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カフェインの効能

コーヒーに紅茶、エナジードリンク、コーラ、風邪薬、etc…

仕事前には集中するためにコーヒーを一杯、休日には友人とおしゃれなお店で紅茶を楽しみ、運動時にはパフォーマンスアップを目指してエナジードリンクを。

カフェインは私たちの日常に深く浸透しており、何気なく摂取することでその効果の恩恵を受けたり、反対にカフェインの摂り過ぎによる頭痛などネガティブな作用に悩まされたりしています。

今回はサイクリングやランニング、トライアスロンなど持久系競技に取り組む方々へカフェインについての科学的な知見をお伝えし、カフェインと上手に付き合っていくための処方箋を手に入れてもらおうと思います。

是非、最後まで読み進めてみてください。



様々な効果の理由

インターネットで「カフェイン 効果」などで調べると様々な情報がヒットします。メリットとデメリットに関して代表的なものに以下のようなものが挙げられるでしょう。

このようにカフェインは良くも悪くも体に対して様々な効果を発揮しますが、その効果は本来アデノシンという物質が収まるべき場所(アデノシン受容体)にカフェインが先回りし占拠することで、各種の細胞の機能を妨害することで引き起こされます。(下図)

カフェインはアデノシンと構造的に似ている。

アデノシン受容体と呼ばれるものは様々な細胞表面に備わっており、例えば神経細胞ではこの受容体とアデノシンが結合すると神経が鎮静化するように機能します。しかし、ここをカフェインが占拠することでその機能を阻害。結果、神経が興奮する方向に導かれ眠気が覚めたり集中力が増します。(上図)

同様に血管に作用すれば血管が収縮し(血圧が高まる)、腎臓に働けば利尿が促進され、脂肪細胞に働けば脂質の代謝が亢進します。

まとめるとカフェインは興奮と鎮静、収縮と拡張のような対となる働きの一方を阻害し、そのバランスをもう一方へと傾けるよう作用します。

コーヒーなどでカフェインを摂ったからといって極度な興奮状態にならず、マイルドに覚醒するように感じるのは、拮抗する作用を打ち消すような機序にあるのかもしれません。


持久系競技への効果

カフェイン摂取は特に持久系競技で好まれる傾向にあり、オリンピックでの尿検査からもその傾向が伺えます。(下図)

参考1

2μg/mlはコーヒーを1杯飲んだ場合に相当。過去にカフェインがドーピング薬に指定されていた時の陽性量は12μg/ml。

現在カフェインはドーピング薬ではありませんが、過去(2004年まで)には禁止物質として指定されていたこともあります(現在は監察対象とされています)。

その経緯は後ほど触れていきますが、まずお伝えしたいことは禁止薬物と見なされていたほどカフェインは効果が見込めるものであるということ。

特に持久系競技者にカフェインが好まれるのは、持久的なパフォーマンスの向上が期待できるからであり、数多くの実験によってもその効果が確かめられています。

サイクリングへの効果を総合的に分析したメタ分析の論文では様々な強度域においてカフェインの効果が認められ、カフェインの摂取により

  • 主観的運動強度(RPE)が6%低下

  • パフォーマンスが11%向上

という結果が得られています。(参考2)

皆さんは主観的運動強度(RPE)をトレーニングなどでモニタリングしたことはあるでしょうか?RPEは辛さ度合いを数値で表す方法で、たとえば0-10の整数値で評価することが一般的です。

以前の記事では少し改良を加えて、0.2刻みのRPE表を載せてみました。

6と8には具体的な言葉の表現はありません。10が辛さマックス。

カフェインを摂取することでRPEが6%低下するとは、上の表でいけば「0.6」の差になります。

同じ強度、同じ時間巡行した時点でカフェインを摂取しない場合に比べて0.6も違えば、明らかに巡行時間は伸びますし、タイムトライアルならより強く踏み込むことが可能です。6%の変化は、かなり大きな変化。

このように主観的な辛さが小さくなることも影響し、カフェインの摂取によりパフォーマンスは実験環境ではありますが11%もの向上が見込まれ、カフェインを摂取している自分としていない自分では、もはや別人と言ってもいいほどパフォーマンスが変わり得ます。(効果には個人差あり)

ちなみに従来(西暦2000年以前)では脂質代謝の向上がカフェインの主たる効果と目され多くの研究が行われましたが、脂質代謝の向上はあるとないで研究結果がまちまちで、はっきりと「効果がある」とは言えないとされています。(参考3)



