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小説で行く心の旅②「東京都同情塔」九段理江

小説で行く心の旅、二回目は第170回芥川賞 受賞作
AIを使用し話題となっている九段理江さんの作品
「東京都同情塔」をご紹介します。
※「文藝春秋」三月特別号(令和6年2月9日発売)
 より

九段理江さんは1990年埼玉生れ。
2021年「悪い音楽」で第126回文學界新人賞を受賞してデビュー。

文藝春秋三月特別号より

この作品は今年1月17日に受賞が発表されました。
前回ご紹介した戦後作品から約80年進み、現代の小説をご紹介します。1947年に野間宏さんが発表した「顔の中の赤い月」とは世の中が随分変わっています。もしよろしければ、そちらもご覧頂いて時代の流れを感じて頂けると嬉しいです。

【あらすじ】

※ネタバレを含みます、ご注意ください。

AIが提案する理想社会と、自分の本音

2025年、あるホテルの一室で建築家・牧野沙羅が
新宿に建設予定の刑務所「シンパシータワートーキョー」建設コンペ参加のため、方向性を試行錯誤する所から物語は始まります。
この刑務所は従来の懲役目的とは全く違い、幸福学者マサキ・セトの提唱を受け、罪を犯した人の背景に同情し、犯罪者への社会的差別や偏見をなくし「多様性との共存」をアピールする目的で建てられる事になりました。
沙羅は過去に性犯罪を受けた被害者で、加害者への「シンパシー(同情)」という言葉に違和感を感じ発案者マサキ・セトの考え方について、AIの
AI-builtに詳細を尋ねます。AI-builtの人間味を感じない回答と、理想社会への模範回答のような提案に
苛立ちを感じ、自分の正直な気持ちと現代社会が求める差別や偏見のない理想像との間で葛藤します。
そんな中、建設予定地の隣に建っているザハ・ハディドが設計した新国立競技場の神秘的なエネルギー、微妙な関係で15才歳下のタクトが発する人間らしい言葉に刺激を受けながら、方向性を見出し設計図を完成させて行きます。「シンパシータワートーキョー」に「東京都同情塔」という言葉を使った
のは、タクトが初めてでした。

建設後の変化


2030年、沙羅が設計した「東京都同情塔」が完成。
そのあと沙羅、タクト、幸福学者マサキ・セトに
変化が訪れます。
沙羅は海外ジャーナリストから正直で言葉を選ばない質問を受けた事で、東京都同情塔に対する自分の気持ちを整理して行きます。取材後、降りしきる雨のなか東京都同情塔の前で、沙羅が自分と塔の未来に想いを巡らせている所で物語の幕が閉じます。

【読後感想】


※九段さんのコメントは、文藝春秋3月特別号より引用しています。

AI使用について

この作品を書くのに使用したAIですが、
九段さんによるとChat-GPTを実際使ったようです。
「全体の5%をAIに書かせた作品」という報道が
あり、文章全体の5%を書かせたような誤解を
招いている気がします。
実際読むと、使用範囲は全体の5%以下に感じます。AIが書いたのは作中でAI-builtが回答している文章だけ、どこに使われたか探すのも楽しみの一つにして欲しい、と九段さんはコメントしています。
作中で沙羅は「人間が“差別”という語を使いこなすようになるまでに、どこの誰がどのような種類の苦痛を味わったかについて関心を払わない。好奇心を持つことができない。“知りたい”と欲望しない」と AIを差別用語を使って厳しく批判します。

無機質な言葉を並べて理想論を語るAI、誰かを傷付ける事を恐れ本心を言葉に出せない沙羅。
「言葉」の使い方が人とAIで違う所を表現する為
に、 AIの作った文章が必要だったと思います。

言葉が持つ力


この作品は「言葉」がメインテーマになって
いる印象を受けました。当初予定されていた新しい
刑務所の名称「シンパシータワートーキョー」
に沙羅は違和感を感じ、現代に氾濫するカタカナ語を例に出し考えて行きます。
「浮浪者→ホームレス」
「少数者→マイノリティ」
「配偶者→パートナー」
など言葉のカタカナ化が、差別と偏見ある言葉の
印象を大きく変えている事から「日本人が日本語を捨てたがっている」という極論にまで行き着きます。言葉が人に与える影響力の凄さを感じるシーンでした。「パパ活」「ママ活」をなぜ「父活」「母活」と呼ばないのかと疑問に思う下りは面白かったです。
そして2020東京オリンピックの為に一度決定され
ながら、3,000億円という膨大な建設費を理由に
建設されなかったザハ・ハディド氏設計の新国立
競技場。一時期大々的にその件は報道され
アンビルド(実現せずに印象のみ残ったもの)に
なった事をご存知の方は多いと思います。
作中ではハディド氏の競技場は建設された事に
なっていますが、印象に残っているだけに、作品を読んでいると実在しているような錯覚に陥ります。
「ハディド氏の新国立競技場」という言葉だけが人
の中で生きている、言葉の力は凄いですね。

テクノロジーと人間、現代社会で考える。

最近、AIは文章だけでなく画像や音声、新しい
アイディアの提案など多方面に進出しています。
情報処理能力は、人間より格段に上という事が
よくわかります。
作中で犯罪者を「ホモ・ミゼラビリス」と呼んでいますが、この言葉はAIと考えたと九段さんが
語っている記事を見かけました。
差別や偏見のない社会を求める現代では、誰も傷つ
けず万人受けするような言葉が好まれるようになりました。多様な価値観も重視され、全てに対応する言葉を作れるのは、もはや膨大なデータから答えを導き出せるAIしかないのでは?と問いかけているように思いました。
とは言うものの、人間の本能に近い感情は
万人受けするような言葉に偽りを感じるだろうし、
AIが導き出す答えは、本当に正しいのかと疑問を
投げかけているようにも感じます。

テクノロジーの発展により、AIに物事を考えさせる
時代になったけれど、人間にしか考えられない事とAIだから考えられる事を分けて使った方が良いのか
な、と作品を読んで私は思いました。

前回の野間宏さんの作品では、戦争により言葉を
失った人々が描かれていました。
今回は多様性が重視される現代で、自分の言葉を
失いかけている人々が描かれていました。

言葉をめぐる心の旅に、行ってみませんか?

最後までお読み頂き、ありがとうございました。


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