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UNOU JUKU×産総研デザインスクール (後編)「世界が注目する建築家の『変革のデザイン』」

産総研デザインスクール2期生・AGC株式会社 河合 洋平さん、産総研デザインスクールコラボレーター・Pavelsさん

産総研デザインスクールの修了生・現役生の活躍を紹介するnoteマガジン「​​AISTDSアンバサダー」。本記事では、産総研デザインスクール2期生・AGC株式会社ご所属の河合 洋平さんが社内で立ち上げた「UNOU JUKU(右脳塾)」と産総研デザインスクールの協働イベントをレポート。前編では河合さんがUNOU JUKUを立ち上げてから今までの道のりについて、後編ではイベントに登壇したスウェーデン出身の建築家、Pavels Liepins-Hedström(パヴェルス・リピンス・ヘッドストローム)さんの講演をお伝えします。デンマーク・コペンハーゲンを拠点とし、Design Educates Awards 2022やLexus Design Awards 2023など国際的なアワードに選出された気鋭の建築家・クリエイターが見つめる未来とは。

前編では、産総研デザインスクール2期生の河合さんがAGCで立ち上げたクリエイティブな情報交換を通じて思考をアップデートするコミュニティ「UNOU JUKU(右脳塾)」の活動についてお伝えしました。

後編では、UNOU JUKU最後のイベントにゲストスピーカーとして登壇したスウェーデン出身の建築家、Pavels(パヴェルス)さんの講演と対話セッションの様子をお届けします。なお、パヴェルスさんは2023年に産総研デザインスクールのプログラムの一部である「欧州視察*」にて、建築やデザインに関するトークセッションを担当。そのご縁から、今回の日本訪問に合わせて登壇いただきました。

* 産総研デザインスクールの欧州視察では、毎年デンマークを訪問(コロナ禍を除く)。生活大国、幸福大国、DX先進国として注目されるデンマークでさまざまな機関を訪れ、対話を通して未来のインスピレーションを獲得することを目的としています。

人間と自然との間にあるギャップを最小限にする

パヴェルスさんはデンマーク・コペンハーゲンを拠点に活動する、スウェーデン人の建築家・クリエイターです。2021年にデンマーク王立アカデミーにて「Architecture and extreme environments(建築と極限環境)」修士号を取得し、独自のデザインアプローチで手がけたプロジェクトで国際的なデザインアワードを受賞しています。日本では聞きなれない「極限環境」の建築という分野で、彼は何を学び、実践してきたのでしょうか。

Pavels Liepins-Hedström(パヴェルス・リピンス・ヘッドストローム)さん

パヴェルスさん:  私たち人間が直面する課題は多岐にわたります。そして、持続可能な未来を創造していくためにデザインは大きな役割を担っていると信じています。私が学んだ「建築と極限環境」は、非常に実験的なものでした。学生たちは砂漠や南極、アマゾンのジャングルなど世界中の極限状態な地域に赴き、そこで実験を行い、多くのプロトタイプをデザインします。

AGCの河合さんのプレゼンテーションで「WHY(なぜ)」が重要だと話していましたが、とても共感します。私のWHY、つまり使命は「人間とそれ以外の自然との間にあるギャップを最小限にすること」です。そしてこれを実現するために、デザイナー、研究者、エンジニア、さまざまな分野の専門家と協働しています。明るい未来を創造するためには、分野を超えたコラボレーションが本当に重要です。

デザインの一歩は、ストーリーを語ること

「デザインで大切なのは、人々の力強いストーリーを語り、それがなぜ重要であるかを伝えること」とパヴェルスさん。彼が行った実際のプロジェクトを取り上げ、ストーリーを語る重要性を伝えます。

パヴェルスさん: 今日、20億人もの人々が清潔な飲料水にアクセスできていません。━ 2019年、私は地球上でもっとも乾燥した地域である、チリのアタカマ砂漠に行きました。ここは生命が生きていくには非常に過酷な地域です。さらにチリは1981年以降水が民営化されたため、貧富の差が生じています。

どうしたら水を自給自足できるのか。私は過酷な自然環境の中に生きている生物に注目しました。専門家と協働して調べていくと、南米チリのアタカマ砂漠に生息するサボテンが霧から水滴を得ていること、ナミブ砂漠カブトムシという昆虫が自ら水を集められることがわかりました。私が最初に考えたコンセプトは、このサボテンやカブトムシの生態を参考にした「人間が持ち運べるバックパック」のデザインです。一日10リットルの水を補給する能力があります。

このプロジェクト「Fog-X」は、2023年にトヨタ自動車が主催する「Lexus Design Awards 2023」でGood Design賞を受賞することができました。賞で得た予算でさらに改良を重ね、誰でも使いやすいように軽量化したジャケット、そして霧が発生しやすい場所を教えてくれるアプリも開発しました。レクサスデザインアワードを受賞した4作品のなかで、世界中の人々がよいと思った作品に投票する「Your choice award」では、最終プロトタイプのジャケットとアプリが選ばれました。

Lexus Design Awards 2023・「Your choice award」を受賞した「Fog-X」 photo by 浅野高光

世界はいま変革を求めている

レクサスデザインアワード受賞後、メディアからパヴェルスさんへ多くの問い合わせがあったそう。2023年にアメリカの老舗雑誌「The New Yorker」で特集されたパヴェルスさんの記事には、宇宙服のようなものを着たパヴェルスさんが映っています。

