸術にするのは旋律である。
 しかし、旋律は忘れられ、パートの進行を定めるのは和声の展開となった。音声の抑揚が忘れられ、音楽は振動の物理的な効果に限定され、精神的効果を失ってしまった。
 社会は大砲と金貨をもってしないと何も変わらなくなり、「金を出せ」としか民衆に言うべきことがなく、そのために人を集める必要はなく、むしろ散らばったままにしなければならない。
 集まった民衆に聞いてもらえないような言語はすべて奴隷の言語である。


 痛烈だけど、現代の私たちにも響く言葉です。


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