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#31 聞こえない音が聴こえる

講談社のブルーバックスという科学の入門的な読みやすい本のシリーズが好きで、昔は全部読むつもりでよく読んでいました。単色刷りの面白い読み物で、読んでいるうちに頭の中で”カラー刷り”に変換されていた気がします。今思い出すと、断片記事が頭の中で白黒でなく、総天然色(フルカラー)で蘇ります。(記憶のモルトの中で着色され、ウイスキーの様な熟成?単なる老化?)

 プラズマ物理の計測をする研究者の方が書かれた「音律と音階の科学」の本もブルーバックスシリーズの中で面白かった一冊です。新刊で発売されてすぐに不思議なタイトルに惹かれ読み進めていくと、作曲家の方々はすべての楽器の音が聴き分けられて、そのカバーできる音域を完璧に把握しているとのこと。同じ音の高さでも、主成分の波形が同じというだけで、高調波(ハーモニクス)の混ざり具合で”味わい深い音色”が出る。これはまさに、醸造酒の個性と同じではと思いました。樽の木材の”ゆりかご”で呼吸をして熟成しているうちに、不純物の混入(ある意味ドーピングともいえる)によって個性が出ます。

 もう一つビックリする話は、楽器で出すことができない音を、フルオーケストラでは”作り出す”ことができるとのこと。異なる波が重なり合うと、”うなり”と呼ばれる現象が生じます。作曲家の先生方は、このウナリを理解していて二つの楽器の周波数の引き算・足し算で楽器が出せない音域の”聞こえない音”を”聴こえる音”に変えているのだそうです。まさかと思い、その頃研究室にいた卒研生でコントラバスを演奏する学生にたずねて見たら「そうですよ。」と当然の様に言われ、驚きました。エッっーーー。(彼も新刊のこの本を読んでいて、またビックリ)。物理のこと理解して作曲しているの?オーケストラのフルスコア、計算しながら作曲してるの?計算機もなしで、、、!! 「さすが、プロ。うーぅんぅー。」思わず、ウナリました。

 前回、”余白”の話を書きました。”空白”を作るということは、そこだけ操作をしないということを”選ぶ操作”が有ります。絵画でいえば、絵筆を動かしてきてそこで筆を上げ、つぎの色付けする位置までの筆運びが、「空白」を作るための操作です。入念に設計・デザインされたフルオーケストラの楽曲で、担当楽器がない音域・音色を周りの楽器で作り出した様に、色付けられた両側に挟まれた”白色”はもうすでに”単なる白色”では有りません。わずかに”色づけられた白色”だと思います。以前京都の国立博物館の「国宝展」で観た雪舟の水墨画は、その筆運びの”リズム”と濃淡とカスレが、”黒い墨”が余白と相まって、あたかも”色付けられた黒”に感じました。はっきりした色では有りません。セピア(イカ墨)とうす黄色?が混ざった感じ。(ニュートンの白黒回転コマを人間は色付きと感じる、あの実験と同じ感じです。)余白は、周りを”引き立てる”のですが、時には,周りによって余白に”淡く書き加えられる”気がします。

 日本の伝統建築を思い浮かべると、和室の襖絵(ふすま絵)は余白が多いと思います。ぎっしり描きこまずに、適度な余白、適度な模様の濃淡で邪魔にならない様、ふすま戸が季節によってその開口部が適当に変わっても、何となく成立する様に、あらかじめ設計・デザインされていると思います。余白は、単に製造コストを下げるためなのがいちばんの理由かも知れませんが、日本の「ワビ」「サビ」文化と余白は密接に関係していると思います。ないものを感じさせる、次に来るものを予感させる、それが「ワビ」「サビ」だと勝手に私は解釈して、海外からのお客さんがきたら説明しています。「松の木は枯れることが無いので不老長寿のシンボルで縁起ぎ良いからいっぱい書いてあるんですよ。」「こちらのふすまから、あちらのふすまに松の枝があるでしょ、途中で消えても見る人がそのスキマを勝手に自分で埋めて見てくれるから、全体の松がこの部屋にいっぱい生えているように見えるんですよ」「花瓶には、これから訪れる季節の花のつぼみを一輪入れるのが茶湯の奥深さですよ」などと、自分の解釈だと前置きして二条城や日本庭園など、何度かご一緒しました。銀閣寺が象徴する日本文化のスタンダードである東山文化は、あえて言うなれば「空白」の芸術だと私は思っています。どこに空白があるかな?あるじゃ無いですか、「床の間」(ま)。あの空間に掛け軸をかけたり、花を飾ったり、違い棚はないかもしれないけれど、あの奥まった小さな空間が、狭い?部屋を広く見せ、非日常のハレの日を飾るディスプレイ・スペースだと思います。日本文化全体が、”空白にあふれて”います。空白があることでリズムができ、5・7・5の俳句も、風景を一瞬で切り取ったりすることができます。

 お土産にもらったウィスキーのミニボトルの封を開け少し味見?をしながら書いたこの文章、いつの間にやら2000文字を超えてしまいました。「そろそろ、筆を置きなさーい」という、聞こえない声が聴こえてきそうなので、今日はこの辺りで。 お後がよろしいようで。

(写真 お土産でいただいたウィスキーのミニボトル)