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ストレスのエネルギーコスト

仕事や学業、人間関係、お金の問題など、私たちの周りにはストレス反応を引き起こす種がたくさんあります。

また心配や不安といった感情も、ストレス反応の引き金に。

今回の記事ではストレス反応によってエネルギーコストが増え、場合によってはトレーニング適応に必要なエネルギーをも費やしてしまいかねないことを説明してみたいと思います。

仕事や学業とトレーニングの両立を目指すため、ストレスをエネルギーコストという観点から深堀りしていきましょう。

是非、読み進めてみてください。



ストレス反応は無料(タダ)ではない

イラっとしたり、緊張したり、ゾクッとしたり、ストレスを感じたときには様々な反応が起こりますが、これらは決してタダではありません。

それどころか、かなりのコストがかかっていることが明らかになっています。

それを感じてもらうため、まずは以下のクイズを考えてみてください。

配置の法則性からみて、正解は8です。

続いて、今度は同じような問題をさきほどよりも短い時間で解いてください


正解は7です。

さて、今2つの問題を解いてもらいましたが、2問目はタイムプレッシャーが加わりました(しかも難しい)。タイムプレッシャーがかかることで、少し大きなストレスを感じることになったと思います。

研究ではこのようにタイムプレッシャーが追加されることで、解くために必要なエネルギーコストが3倍になるという検証結果が得られています。(参考1, 2)

仮にどちらのクイズも解答までに1分かかったとしましょう。研究結果から具体的な数値を拾うと、おおよそ以下のようなエネルギーコストがかかっています。

クイズを解く:0.12kcal
クイズを解くwithタイムプレッシャー:0.36kcal

1分という短い時間だと些細な数値になりますが、タイムプレッシャーという条件だけで余分にエネルギーがかかっていて、罰ゲームや賞金、他人と競うなど様々なストレス条件によっては最大7倍ものエネルギーコストがかかるようです。(参考2)

このような結果から、ストレス反応のコストとして1kcal/minほどエネルギーが割かれる場合もあるのではと考えるのは妥当な範囲かと思います。

そうするとストレス反応のコストは一時間で60kcal、仕事などで一日8時間ほどストレス環境にあるのなら480kcalという試算もあり得るかもしれません。

あくまで研究結果から概算した数値であり、現実と必ずしも一致する訳ではありませんが、ストレス反応のコストはけっこう大きいということが分かります。



ストレス反応

大事なプレゼンテーションやアクシデント、ゴキブリの襲来など、それがどのようなものであれ脳はストレス反応を呼び起こし、目の前の問題に対処します。

そのようなストレス反応の一つとして「コルチゾール」とよばれるホルモンの分泌が高まることが挙げられ、心拍を上げたり発汗したり、血糖値を高めるなど総じて体のエネルギー消費を高めるように働き、臨戦態勢を整えます。(詳しくはwikipediaを)

この臨戦態勢を整え維持すること自体に大きなエネルギーコストが必要で、例えるなら車のアイドリングのように、エンジンを点火し空回りさせているだけでコストがかかります。

古代においてストレス反応によって臨戦態勢が整うことは、目の前の脅威から生き延びる確率を高めるための素晴らしい機能だったのでしょう。アイドリングで予め体が温まっていれば、即行動可能です。

しかし現代では目の前のストレスが生死に関わるようなことは稀で、クイズを間違えたからといって、ギャンブルは別としてそれで人生が終わるようなことはないでしょう。

それにも関わらず私たちの脳は昔と変わらぬ戦略でもって目の前の事柄に対応し、大事なエネルギーを消費しながらアイドリングしています。

ざっくりとご説明してみましたが、以上のような内容を理論化したものにアロスターシスというものがあり、前回の記事でもご紹介させてもらいました。

このアロスターシスという概念では、エネルギー収支に支障が出るようなストレス状態をアロスタティックロード、それが継続し体の機能が低下するような状態をアロスタティックオーバーロードと呼びます。(下図)

参考2

上の図、アロスタティックロードでは一日に消化吸収できるエネルギーの上限値に迫っています。このような状況では、エネルギー収支がかみ合わなければ体自身(筋肉や脂肪など)を分解していくより仕方がありません。

しかし、体を分解し続けるのは大変危険。

そのためアロスタティックロードが続くと、本来適応や免疫に割かれるべきエネルギーがカットされてしまうアロスタティックオーバーロードの状況へと進みます。

これはスポーツ界で知られるオーバーリーチやオーバートレーニングと似たような状況なので、その発生メカニズムとしてアロスタティックオーバーロードの考えが援用されています。

