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【story】晴天秋桜~後編

新緑公園までを、仁科くんに手をひかれたまま歩く。
端から見たら、この状況をどう思うのだろうか。
ただ、ひっぱられているだけの私。
振りほどくのもな、とそのままひっぱられている。
そして歩いている間も、仁科くんは何も話さないし、手も離さない。

「谷村さんのカメラ、結構するんじゃないですか?」

突然、仁科くんが私が持っていたカメラの話をし始めた。

「…まあ、それなりに。」

「ですよね。谷村さん、結構貯金してそう。」

…どういう意味だ。
アラフォー独り身だからか。
相変わらず、仁科くんの発言がどう意味しているのかが読めず、苛々してしまう。ジェネレーションギャップ以前に、仁科くんが不思議ちゃん過ぎて着いていけない。

そんな『不思議ちゃん』を何故気になる存在としてしまったのか。

自分の人生にない人だからか。

「…僕、素直じゃないんです。」

振り向かない状態で、汗ばんでいた手が更に汗でしっとりしているのがわかる。精一杯の勇気を出して話し出しているのかも知れない。仁科くんが話し出したそのひとことに特に頷くも返事することもせず、そのまま黙って聞いていた。

「谷村さんに、次に会う機会があれば、話をしよう、と思っていました。…じゃあ時間を決めて谷村さんに連絡を取って、会えばいいのではとも思ったんですが…僕に勇気がなかったんです。素直じゃないんで。…いや、なんていうか…経験値がないからで。」

「…それで意地悪を?」

しまった。つい思っていたことが口に出た。

「…いや、意地悪しようと思ってした訳じゃなく…。」

「まさか、仁科くんの地元で私に会えるとは思わず、動揺していると。」

図星だったらしい。うん、と頷いた。

ここまで来ると、このシチュエーションで『谷村さんが嫌いです』というのはないだろう。

新緑公園には到着していない。いや、もうすぐ到着するであろう場所で、

「谷村さん、これからも僕と会っていただけませんか。僕、谷村さんとお付き合いしたいです。」

ああ。仁科くんは私を『10歳年上の人』という年齢差では見ていないということなんだ。
心のどこかで年の差のことを気にしていて、気になっている仁科くんに踏み込めないことを年の差を理由にしていたところがあったから、好きという感情よりも前に『年の差を気にしない』というところに嬉しく思った。

その後に「好きです」と来るとばかり思っていた。

「あ、いや、谷村さん。僕と一緒に暮らしてください。」

仁科くん、急に振り向いて、私の手を握ったまま。
もう一方の手を取って、両手を握ったまま。
ただ、私の顔を見るのが恥ずかしいらしく、下を向いたまま。顔が赤いのがわかる。耳までも真っ赤。
仁科くんって、これまで恋愛経験なかったのかな。
ちょっと意地悪返ししようか。

「…私のこと、好き、ということでいいですか?」

仁科くんが顔を上げる。

「何故、一緒に暮らそう、なのかな。確かに好きじゃなければ、一緒に暮らして欲しいとは言わないとは思うけど。私が断ったらどうするつもりなの?」

仁科くん、ニヤリと笑った。

「断ったらどうするつもり、って断らないから聞いたんですよね。」

…してやられた。

「谷村さんのことが、ずっと好きでした。LINEの返事は、僕がいろんなことで余裕がなかったので、ごめんなさい。返事するタイミングを逃してました。そしたら余計に気持ちが募ってしまって。」

ここは素直になろう。

「仁科くん、ありがとう。…この年になってもう恋愛なんて諦めてたんだけどね。まだ恋愛してもいいのかな。」

握っている両手に力が入る。

「何故、恋愛を諦めるんですか。僕が今ここにいるのではダメですか。僕、かなり勇気を出して伝えてますよ。僕の地元なんで、すれ違いざまに知り合いとかいるかもなので、ものすごくドキドキしているんですよ。…年の差気にしているのは、谷村さんじゃないですか…。」

確かにその通りです。

「だって!私はもう40歳になるし!一緒に暮らすということは、もう後がないというか!そういうことじゃん!仁科くんはまだ30歳であって!だから!その!」

悶々としていた想いが感情となって口から出てしまった。
その様子を見て、仁科くんは笑い出す。

「あははははは。谷村さんが感情的になったの初めて見た。…谷村さんって可愛いよね。…じゃあ、そういうことで。一緒に暮らすということはそういうことですよ。そうでなければそんなこと言いません。僕は早く一緒にいたいんですよ。」

「……とりあえず、コスモスの写真を撮りに行ってもいいでしょうか。」

もう何も言えなくなって、ようやく言った言葉が『コスモスを撮る』だった。

仁科くんはいつ頃から私のことを好きになったのだろう。いろいろ聞きたいことがたくさんある。
同じ職場にいた、仁科くんの同期女子が結構いい感じでアプローチしていたと思ってたけど、その子はどうしたのだろう。
同僚の結婚式に一緒に出た時、ブーケトスを拒否していたら、僕が代わりに取りましょうか?と話しきた時からだったのかな。
自分が残業している時は、必ず隣で残業していたのはわざとだったのか、どうか。

もういいや。難しいことを考えるのは止めた。

コスモスの写真を撮ろう。

新緑公園の入り口を抜けると、目の前に広がるコスモス畑が。
ピンク、白、色とりどりのコスモスが視界いっぱいに広がる。
さっきまでのやり取りを忘れることは出来ないが…
コスモスにカメラを向けて、ただひたすらに撮影する。

陽もだいぶ陰ってきた。今日は良い天気だったこともあり、きっと夕陽は綺麗に違いない。

「…仁科くん、一緒に暮らそうって言ったけど、まさか…仁科くんの地元ってことかな?」

「…その通り。僕、1人暮らし始めたんですよ。実家は駅から遠いですけど、今は駅のそばです。ちなみに借りたんじゃなくて、購入したんですよ。将来的に考えた物件ですよ。帰りに見ますか?」

…仁科くんが、いつ私のことを好きになって、一緒にいたいと考えて、どう行動していたのかが気になるけれど、
それよりも、逆に『すごい自信』だなと思ったら、笑ってしまった。

「ねえ、本当に私が断ったらどうするつもりだったの?」

「断られても、別にそこから恋愛を始めればいいだけの話ですよ。」

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このご時世、結婚式は難しく。
フォトウェディングでもいいかなと模索中。今年の秋を目標に。
この時に撮ったコスモスの画像を飾った棚を眺めつつ、

「そういえば、昨日買ったヨーグルトがあったっけ。」

ブルーベリージャムも出そうとしたら、

「あ、もしかしてヨーグルト食べる?僕も食べたい。」

せっかくなので、バナナもカットしようかな。
2人分の器を用意して、今日も良い天気だねと呟く。

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