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【story】晴天秋桜~前編

毎朝決まった時間に起きる。
例え昨晩が眠れなくても、どこかで呑んで帰って潰れて帰宅したとしても。
そうだな、コンビニで大量のアイスクリームを購入してやけ食いした夜も。
何に不安を感じているのか解らず、ひたすら泣いた夜も。
毎朝、5時には起きる。
窓を開けてまずは外の様子を確認する。晴れなのか、曇天なのか、雨なのかによって自分のモチベーションが決まる。モチベーションとは家を出てから帰宅し、寝るまでの生活だ。

そんな生活を長いこと続けていると、新しいことを始めようという考えがなくなる。勇気がない。好きなことを好きなように自分の時間を有意義に使うことが今は幸せだ。

そう長い付き合いの友人、カナコに話すと
「だから、そんな生活を送ってて、ずっとひとりで良いわけ?婚活が嫌なら今は便利なマッチングアプリとかあるでしょう。老後ひとりって寂しいって。」
と毎回同じように説教される。
カナコも30歳半ばまで私と同じフリーな生活を送っていたのに、急に婚活を始めてあっという間に結婚した。結婚までものすごく早かった。そのバイタリティの高さは別の意味で尊敬する。

雲ひとつない、晴天。
空気も秋を感じる。

カナコが言う『生涯ともにする男性を探す』ことに抵抗がある訳ではなく、この年齢になって、今更好きな人を探すという意欲がない。
それは建前の理由であって、カナコにも話していないが、
3年前に仕事を一緒にしていた、後輩のことが忘れられないでいる。
前職場を離れてもう3年経つのも驚いている。
きっと、彼は私のことなんて少ししか記憶にないかも知れない。
3年前はあれだけ隣にいて、雑談して、一緒に帰ったりして、グループで飲みに行ったりして、LINEのやりとりもして楽しかったな。
まあ『ただの同僚、先輩後輩』だけである。後輩の仁科くんはいつも素っ気ない態度で可愛げがなかった。
時折見せる笑顔が可愛かった。おば様方に人気があるのも解る気がする。

「冷蔵庫に昨日買ったヨーグルトがあったはず」

ひとりしかいないのに聞いてもらいたいような独り言を吐き出した。

「仁科くん、がんばってるのかな」

カナコとの会話を思い出したために、奥底に閉じ込めていた後輩のことを考えてしまう。
人事異動で離れたばかりの頃は、仁科くんにメールやLINEでのやり取りはまだ続いてたが、年々経過するうちに、私だけいつも通りと思っていたのは勘違いで、メールは返信なく、LINEもいくら疑問形で尋ねても既読のみで終わって返答がなかった。これはもう「あなたとは連絡を取る意味がない」という現われなんだと解釈し、時期を見て連絡を一切止めた。
それが昨年の秋。ちょうど肌寒くなった今日みたいな秋空だった。
何度かLINEでトーク画面を開くことがあり、何かメッセージを送ろうとしたしていた。結果的に送ることはしなかった。
あまりにも気になってしまうために、友達リストから非表示削除してしまった。もうこれで彼に連絡を取る手段はない。

それなのに、頑張っているか気になって思い出してしまうなんて。私は甘い。

こういう気持ちの時は、最近購入したミラーレス一眼レフを持って、
さっと着替えて、ちょっと遠出する。

昨日買ってきたヨーグルト、冷蔵庫を開けて確かに入っていた。
今日の夕飯はヨーグルトと何か果物にしよう。

*****

電車に乗って約1時間程。
大きな公園がある。
そこにはコスモス広場があり、コスモスの時期が終わる頃には、無料でコスモスを持ち帰ることが出来る。
今日はまだ持ち帰る時期ではないが、ちょうど見頃だと思って行く場所を決めていた。
駅から徒歩15分程。何度か足を運んだことがある。最初はその公園まで迷いながらだったが、慣れた今はただ前を見て急ぎ早で歩いて行く。