以上、ストレス反応の維持にエネルギーコストがかかり、それが過剰になると適応や免疫に必要なエネルギーがカットされてしまう可能性があることを押さえてもらいました。

それでは本題のトピックへと移ります。



仕事とトレーニングの両立の難しさ

ストレス反応による消費カロリーは、これまでご説明したように総カロリー支出に加算されます。

それに加え、更にトレーニングによる消費カロリーも上乗せされると、膨らんだ総カロリー支出が摂取カロリーに対して大幅にオーバーしてしまう状況は十分にあり得そうです。

というのも、一日に消化吸収できるエネルギー(摂取カロリー)の総量は、一般の方であれば基礎代謝の2.0-2.5倍とされています。(参考2)

私の場合で言えば基礎代謝は計算上1600kcal前後なので、一日に消化吸収できる上限は3600kcalといったところでしょうか。(カロリー計算はこちらの記事を参考にさせてもらいました)

普通な一日の消費カロリーは、計算上2400kcalほどです。

残された余力は1200kcal。

締め切りが迫っていて、かなりのストレスを感じながら仕事を行っているとしましょう。記事前半のクイズの例から仮にストレス反応が1kcal/minだとして、仕事8時間= 480kcal。

そして一時間高強度のトレーニングを行えば、アプリが800kcal消費したと教えてくれます。

整理してみます。

<摂取カロリー上限>
・消化吸収キャパシティー:3600kcal(基礎代謝×2.25倍)

<消費カロリー>
・計算上の一日の消費カロリー:2400kcal
・仕事でのストレス反応:480kcal
・高強度トレーニング一時間:800kcal
合計3680kcal

結果、エネルギー収支は80kcalの赤字に。(下図)

ストレスフルな状況も一日だけなら何とかなりそうですが、このような状況が続いてしまうと適応や免疫に支障をきたし始める「アロスタティックオーバーロード」の未来はそう遠くはなさそうです。

机上の計算ではありますが、日々仕事や学業に励まれていて、かつトレーニングを行うような場合にはエネルギー収支が赤字となって、トレーニングの適応を犠牲にしてしまう状況が日常的に起こり得ることをイメージしてもらえたかなと思います。

また、ストレスが過剰な状況では食欲にも大きな影響を与えることは論文を参照せずとも皆さん経験があることでしょう。

人によっては食欲が減退して必要カロリーが確保できなくなり、逆に食欲が過剰になって肥満や糖尿病の原因にもなります。

ストレスで起こる食欲減退と増進、人によって相反する状況が起こる要因は完全には明らかになっていないものの、ストレス反応がその一旦を担っていることは間違いないようです。(参考4)

どちらにせよ拒食と過食は体をよい状態に保つ上で好ましいことではありません。今皆さんの食事や間食はどのような状況でしょうか?

ストレスに引っ張られないよう、摂取カロリーは適正な範囲に収めたいところです。

以上、ストレス反応によるエネルギーコストの観点から仕事や学業とトレーニングの両立の難しさを考察してみました。

一点、ストレス反応はそれ自体が悪なのではなく、過剰な場合に悪影響を及ぼします。どのような行動であれ、多かれ少なかれストレス反応は起こっているものであるということを、ここでお断りしておきます。


余談となりますが、ツールドフランスのような超持久系のイベントでは基礎代謝の5倍ほどのエネルギーが必要となるようです。

体重の増減なくこのような競技を行えているとすると、凄まじいカロリー消費分を相殺するほどのエネルギー摂取が続けられていることになります。

そのような離れ業が可能なのは、グルコースなど消化のしやすい補給食や体の適応(選手の消化吸収できる機能が優れている)など、複数の要因が関わっているようです。(参考3, 5)

しかしながら摂取できる許容量をずっと高め続けることは困難で、日を追うごとに許容量は下がり続け、最終的には基礎代謝の3.5倍ほどで落ち着きます。(下図)

参考3

一般的な人では基礎代謝の2.5倍が上限であることを踏まえると、アスリートの消化吸収能力、恐るべし。



ストレス反応を静めるために

それでは最後のトピックに移りましょう。

忙しくストレスフルな日々の中でもトレーニングを行って、何とかパフォーマンスを向上させていきたい。多くの人が願っていることで、私もその中の一人です。

なかなかの難題ではありますが、解決策としては可能な限り無用なストレス反応を静められる術を持っておくことが望ましいでしょう。

そこで、トレーニングと日常生活を両立する上で効果があるなと個人的に感じて実践していることをご紹介してみたいと思います。


◆ボディワーク、ストレッチ、瞑想

ヨガやピラティスなどを含む、「体=ボディ」に「働きかける=ワーク」ようなものをボディワークと呼びます。

ボディワークや瞑想は本から学んで実践しているので、本格的な指導を受けたことはなく、良いなと感じたものを取り入れています。

これらの手段を、「体や呼吸に意識を向け、ストレスを感じている自分から積極的に距離を置く」訓練として取り入れています。

例えば下図のエクササイズを行いながら、体の動きに注目します。

背中全体が動いているのかや、骨盤の動き、各筋の伸び具合など、ご自身の体のことだけに注意を向けるようにしてみてください。(動きが正しいのかなどは考えなくて大丈夫)