パフォーマンスに影響のある摂取量

上記のようなパフォーマンスへの効果を検証した論文では、体重1kgあたり5-7mgほどのカフェインが摂取されています

これは体重が60kgの人なら300mgから420mgになり、安全とされる一日のカフェイン摂取量の上限値に相当する、かなりの量です。

目安として、飲料などに含まれるカフェイン量は以下の通り。

参考4

よって実験ではコーヒー2-3杯、レッドブルなら4-6杯にも相当する量のカフェイン摂取が行われています。

残念ながら体重1kgあたり5mg未満の実験は少なく、私たちが日常的に摂取するカフェイン量でどれほどの効果があるのかは正確には分かりません。

一方でカフェイン5mg/kg以上の摂取ではパフォーマンス向上効果は同等であるとする研究結果があります。

その研究ではFTPパワーよりもやや高い強度での巡行時間が、カフェイン摂取量の違い(体重1kgあたり0, 5, 9, 13mg)で変化するのかが検証されています。(参考5)

結果はカフェインを摂取することで巡行時間は伸びるものの、摂取量間のパフォーマンスの違いはありませんでした。結果は以下の通りです。

  • カフェイン0mg/kg:平均47分

  • 5mg/kg:平均58分

  • 9mg/kg:平均59分

  • 13mg/kg:平均58分

※カフェイン摂取9mg/kgまたは13mg/kgは安全な摂取目安量を大幅に超えています。絶対に真似をしないでください。

ここから推し量れるカフェイン摂取量とパフォーマンス向上の関係は以下のものが考えられます。

  • どこかの摂取量までは徐々に効果が高まって、その後頭打ちになる

  • ある摂取量から高い効果が発現する

私の経験則としては、左側のような関係にあるのかなと感じています。

より重要なことは、安全とされる一日のカフェイン摂取目安量の上限に近い5-6mg/kgで既にパフォーマンスへの効果が最大化されていることです。

摂れば摂るほど効果が高まり続ける訳ではありませんので、濫用には要注意です。

よってきちんと効果を確かめたい方も、カフェイン摂取は5-6mg/kgまでにとどめ、効果が現れる最低限の量を検証していくと良いでしょう。



カフェイン摂取で考慮すべきこと

パフォーマンスの改善に向けてカフェインを利用するためには、カフェインが持つ「体を興奮(交感神経優位な)状態に導く効果」の両面を考慮する必要があります

ポジティブな側面
パフォーマンスが高まることでより大きなトレーニング刺激を体に与えることができ、その分大きな適応反応が見込める。

ネガティブな側面
トレーニングやレース後は速やかにリラックス(副交感神経優位)な状態にしたいが、カフェインの効果が残存することでなかなかリラックス状態にならない可能性がある。

カフェインによって大きなトレーニング刺激を体に加えられたとしても、その後の睡眠の質が低下してしまったりするとカフェインの効果を最大限享受することは難しくなります。

よってカフェイン摂取後どのタイミングでパフォーマンスへの効果が現れて、その後どれくらいの時間をかけて効果が消失していくのか、カフェインの代謝について理解しておく必要があるでしょう。

一般的に言われているカフェインの代謝は以下のようなものです。

<血中のカフェイン濃度>
・30分-2時間後にピーク
・半減期(血中濃度が半分になる)は2-8時間

図で表してみましょう。下図の緑の範囲に多くの方のカフェインの代謝推移が当てはまります。

図で見てもらうと分かりやすいかと思いますが、人によってカフェインの代謝速度は大きく異なります。

これだけ違うと人によってカフェインの摂取戦略は大きく異なって然るべきですが、では皆さんのカフェインの代謝速度はどのくらいなのでしょうか?

実際に血中のカフェイン量を測定できる環境はそうあるものではありませんので、就寝数時間前に摂ったカフェインの影響がどれくらいなのか?をもとに皆さんのカフェイン代謝を推測してみましょう。

就寝3時間前、6時間前にカフェインを摂取した場合の寝つきの悪さを検討した研究によれば、普段の寝つきに比べて、

  • 就寝3時間前に摂取:寝付くまでに通常の3倍の時間

  • 就寝6時間前に摂取:寝付くまでに通常の2倍の時間

上記のような時間を要しています(参考6)

この結果を先ほどの図に仮想的に組み込んでみます。

あくまで探索的なものです。

例えば就寝6時間前にカフェインを摂った場合、代謝最速(オレンジ〇)の人はカフェインの影響は受けず、代謝最遅(赤〇)の人はカフェインの影響をかなり受けることが伺えます。