公園に着いたらすぐ撮影しようと思い、駅から降りてすぐカメラを取り出し首から提げていた。
急ぎ早で歩いていたものだから、首から提げていたカメラが大きく揺れる。

「あっ。」

声と同時に通りすがりの方にカメラがぶつかってしまった。

「ごめんなさい、カメラが当たってしまって…大丈夫ですか?」

「…いえ、大丈夫ですよ。」

ぶつかってしまった相手の顔を見た時に、どこかで見たことがあるなと思った時には、相手が私にすぐ気づいて

「谷村さん?」

声でわかった。仁科くんだった。

「あ…れ?仁科くん…ご無沙汰です。元気だった?」

「谷村さんって、この近くに住んでいるんですか?」

私が『元気?』って聞いているのに、答えてくれないマイペースさは一緒に仕事をしていた時から変わっていなかった。

「いや、私が住んでいるのは川崎なので…」

「え?谷村さん、前は品川に住んでましたよね?引っ越しされたんですか?」

品川に住んでいたのは、私じゃない。
相変わらずのマイペース振りだ。

「…品川は違う女の子じゃないの。仁科くんプレイボーイだからな~。今日はこの先にある新緑公園のコスモス広場に行って撮影しようかと思って。」

「自分この辺に住んでいるんで、まさか谷村さんに居場所を探されるのかと思いました。」

冗談なのか本気で言っているのか、全くもって謎。
しかし、私には笑顔を見せてくれないんだよね。今も1ミリも笑ってくれない。

「…久しぶりに会ってそんな言い方されるのは心外だわ。相当嫌われているのね、私。じゃあ、また…もう会うことはないか。元気でね。」

久しぶりに会って気持ちが高まったし、本音を言えばちょっと期待もした。
冷静に考えても10歳年下の男子相手に何も起こらないでしょ。
一度高まった気持ちを何とか抑えて、最後には「自分は嫌われている」と言い聞かせた形で仁科くんに言い放った。
予想通り、仁科くんは黙ったまま。
悲しいけど、切ないけど、その場を去った。

その場を。

去ろうとした時、

何故か手を掴まれている。

「…え?」

ただ黙ったまま、私の手を掴んでいるのは…仁科くんだった。
仁科くんは何も言わない。

「…どうかしたの?」

「…怒らせるつもりじゃなかったので、すみません。まさかここで谷村さんに会えるとは思わなくてびっくりして…」

「…嫌だから?」

「…そうじゃなくて。」

そっと手を下ろしたのに、仁科くんは何故か私の手を離さない。

「…コスモスを撮りに行ってもいいかな。」

仁科くんが何も言わないままなので、しびれを切らしてしまったのは私のほうだった。私もこの状況を理解出来ずにいて、何と言って良いのかわからなくなっていた。
次の台詞を期待していいシチュエーションだとは、ここまで来るとさすがに気づく。
けど、そこは『マイペース仁科』だった。

「コスモス、ちょうど見頃ですよ。今日は良い天気なのでうまく写真撮れると思いますよ。気をつけて。」

そう言って、私の手をそっと離した。

「…どうして、私の手を掴んだの?」

「…谷村さんを、離したくないと思ったからです。」

「…どうして離したくないと思ったの?」

「…谷村さんって意地悪ですよね?」

あ、もうこれははぐらかされて終わりだなと思って、『じゃあ行くね』と言おうとした時に

「自分も、新緑公園、行きますよ。」

そう言って、一度離した私の手を掴んだ。

「…離したくない、と思った理由は、新緑公園でコスモス広場を見てから話します。」

間違いなく『期待していいシチュエーション』じゃないかと思うのだが、仁科くんが何をどう話してくるのかがまったく解らない。
解らないけれど、彼の手が汗ばんでいるのを感じると、相当緊張しているのか…表情は終始冷静なんだけれどな…と思って、黙ってついていった。

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