中学受験は親の代理戦争である

本来、資本主義社会における競争は、社会人(大人)同士で行われて、勝者と敗者が生まれるべきだ。ところが、わが国においては、小学生のうちから猛勉強して、開成などの一流中高一貫校に入ったり、それこそ大学まで保障された慶應中等部に入ったりしている。

そして、小学生というのは普通は遊びたいさかりのはずだ。勉強が悪だとは言わない。勉強も大切だ。しかし、小学生においては基礎基本をかためるという意味でだ。エスカレートした難問奇問の類を解けるようになることは大切ではないと思う。だが、今の日本ではそれが行われている。小学生は遊びたいさかりなのに、なぜか?親が中学受験をさせているのだ(稀に自分から勉強したくてやっている子供もいるとは思うが、少ないだろう)。

つまり、中学受験というのは、親が資本や学力を使って子供を競争に参加させて、子供の将来の成功を早めに確保しようとする代理戦争なのだ。親の、子供に自分と同じくらいの社会的地位になってほしいという思いがそうした代理戦争をさせるのだ。

だが、親の個人的な行動はそうであったとしても、社会全体のスケールで考えると、様々な問題が浮かび上がる。まずは、階級社会だ。首都圏や京阪神のエリートは、子供を将来は東大や医学部などに入学させるために教育投資を行う。この教育投資は何百万円もかかる。そのため、これは大学受験における一種の参入障壁として機能する。実際、以前も紹介したが、三重県の公立高校で上から数えて3番目くらいの自称進学校、津高校は、東大合格者がゼロ人だ。一方で、開成高校は140人くらい大量合格している。さらに恐ろしいのは、開成高校の早慶合格者数の合計が少なすぎることだ。つまり、滑り止めも受けずに東大や医学部、海外一流大学に挑戦する開成高校の生徒が多いということだ。

もはや、東大や医学部は、首都圏と京阪神のエリートたちの子女による寡占であり、日本は階級社会なのだ。中学受験によってそれはシステム化されている。また、日本の一流企業はほとんど東京に集まるため、東京の一流大学の学生たちがそのまま一流企業に入社していく。そして、彼ら彼女らが大人になると、また同じことが繰り返されるのだ。

このループが続く限り、日本は階級社会であり続ける。個人的には、流動性のない社会は良くないと考える。実力主義など、そんなものはでまかせだろう。一流大学卒業生が勝つことが決まった出来レースにすぎない。

まあ、ジョブ型雇用で少しずつ変わる可能性もあるが、東大や早慶の学生も必死にスペック上げするだろうから、変化はあまりないかもしれない。


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