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ウォーミングアップの科学を実践に

科学的な背景を知るとウォーミングアップを行う目的が明確になって、行っているウォーミングアップにも自信を持てることと思います。

今回は関連論文を元にウォーミングアップの要所をお伝えし、実際に皆さんオリジナルのウォーミングアップを形作る、その一連の過程をフォローする記事を作成しました。

何故ウォーミングアップを行うのかを生理学的な観点から深堀りし、実践に役立ててみてください。



スポーツ科学の現在のコンセンサス

多くの人にとってウォーミングアップはレースや練習前には必須のもので、効果を感じている方も多いと思います。

私もその一人です。

自分自身が運動を行う場合も、選手にトレーニングを処方するときにもウォーミングアップは欠かせないと感じています。

一方でスポーツ科学がウォーミングアップの効果にお墨付きを与えているかというと、そうでもありません。

その理由としては、

  • ウォーミングアップの有りor無しでパフォーマンスを比較しても、結果に違いがないとする論文が少なくない

  • ウォーミングアップの内容が多義に渡り、評価しづらい

  • 人によって体の反応がバラバラ

などがあります。つまり実験間でウォーミングアップの内容を統制することが難しく、その効果も研究ごとにばらつきが見られるという状況です。(参考1)

しかし様々な研究から効果の上がったウォーミングアップにはどのようなことが共通していたのか?という情報も積みあがってきていて、大まかに一致していることは序盤のパフォーマンスが高められるということです。

その効果を引き出すために、以下の点について整理しておきましょう。

ウォーミングアップの要点
・筋温を適度に上げる
・開始時点の酸素摂取量(VO2)を高めておく
・血中乳酸値を少し上げておく(priming)
・筋の動員を高める(post activation potentiation)
・疲労するほど行わない(筋グリコーゲンを消費しない)
・ウォーミングアップ後、レースまでに間をあけすぎない

今回の記事では柔軟性や可動性、個々の筋肉のアクティベーションといった内容は含まずに、レースやトレーニング前にどれくらい漕ぐか、どのような強度で漕ぐかに注目して記事を展開していきます。

またロードバイクの大会やイベントに参加している方を想定して書いていますので、レースが5分以内など短時間では終わらずに、30分以上走り続けるレース前のウォーミングアップというイメージで書き進めていきますね。

科学的な側面から提案されるウォーミングアップ(漕ぐ時間)は30分以内におさまり、レースまでの待ち時間が長い(15分以上)場合にはウォーミングアップで準備した生理学的な適応が消失してしまい、効果は限定的になることが示唆されています。

科学論文から提案される目的別ウォーミングアップ時間
◆筋温を上げる
 リカバリー強度を5分
◆酸素摂取量を高める
 持久~テンポ強度を5-10分
◆血中乳酸を上げる
 FTP強度前後で5分間

※疲労するほど行わない
※レースまでの間隔は10分前後に

それでは、各要点について論文を元に解説していきましょう。



ウォーミングアップの要点

1.筋温を適度に上げる

筋温を上げることの効果はジャンプやダッシュなどの瞬発的なパフォーマンスにとって重要だとされていて、筋温が1℃上がるとパフォーマンスは3%ほど向上するとされています。(参考1)

強度としてはかなり軽め(60%FTP以下)で10分も漕げば筋温はおおよそ2℃ほど上がりますので、ゆっくり会場に向かって漕ぐだけでも筋温は高まります。(下図)

大会は朝から行われることが多いですし、まずはリカバリー強度のウォーミングアップで筋温を高め体を起こしてあげましょう。

筋温を高めることが目的であれば、軽い強度で5-10分ほど漕ぐだけでも効果がある。



2.酸素摂取量(VO2)を高めておく

多くの研究では、酸素摂取量(VO2)への効果がウォーミングアップの最大の目的であると述べられています。

「酸素摂取量(VO2)への効果」は呼吸で酸素を多く取り込める状態にすることを指している訳ではなく、筋肉が酸素をより多く使える状態にすることを指します。

私たちの筋肉は、「よーい、ドン!」とスタートを切った直後から全開で酸素を使える状態にはなっていません。

たとえばVO2max強度で漕ぎ始めても、走り出した直後はまだ筋肉の準備は整っておらず、筋肉が酸素を使える量=酸素摂取量 が強度に追いついていません。(下図)

参考4

ウォーミングアップで酸素摂取量(VO2)の準備が高められていれば、その分スタート直後から有酸素エネルギーによって筋を有効に働かせられます。

4kmタイムトライアルをウォーミングアップあり、なしで比較を行った研究では、ウォーミングアップによってスタート前の酸素摂取量(VO2)がやや上昇し、序盤の酸素摂取量も多くなり、結果としてウォーミングアップがない場合よりも平均して7秒タイムが縮まったという結果でした。(下図)