この図を利用して皆さんのカフェイン代謝を推測してみましょう。

就寝6時間前にカフェインを摂取して、

・寝つきが悪く感じたことがある方
→青いラインと赤のラインの間、代謝がゆっくり進む人

・全く関係なく寝れる方
→青いラインよりとオレンジラインの間、代謝の早い人

あくまで推測ですが、カフェイン代謝の目安にしてみてください。

カフェイン代謝の早い遅いはどちらも一長一短で、代謝の早い人は速やかにカフェインの効果が消失するため回復過程に悪影響を及ぼす可能性が低い一方、2時間を超えるような長時間のレースでは終盤に効果が薄まっているかもしれません。

反対に代謝の遅い人はレース前にカフェインを摂取すればレースを通じて効果が発揮されるでしょう。しかしその後もカフェインは残存し、回復に向けた体の調整に支障をきたす可能性があります。

また、カフェインは日常的な摂取で耐性がつくものであるとされています。

プロロードレースの世界でも、以下のようなことが言われているようです。

はっきりしているのは、1日にカプチーノを何杯も飲むようなカフェイン常用者は、レース中に摂るカフェインへの感度が鈍るということだ。だから、本番でより大きな効果が得られるよう、選手のほとんどはツールのような大会に向けた準備期間中、カフェインを控える。そしていざカフェインを摂るときは、目当てのステージに照準を合わせる。

「世界最高のサイクリストたちのロードバイク・トレーニング」より引用

パフォーマンスへの効果を享受し、かつ日々の回復過程を乱さないような摂取戦略が長期的に見て有効なのは間違いありません。

ご自身のカフェイン代謝を寝つきや尿意などの変化でよくよく観察しながら、摂取戦略を練っていきましょう。



安全な摂取目安量

国や地域によって推奨される安全なカフェイン量は少しずつ異なりますが、以下の範囲であれば、健康上のリスクは低いとされています。

18歳以上の大人(妊婦以外)
・一日の総摂取量6mg/kg以下、もしくは400mg以下
・一回の摂取は3mg/kg、もしくは200mg以下

18歳以下
・一日の総摂取量3mg/kg以下
※体重により総量が大きく変わるので注意が必要です

妊婦の方
・一日の総摂取量3mg/kg以下、もしくは200mg以下

詳しくは、農林水産省のホームページをご覧ください。

参考4

また、以下のような研究結果も報告されています。(参考8, 9)

  • 一日に7-10mg/kg、もしくは500mg以上摂取することによって、悪寒や緊張、神経過敏、吐き気、動機、不安などの諸症状が多くの方に出現する

  • 一日に1.0-1.5gのカフェイン摂取では食欲不振、低カリウム血症、嘔吐、不整脈などの「カフェイン症」と呼ばれる諸症状が出現する

  • カフェインの過剰摂取による死亡事故では、血中カフェイン濃度が70mg/l以上で事例が報告されている。(安全とされる6mg/kgの摂取で血中カフェイン濃度は10mg/l前後であり、単純計算で安全とみなされる7倍以上もの量を摂取している状態)

  • 人によって各種症状が出現するカフェイン量は大きく異なる(低量でさえ頭痛などが出現することもある)



カフェインとドーピング

最後にドーピングについて触れておきます。

2004年まで世界アンチドーピング機構はカフェインを禁止薬物に指定していましたが、その後は禁止薬物から除外され現在は監視プログラム(要監察物質)として指定されています。

どういった経緯によって禁止薬物に指定され、解除されたかの具体的な詳細は分かりませんが、今回カフェインについて調べた中で考えたことをお伝えすると、まず禁止されていた理由については

  • 明らかにパフォーマンスが向上する

  • パフォーマンス向上の効果がみられるカフェイン量(6mg/kg)が安全とみなされる摂取量の上限(6mg/kg)と同等の量であり、過剰摂取の危険性がある

といったことが要因として考えられます。コーヒーや紅茶などを嗜好品として飲む場合にはあまり問題にはならない摂取量も、そこに「パフォーマンスの向上」という目的が加わると、より多く摂取したくなるのが人の心でしょう。

そのような流れに歯止めをかけるために、禁止物質として指定されていたのかもしれません。

一方で2004年以降に禁止物質から解除されたのは、同程度の量のカフェインを摂取していても、人によって検出されるカフェイン量に大きな違いがあることが挙げられます。

下の図は9名のアスリートが各量(5, 9, 13mg/kg)のカフェインを摂取した、その2時間後の尿中カフェイン濃度を示しています。検出さたカフェイン量の違いにご注目ください。

参考5 5mg/kgの摂取量はおおよそコーヒー2杯分

カフェインを多く摂取するほど、尿中に検出されるカフェイン量に大きな個人差が発生していることが伺えます。たとえばカフェインを9mg/kg摂取した場合、9人のうち3人は過去のドーピング基準で陽性、残りの6人は陰性となり、検査自体に不公平が生まれてしまいます。