その間、意識はストレス源には向かわないので、上手くいけばストレス反応は緩和されます。

あれこれ考えてしまいそうなときには動きのあるボディワークを、すでにある程度リラックスしているならストレッチ、呼吸に意識を向けられそうであれば瞑想を、といった感じで使い分けています。

一日に多くても30分、だいたい15分ほどでルーティン化すれば、強力なツールになるはず。

イライラしている時ほど体や呼吸に集中できませんが、それこそトレーニングのつもりで続けています。是非お試しを。


◆知識を得て、割り切って考える

誰しも何らかの方面に心配症(あるいは神経質)な面をお持ちかと思いますが、心配や不安はそれだけでストレスです

たとえばトレーニングにまつわる心配や不安を挙げると、強度は足りているのか、栄養は不足していないか、ちゃんとリカバリーできているのかといったものがあるかと思います。

しかしこういった不安はやってみなければ答えがでません。どこかで割り切るしかありませんが、そうは簡単にいかないのが現実です。

そういった時、知識を獲得することで大まかな当たりをつけることができます。

私の場合、トレーニングや糖質の量などについて最低限の目星を知識的に見定められればかなり不安はなくなって、「まぁ、なるようになるか」と割り切れるようになります。ストレス大幅減。

知識を獲得するのは心配や不安の芽を摘むための有効な手段。私の記事が役に立っていれば嬉しい限りです。


◆思いっきり休む

以前、アスリートたちのオンとオフの切り替えの早さ、上手さを肌で感じ、それが素晴らしい能力で、上手くストレスに対処しているんだろうなと実感したことがあります。

当たり前に出来ている人は多いのかもしれませんが、私にはこれがなかなか難しい。

自分で言うのも変ですが私は心配症な上に真面目度数が高めです。オンとオフを大胆に切り替えられる性格ではありません。(気難しいヤツではありません!たぶん。)

そのため休むと決めた日には、そのような選手の姿を思い浮かべながら、「他のことは気にするな、休むぞ!」とスイッチを入れています。

思いっきりオフを満喫してください。


トレーニングを日常に組み込むための、私なりのストレス対策をお伝えしてみました。



おわりに

ストレス反応は常に悪者ではなく、何をする上でも体の機能をアップシフトしてくれる必須の機能です。

コーヒーなどでカフェインを摂取することもストレス反応を強めるように作用し、それが適度であれば体に良い影響を与えます。

しかし実状、私たちはストレス反応がやや過剰になりがち。それを無視してトレーニングすることは、大きなリスクがありそうです。

「仕事とトレーニングは関係ない」とする向きもありますが、私たちのキャパシティーは有限。

実生活と上手く折り合いをつけるため、時にはトレーニングを控えてエネルギーを温存することは懸命な判断でしょう。

そしてここぞのトレーニングに全集中し、トレーニングを実りあるものにする。そんな姿がかっこいいなと感じます。

最後に今回の記事のようなエネルギーコストという観点は、ストレスなどの捉えにくい事象についての話を空中戦で終わらせず、持久系競技の核心であるエネルギーの運用と上手く結びつけられるものであると感じていて、私も学びを継続しています。

エネルギーコストと脳の機能について詳しく書かれた書籍として、以下のものが大変参考になったのでご紹介しておきます。

<一般的な解説書>

<より込み入った内容>

ストレスを上手くマネジメントし、実りあるスポーツライフをお送りください。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。


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参考文献

  1. Sawai, A.(2007). Influence of Mental Stress on Cardiovascular Function as Evaluated by Changes in Energy Expenditure. Hypertens Res, 30(11).

  2. Bobba-Alves, N.(2022). The energetic cost of allostasis and allostatic load. Psychoneuroendocrinology, 146.

  3. Thurber, C. (2019). Extreme events reveal an alimentary limit on sustained maximal human energy expenditure. Science Advances, 5.

  4. McEwen, B. S. (2003). The concept of allostasis in biology and biomedicine.  Hormones and Behavior, 43(1), 2–15.

  5. Hammond, K. (1997). Maximal sustained energy budgets in humans and animals. Nature, 386(3), 457–462.

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