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空想移民読本番外編_日本は生産年齢人口の減少にどう立ち向かうべきか

日本は深刻な人手不足に陥っています。背景にあるのは少子高齢化で、生産年齢人口は年々減少の一途を辿っています。

そして序章で取り上げたように労働者が不足するとGDPに直接的な影響があり、100万人の労働力が不足するとその損失は21兆円にも上るとの試算でした。

生産年齢人口が経済成長の鍵を握る

先日、ペンシルバニア大学の研究者が執筆した「The Wealth of Working Nations」という論文が話題になりました。

引用:「The Wealth of Working Nations」 Jesus Fernandez-Villaverde, Gustavo Ventura, and Wen Yao∗ November 19, 2023

この論文では生産年齢人口あたりのGDPは日本を含む各国で1990年から現在に至るまでほとんど変わっていないことから、生産年齢人口の増減によって経済成長・停滞の原因がほとんど説明できてしまうと指摘しています。

つまり、労働力になりうる世代が多ければ経済は成長し、不足すれば経済も停滞するということです。

少子高齢化によって日本の生産年齢人口は減少する一方です。

この流れは不可逆であり止めることは極めて難しく、ここまで紹介してきたコンビニ、農業、製造業では、移民の力を借りられないと仮定した場合には、事業の存続が厳しく産業構造が根本から変わってしまうほどの打撃があると予測してきました。

人手不足解消を目指す日本政府の4本柱は「シルバー人材」「女性」「ICT」「外国籍人材」

深刻な人手不足を解消する策として、日本政府は①シルバー人材活用②女性活躍③移民④ICT活用を柱として据えています。シルバー人材や女性は労働力として一定期待できる一方で、生産年齢人口の減少という問題の根本解決にはなりません。

ICT活用は今後大きな期待が寄せられていますが、ICTによって効率化が期待される職種は所謂ホワイトカラーの仕事が中心です。人材不足に苦しむ産業はICTによる効率化と相性が良くない業種が多いこともあり、浮いた労働力がそのままスライドして人材不足を充足するような単純な構造ではありません。

人口減少に立ち向かうには移民の力が必要?

そのため、移民は人手不足を解決する存在として期待が大きいですが、果たして移民の増加は本当に人手不足の問題を解決するのでしょうか。

本記事では空想移民読本の番外編として、移民政策が経済に与える影響について主に米国とドイツの事例をもとに検討していきます。

移民数上位のアメリカとドイツは移民の力で少子高齢化に対応

次のグラフは、国連が発表している移民の人口をランキング形式で表したものです。

世界で最も移民の数が多いのはアメリカで、次いでドイツ、サウジアラビアとなっています。日本と同じく少子高齢化を背景として、自国民だけでは労働者不足に悩む構造にあるアメリカとドイツは、移民によってその問題に対処しています。

移民依存度の高いアメリカでは、移民が10%減るだけで37兆円もの影響が出る

アメリカで移民が経済成長に与える影響は非常に大きいです。
オックスフォード・エコノミクスの長井滋人氏の試算※1によれば、米国では労働力が50万人減少すると、同国の経済成長率は0.1ポイント低下するといいます。

※1 引用元 「移民なしでは生産年齢人口が減少に転じる米国。移民抑制で成長率低下へ

「ILO Global Estimates on International Migrant Workers」によれば、移民の86.6%は25歳~64歳の労働力に寄与する人々なので、2020年の移民人口が5,000万人を超えるアメリカの場合、単純計算で約4,300万人が労働力に寄与していると考えられます。

このように日本の比ではないほど移民への依存度が高いアメリカでは「政策によって移民の数に10%の制限がかかったら」という仮定をすると、経済成長率が0.86%も押し下げられてしまうほどのインパクトがあります。

2022年から2023年のアメリカのGDP成長率は5.9%が見込まれていますので、これが5.04%に引き下がると約2600億ドル(1ドル144円換算で約37兆円)が失われる計算です。

戦後のベビーブーマー世代が引退を迎え、移民抜きでは生産年齢人口は減少

アメリカでは第二次世界大戦の終結直後から復員兵の帰還に伴って出生率が上昇した時期があり、1946年から1964年に生まれた「ベビーブーマー」の世代によって1970年~85年にかけて生産年齢人口が一気に増えました。

一方で、それ以降の生産年齢人口の増加の半分は移民によって賄われています。アメリカは移民がいなければ日本と同様、少子高齢化による労働力不足に直面しているはずですし、今後はベビーブーマー世代が生産年齢人口を終えて老年人口になっていくため、生産年齢人口は減少傾向に入っていくと見られています。米国の生産年齢人口の減少に歯止めを掛けているのがまさに移民の存在なのです。