参考5

また序盤に酸素摂取量が追いついていないということは、必然的に無酸素エネルギーでその分を補うことになります。

無酸素エネルギー(特に筋内のグリコーゲン)には限りがありますが、スタート直後はこの大切な筋グリコーゲンの貯蓄を消費しなければなりません。

ウォーミングアップを行って酸素摂取量(VO2)を高めておけば、不必要に筋グリコーゲンを消費することがなく、その分をレース終盤に回せます。

先ほどご紹介した4kmタイムトライアルの研究では、ウォーミングアップを行うことで序盤の無酸素エネルギーの消費を抑えられ、その分を後半に回せたことが伺えます。(下図)

参考5

どれくらいの強度、時間が良いのか?

ウォーミングアップについての研究をまとめた論文(参考1)では、酸素摂取量(VO2)を高めるためにはリカバリー強度ではやや強度が足りず、逆にFTP以上だと無酸素エネルギーの消費が懸念されるため望ましくないとされています。

そのため持久-テンポ強度で、5-10分行うことが提案されています。

注意点として実施時間が長くなると無酸素エネルギーを消費してしまうこと、そしてウォーミングアップから本番までの時間があくと酸素摂取量はベースラインに戻ってしまうため、ウォーミングアップとスタートまでの間隔は10分以内が望ましいことなどが挙げられています。

酸素摂取量(VO2)のベースを高めておくためには、テンポ、持久強度で5-10分。長すぎると筋グリコーゲンを消費してしまうので注意。



3.血中乳酸値を少し上げておく

研究者の中には、予め血中乳酸値を安静時のベースラインよりも高めておくこと(priming)を重要視している方もいます。(参考6)

その理由は血中の乳酸レベルを予め高めることで血管が拡張し、ヘモグロビンも酸素を筋肉へより多く受け渡すことができ、その結果酸素摂取量が高まることなどが挙げられています。

先ほども紹介した4kmTTの研究では普段ルーティンで実施するウォーミングアップとは別にFTP強度で5分漕ぐというウォーミングアップも検討されていて、

パフォーマンスは普段ルーティンで行っているウォーミングアップと同等レベルで向上しています。(下図)

参考5

血中乳酸値を高めておくことで得られるメリットは、その後安静な状態が長かったとしても効果が得られる可能性が高いことが挙げられます。

血中乳酸値を高める目的でウォーミングアップを行った場合、スタートまでの最適なレスト時間は10-20分、20分を過ぎても効果は残存しているが、徐々に消失すると述べられています。(参考6)

酸素摂取量(VO2)を高める目的の持久-テンポ強度のウォーミングアップの効果が10分以内に消失することを考えると、効果の持続時間は長いですね。

注意点は血中乳酸値を上げ過ぎないこと。ご自身のFTP強度で5分ほど漕いだときの脚の感覚以上にはならないようにしましょう。

また乳酸値を上げる目的でウォーミングアップを行った場合は、レース本番までに10分以上間隔をあけて脚の回復も促しましょう。

血中乳酸値を予め高めておくためにはFTP強度前後で漕ぐ必要がり、筋グリコーゲンの消費が懸念されます。

そのためこの方法には賛否両論があり、科学的な側面からはウォーミングアップの効果としての主流ではなさそうです。

私個人としては、体感としてこの説を支持しています。

というのもウォーミングアップ無しでいきなりスタートした場合と、FTP強度も含めたウォーミングアップをした後スタートするのでは序盤の脚の辛さに違いがあると感じます。

血中乳酸値を一旦上げておくと辛さが軽減する感覚は、皆さんの中にもお持ちの方がいるかもしれません。

脚の辛さが軽減した結果、本番のタイムが良くなるかどうかはまた別の話かもしれませんが、メンタルに左右されやすい私としては序盤の辛さは小さいに越したことはありません。

そのためこの方法にはメンタル的に効果を感じています。

血中乳酸値を高めておくためには、FTP強度前後で5分間。その後のレストは最低10分。



4.疲労するほど行わない

ウォーミングアップを失敗する大きな理由、それは過度に行いすぎて疲労してしまうことが挙げられます。(参考1)

もしウォーミングアップが上手くいっていないなと感じられている場合は、時間や強度を見直してみると良いかもしれません。

ポイントとしては、筋グリコーゲンの消費を極力抑えることです。

トレーニング強度別に遅筋と速筋の筋グリコーゲン消費量を評価した研究では、

短時間のリカバリー強度の巡行であれば遅筋、速筋ともに筋グリコーゲンの消費はほとんどありません。(下図)