パヴェルスさん: もう一つ「Inxect Suit(インセクト・スーツ)」というプロジェクトを紹介します。このスーツは、腹部で飼っているミールワームで有毒なプラスチックを食べて分解し、タンパク質に変える仕組みになっています。ミールワームはタンパク質が豊富で、二酸化炭素の排出量も少なく、注目されている昆虫です。このスーツを身につけた人間が動くことで熱源となり、プラスチックからタンパク質に変換する過程を活性化させています。

クレイジーなアイデアですが、人間と生物がこのように近くで生活すると、生物に共感するようになりリスペクトが芽生えます。私も一緒に過ごす中でミールワームを好きになりました。最終的に、ミールワームのタコスを作って感謝しながらいただきました(笑)

2050年には、海は魚よりもプラスチックの数のほうが多くなると言われています。食糧危機の時代、プラスチックを食べたミールワームを人間が食べる未来があるかもしれない。この考え方を建築に活かすと、使われなくなった油田をプラスチックを採取するインフラにデザインし直し、そこで獲得したプラスチックを人間の食糧にすることも考えられます。

photo by 浅野高光

紹介した「Fog-X」も「インセクト・スーツ」も、多くのメディアで特集されていますが、それだけ多くの人が地球の環境と人間の生活が危機的な状況に陥っている事実を意識しはじめているということ。私たちはいま、世界を変革する必要性に迫られています。

自分と人を動かすストーリーを語り、手を動かしつづける

パヴェルスさんのプレゼンテーションでは、最後にデザインプロセスに対する信念を共有していただきました。

パヴェルスさん:グローバルな課題を選んだうえで、自分がワクワクする物語を構築することが大切です。そして、物語にそったデザインをスケッチし、最初のプロトタイプ(試作品)をつくります。最初のプロトタイプは往々にしてうまくいかないですが、持ち帰って改良することが重要です。物語が強ければ強いほど、それに動かされる人は世界に必ずいます。そう信じて、世界に訴えつづけ、つくり続けていくのです。

photo by 浅野高光

人間と自然との関係性を編み直す

河合さん、パヴェルスさんのプレゼンテーション後、会場に集まった参加者の皆さんとの対談セッションが始まりました。焦点になったのは、パヴェルスさんや河合さんが掲げる「WHY(なぜその活動を行うのか)」についてです。

━ 河合さんもパヴェルスさんも、自分の想いに基づいて活動されていて素晴らしいと思いました。一方で活動が周りに理解されなかったり、この道でいいか迷ったりする時期もあったと思います。どのように乗り越えましたか?

河合さん:同じ志をもつ人たちの存在が励みになりました。産総研デザインスクールも、UNOU JUKUもそうです。UNOU JUKUは私一人の想いから始まりましたが、少しずつ想いが重なる仲間が増えていき、最終的には300名を超える人たちに興味を持ってもらえました。外に発信する機会も増え、一般の方々にも共感してもらえたことで、取り組む価値があるのだと確信につながりました。

パヴェルスさん:私は未来が不安だったのです。しかし未来を恐れるだけでなく、自分をワクワクさせることがより重要だと思います。自分の直感、声に従ってプロジェクトができている瞬間はとても幸せです。

photo by 浅野高光

河合さん:私からもパヴェルスさんに質問したいのですが、「未来を恐れている」ことと、パヴェルスさんのWHYである「人間と自然とのギャップを近づける」ことはどのように関係しているのでしょうか?

パヴェルスさん:本来人間は自然の一部であるはずなのに、人間と自然が分離していく現実を恐れています。私たちの産業、生活は自然から独立しているように見えますが、本当はつながっているのです。私は自然を友だちのように考えています。友だちであれば、何かを取ったら何かを返す必要がありますし、相手に悪いことをしたら自分に悪いことが返ってくる。逆にいえば、よい行動をすれば、よい影響が返ってくると信じているのです。

━ パヴェルスさんの「人間は自然の一部である」という考えに共感しますが、一方で文明化は止まりません。私たち人間は、何かを諦めなければならないのではないでしょうか。

パヴェルスさん: とても重要で、私たち全員が立ち止まって考えるべき問いだと思います。「何かを取ったら、何かを返す」という原則に基けば、人間が犠牲を払うこともあるでしょう。何か犠牲を払うときには、非常に強い目的意識が必要です。

現代を生きる子どもたちは、未来への強い不安を抱えています。私たちは子どもたちの未来に変えられるものはないと認識しなければなりません。例えば娘のよりよい未来のために、他の家族とのカーシェアリングを選択するといった新しい経済のかたちを模索する必要があるでしょう。

photo by 浅野高光

とはいえ、私を含め人間はとても怠惰な生きものです。人間の行動を変えるには、人々を根気強く教育すること、そしてAGCのような大企業が新しいトレンドを生み出すことが重要だと考えます。人間は易きに流れるので、変化には”ワクワク”が欠かせません。

photo by 浅野高光

河合さんとパヴェルスさんのデザインの実践から刺激をうけ、会場の熱がこもった対話で熱量が高まった2時間。組織や社会を変える一歩は、今回のような実践知や熱量を交換する”ワクワク”を生み出す場なのかもしれません。

河合さん登壇イベントのお知らせ

2024年1月24日、産総研デザインスクール2期生、AGC株式会社の河合さんにシンポジウムへ登壇いただきます。今回の記事ではお伝えしきれなかった河合さんのUNOU JUKUの活動の背景、組織におけるデザインの可能性を共有いただきます。どなたでもオンラインで参加可能ですので、ぜひお気軽にご参加ください!

トップ写真:浅野高光
テキスト:花田奈々


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