移民の増加によりドイツの就業者数は再統一後最高を記録

ドイツは移民の総数こそ1576万人とアメリカには及びませんが、人口に対する移民の比率は18%とアメリカ(15%)より高くなっています。

さらに、ドイツ連邦統計局の発表によれば、帰化や2世などドイツ国籍を持つ人々を含む移民系の人口は2,230万人にも上り、人口全体の27.2%にもなります。

ドイツ連邦統計局の発表によれば、2022年の年間平均就業者数は前年比1.3%増の4,556万人で、1990年のドイツ再統一以来最多を記録しました。

連邦統計局は就業者数増加は移民による外国人労働力の増加が主原因で、そこに国内の労働参加率の上昇が相まった結果、少子高齢化による就業者数の減少を上回ったとしています。

つまり移民政策によって少なくとも現在においては少子高齢化による労働力不足の問題を解決していると言えそうです。

国連試算「日本の生産年齢人口の維持には毎年64万人の移民が必要」

少々古い推計ですが、2000年3月に国連が実施した人口維持のための移民受け入れのモデルでは、日本を含む少子高齢化に直面している先進諸国において、各国が現在の人口規模の減少、生産年齢人口規模の減少、潜在扶養指数※2の低下を移民による補充で食い止めるためには、それぞれどの程度の移民数が必要なのかを試算しています。

※2:生産年齢人口(15~64歳人口)を従属人口(15歳未満と65歳以上の人口)で割った数値。潜在扶養指数が低下すると、現役世代の負担が増え、税負担が増大したり年金制度の維持が困難になる可能性が生じる。

同試算によれば、日本が人口規模を維持するためには年平均34.3万人、生産年齢人口を維持するためには年平均64.7万人、潜在扶養指数を維持するためには年平均1047万人の移民受け入れが必要だと結論づけています。

日本の少子高齢化はすでに「移民増加だけでなんとかできる状況ではない」

これらの数字は年平均ですので、生産年齢人口の維持には10年で640万人の移民が必要となります。20年では1280万人です。これらの数字は現状の移民増加数とあまりにも乖離していて現実的ではないように感じるかと思います。

それほどまでに日本の少子高齢化は深刻であり、「移民を増やせば労働力不足が解決する」どころか「移民を増やすだけでは問題解決しないので、移民増加+少子化対策や生産性向上など+αの施策が必須である」と言っても過言ではないでしょう。

日本では移民を増やそうと思っても、米独のようにはいかない

では日本は移民を増やそうとして、意のままに増やすことができるのでしょうか?
以前AIRVISA代表のジャファーが”「外国人受け入れ」に覚える違和感。日本はもう選ばれない”というnoteを公開しています。

これは日本政府が特定技能のような在留資格の適用範囲拡大政策を実施する際に「門戸開放」や「移民受け入れ」のような言葉を使うことに対する違和感を綴った記事でした。

アメリカ合衆国国土安全保障省の統計によれば、アメリカの移民はメキシコを中心とするヒスパニック系の人々が約半数を占め、次いでアジア、ヨーロッパと続きます。

ドイツの移民は62%がヨーロッパ諸国から来ていて、次いで中近東を含むアジア(23%)、アフリカ(5%)、アメリカ・オセアニア(3%)となっています。国別ではトルコが最も多く12%を占め、次いでポーランドが10%、ロシアが6%となっています。

ここから言えるのは、アメリカもドイツも主要な移民の輩出国は地続きの近隣諸国であるということです。

更に付け加えると、それらの輩出国は政治的にも経済的にもアメリカやドイツよりも不安定であり、より安全で豊かな生活を求めた人々が集まってきていると言えます。

近隣の人材輩出国の中国は急速に経済が発展。島国の日本は地理的にも不利

一方日本は島国であるため地続きの国がなく、日本に来るためには飛行機に乗る必要があります。安価な鉄道に乗って国境を超えられるアメリカやドイツと比較するとハードルが高いです。

加えて日本への主要な移民輩出国の中国、ベトナムは経済成長が著しく、他方日本の経済成長率が鈍化していることも踏まえると、日本と移民の関係はアメリカやヨーロッパのように「塞き止めなければ過度に増え続けてしまう」ようなものではないし、「門戸を開けば必要な数だけ集まる」わけではないと考えられます。

「門戸開放」のスタンスでは現状打破は不可能

生産年齢人口を”維持”するだけでも毎年64.7万人の移民に来てもらわなくてはいけない状況で、「門戸開放」のスタンスでは到底間に合いません。

今こそ、日本は「人材に選ばれる国」になる必要がありますし、その上で社会に移民が増えることで発生する問題に対処して乗り越え、多様性のある社会となる素地を作り上げる必要があります。

いつか移民政策への舵切りをするならば、早いほうが良い

個人や企業としてのスタンスの違いもありますが、その前段として日本はまだ移民政策には慎重ですのでいきなり移民の数がどっと増えるということは考えにくいと思います。

しかし、生産年齢人口は一朝一夕で増えるものではないですし、前述のように日本は「塞き止めなければとめどなく移民が流入し続ける」ような国ではないので、「補充移民」に取り組むのであれば長い年月を掛ける必要があります。

決断が遅れるほど少子高齢化は深刻化して手遅れになる可能性が高いため、いずれ移民政策に舵切りをするのであれば、早期の決断が必要なのではないでしょうか。