参考8 色が薄いほど筋グリコーゲンを消費している状態

しかし持久強度ほどになると、20分後の筋グリコーゲンの量は遅筋と速筋ともに明らかに減少しています。(下図)

20分の時点で遅筋、速筋ともに筋グリコーゲンの消費が見られる

そして強度が上がるにつれ、筋グリコーゲンの消費も加速されます。

経過時間の違いに注意

血中乳酸値を上げることを目的にウォーミングアップを組み立てる場合には筋グリコーゲン消費との兼ね合いが重要になりますので、様々な実施時間を試して感触を比較してみてください。

持久領域以上の強度でウォーミングアップする際は、筋グリコーゲンの消費に注意。疲労しすぎないようにしましょう。



5.レースまでに間をあけすぎない

もう一つ注意点として挙げられていることが、ウォーミングアップから本番までの間に時間が空きすぎることです。

ウォーミングアップを行って筋温や酸素摂取量の上昇させても、10分以上安静な状態でいるとその効果はほとんど消失してしまいます。

血中乳酸値についても、その効果は20分以降で下がるとされています。

せっかくウォーミングアップを行ったのに、時間が空いてしまうと効果がなくなってしまうということも頭に入れておいてください。

しかし現実的には、ヒルクライム大会などではスタートまで20分以上待つ必要があるかと思います。

そういった場合はみんな同じ条件なのだからと割り切るか、乳酸値を少し上げた状態で臨むため整列までのタイミングを逆算してウォーミングアップを行うかになるかと思います。

メンタル的な準備も大事ですので、1時間前にウォーミングアップを始めてメンタルを整えることにフォーカスするというのも、もちろん一つの方法です。

生理学的なことを考えるとウォーミングアップと本番開始までの時間は10分が目安となる、ということが研究目線で提案されています。

ウォーミングアップから本番までの間は10分が目安。



(6). 筋の動員を高める(PAP)

こちらのトピックはほとんどの皆さんにとってウォーミングアップの選択肢には入らないと思いますが、情報としてご紹介しておきますね。

レジスタンスストレーニング(筋トレ)として、例えばレッグプレスやスクワットを行ったことがある場合、

本番直前にかなり強度の高い、5レップが限界ほどの重量を実施することでその後の20kmタイムトライアルが向上するという研究があります。(参考7)

その要因としては高強度のレジスタンストレーニングによって筋活動が高まること(多くの筋線維を動員しやすくすること)や、出力したいタイミングで多くの筋が協調するためエネルギーロスが少なくなることなどが挙げられています。

このような効果はPAP(post activation potentiation)と呼ばれます。

この効果によって序盤の出力が高まり、20kmタイムトライアル全体の記録も向上したという結果となっていました。

ちなみに私自身、以前この効果のほどを確かめたくなって3分間走で検証してみた結果、レジスタンストレーニング(スクワット)後の方が平均ワット数が5wほど増えました。

その時の実感としては、スタート直後確かに脚が軽く感じられました。

後半は通常時と同様に辛く感じたので、論文の結果とおおまかに一致していました。



実際のウォーミングアップ方法

科学論文から提案される目的別ウォーミングアップ時間
◆筋温を上げる
 リカバリー強度を5分
◆酸素摂取量を高める
 持久~テンポ強度を5-10分
◆血中乳酸を上げる
 FTP強度前後で5分間

※疲労するほど行わない
※レースまでの間隔は10分前後に

要点が整理できたので、みなさんの需要に合わせてウォーミングアップをカスタマイズし、トライ&エラーを繰り返してより良いウォーミングアップを作ってもらえればなと思います。


ウォーミングアップ例

叩き台として、ウォーミングアップを3つご紹介します。

「疲労しないように」ということを考えると、筋グリコーゲンの消費が見られる持久領域の強度以上の時間配分に気を付けながら組み立てることが鍵になってきます。

ご紹介する3つのウォーミングアップはTRAININGPEAKS参考、TrainerRoad参考、川崎(私)Verです。

持久領域強度以上の時間配分は合計で10分ほど、ウォーミングアップ自体の合計時間は20-25分のものになります。

血中乳酸値を上げることも意図し、FTP強度以降も実施するようなデザインですが、意図しない場合は低めの強度で代替するか省くなどしてくみてださい。

TRAININGPEAKSを参考
TrainerRoadを参考
私、川崎がいつもトレーニング前に行っているものです


日々のコンディションをモニタリング

みなさんにとって調子の上がるウォーミングアップを形作るには、色々なバージョンのウォーミングアップを試して、その後のトレーニングがどう感じたか?を振り返りながら調整することが大切です。