このような検査の難しさも禁止物質から解除になった一因かもしれません。

また2004年に禁止薬物から解除されたものの監察対象とされているのは、パフォーマンス向上のために摂取したくなる量が健康リスクが懸念され始める量に限りなく近く、世界アンチドーピング機構としてはその危険性を継続してモニタリングする必要があると判断していると考えられます。

アスリートのカフェイン摂取の経年変化を調査した研究では、禁止薬物から解除されて以降、近年ほど日常摂取レベル(1-4μg/ml)が少し増えているように見えますが、過剰な摂取が助長されているようには見えませんので、再び禁止薬物に指定される可能性は今のところ低いのかなと感じます(下図)

参考10

カフェインが禁止薬物に指定されていたことから、「カフェインは過去にドーピング薬に指定されていたんだったら、今それを摂取するのはどうなの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

確かに過去にはその効果の大きさや健康リスクの懸念から禁止薬物に指定されていました。

しかし様々な研究により健康リスクに関わる摂取量についての知見が蓄積され、一般的な範囲において重大なリスクは見つかっていません。(濫用がないよう、要監察物質にはなっています)

スポーツは詰まるところ定められたルールのもと競い合う性質のもので、サプリメントや薬物はウェアや道具、試合の規則などと同様に、ルールの範囲内においてその利用は個人の責任のもと決定されます。

よって現状のルール上、そして健康への悪影響の懸念が小さいことから、カフェインを競技力向上の目的で利用することは、アミノ酸など他のサプリメントを用いるのと同種の行為と見なしてよいと思います。

ただ、その利用については今回の記事でご説明してきたような内容を踏まえ、濫用のないよう利用すべきという点は強調しておきます。



おわりに

私はコーヒーが大好きで、それこそ毎日の楽しみになっているほどです。

しかし私のカフェイン代謝は一般平均よりも少しゆっくりなようで、途中でお出ししたグラフで言うところの青い線よりもゆっくりめです。(下図の緑点線)

そのため午後3時以降にコーヒーを飲んでしまうと寝つきに大きく影響するので控えるようにしています。

またカフェインの効果は利尿と心臓(心拍の増加)に抜群に作用するようで、長距離の移動やプレゼンなどの緊張する日には尿意の懸念からカフェインは摂らないようにしています。以前100kmエンデューロ直前にカフェインを摂ってしまい、途中激しい尿意のためトイレ休憩を挟まざるをえなくなった苦い思い出も。。

また心拍の増加と動悸感が強くなるのはカフェインを摂取してから1-2時間がピークで、その時間帯を過ぎた方がカフェインのポジティブな効果を感じやすくなってくるので、私の場合トレーニングやレースの3-4時間前にコーヒー一杯が今のところ最適解です。

私の場合に限らず、カフェインの作用は人それぞれ。

冒頭でご紹介したように、カフェインは体の様々な組織に影響を及ぼし得ます。ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもあるでしょう。

それらの効果を上手く見定めながら、皆さんにとって効果的なカフェインの摂取方法を模索していけるとご自身の理解がまた一つ増えると思います。

この記事がその手助けとなっていれば幸いです。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。

皆さんの豊かなスポーツライフを応援しています。

また読みに来てください。


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参考文献

  1. Aguilar-Navarro, M. (2019). Urine caffeine concentration in doping control samples from 2004 to 2015. Nutrients, 11(2).

  2. Doherty, M. (2005). Effects of caffeine ingestion on rating of perceived exertion during and after exercise: A meta-analysis. Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports, 15(2), 69–78

  3. Graham, T. (2008). Does caffeine alter muscle carbohydrate and fat metabolism during exercise? Applied Physiology, Nutrition and Metabolism, 33(6), 1311–1318.

  4. 栗原. (2016). 日常生活の中におけるカフェイン摂取. 東京福祉大学・大学院紀要. 6(2), 109-125.

  5. Pasman’, W. (1995). The Effect of Different Dosages of Caffeine on Endurance Performance Time. J. Sports Med, 16(4).

  6. Drake, C. (2013). Caffeine effects on sleep taken 0, 3, or 6 hours before going to bed. Journal of Clinical Sleep Medicine, 9(11), 1195–1200.

  7. 農林水産省. カフェインの過剰摂取について

  8. Willson, C. (2018). The clinical toxicology of caffeine: A review and case study. Toxicology Reports, 5, 1140–1152.

  9. Cappelletti, S.(2018). Caffeine-related deaths: Manner of deaths and categories at risk. Nutrients, 10(5).

  10. Aguilar-Navarro, M. (2019). Urine caffeine concentration in doping control samples from 2004 to 2015. Nutrients, 11(2).

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