私の場合は始めTrainaerRoadを参考にしたModel2から試していき、今行っているModel3に落ち着きました。

私にとってModel2のように92%FTPを5分行うとやや疲労が強くなる感触があり、FTP強度を2つに分割しその間にレストを加えました。

そしてある程度形が決まったら、レースだけではなく日々のトレーニングでも行うことをおすすめします。(そこまで時間がない方は、週に1回は作成したウォーミングアップを行ってみてください。)

そうすることで日々の調子を把握することに役立ちます。

私の場合はウォーミングアップの際、各インターバル後の心拍数は通常であればだいたい±2拍ほどの範囲で同じような心拍数に落ち着きます。

しかし今日は疲れているなと感じている日は4拍ほど心拍数が高くなったりします。

逆にトレーニングを詰め込んでオーバーリーチ状態だと心拍数が下がることもあります。

様々なシチュエーションでのご自身の心拍数が把握できていれば、疲れているor調子がいい などの感覚と体の反応(心拍数)が違った場合に、ウォーミングアップの時点で自身のコンディションを把握する一つの材料になります。

私の場合、ウォーミングアップの時点でオーバーリーチな傾向が見られた場合はその後のトレーニングの負荷を落とすか内容を見直すようにしています。

その日のメインメニューがきつく感じたとき、ウォーミングアップでの心拍がどうだったかを振り返ることで状況が整理できることもあります。

是非皆さんも、日々のトレーニングでもウォーミングアップを活用しコンディション把握に役立ててみてください。



おわりに

ウォーミングアップの科学的な背景と、個人に合わせてビルドアップする材料をご紹介してみました。

今回の記事ではウォーミングアップの生理学的な側面を説明し、それに基づいて20分前後の方法をご紹介しましたが、

ある人はウォーミングアップを1時間行っていたり、逆に3分ほどゆっくり漕いで終わったり、様々だと思います。

メンタルの準備も含め、その人にとって最適な形がそれであるならば外野からああだこうだと言うべきではありません。

人それぞれに最適解は千差万別、そのため科学界でもウォーミングアップの是非は一致していないのです。

人によって最適な方法が違うからこそ興味深いウォーミングアップ。

そのヒントとして、科学的な側面をご紹介してみました。

この記事が皆さんの日々のライドをより豊かなものにするサポートとなれば幸いです。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。


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参考

  1. Bishop, D. (2003). Warm Up II Performance Changes Following Active Warm Up and How to Structure the Warm Up. Sports Medicinie, 33(7).

  2. Saltin, B., Gagge, A. P., & J Stolwijk, J. A. (1968). Muscle temperature during submaximal exercise in man. Jounal of Applied Physiology, 25(6).

  3. Mohr, M., Krustrup, P., Nybo, L., Nielsen, J. J., & Bangsbo, J. (2004). Muscle temperature and sprint performance during soccer matches-beneficial effect of re-warm-up at half-time. Scand J Med Sci Sports, 14, 156–162. https://doi.org/10.1046/j.1600-0838.2003.00349.x

  4. Vanhatalo, A., Poole, D. C., Dimenna, F. J., Bailey, S. J., & Jones, A. M. (2011). Muscle fiber recruitment and the slow component of O2uptake:constant work rate vs. all-out sprint exercise. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol, 300, 700–707. https://doi.org/10.1152/ajpregu.00761.2010.-The

  5. Palmer, C. D., Jones, A. M., Kennedy, G. J., & Cotter, J. D. (2009). Effects of prior heavy exercise on energy supply and 4000-m cycling performance. Medicine and Science in Sports and Exercise, 41(1), 221–229. https://doi.org/10.1249/MSS.0b013e31818313b6

  6. https://www.cyclingweekly.com/fitness/do-you-need-to-warm-up-cycling-328966:著名な研究者が書かれているw-upに関する記事

  7. Silva, R. A. S., Silva-Júnior, F. L., Pinheiro, F. A., Souza, P. F. M., Boullosa, D. A., & Pires, F. O. (2014). Acute prior heavy strength exercise bouts improve the 20-km cycling time trial performance. Journal of Strength and Conditioning Research, 28(9), 2513–2520. https://doi.org/10.1519/JSC.0000000000000442

  8. Gollnick, P. D., Piehl, K., & Saltin, B. (1974). Selective grycogen depletion pattern in huma musscle fibers after exercise of varing intensity and at varying pedaring rates. In J. Phygiol.

  9. TRAININGPEAKS: https://www.trainingpeaks.com/blog/warm-properly-bike-race/

  10. TrainerRoad: https://www.trainerroad.com/blog/pre-race-warmup/

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