（前回からの続き）大学受験に失敗した後、僕は神戸大学夜間コースに復学し、仮面浪人を続けることにした。僕は大阪外国語大学の編入試験を受験し、見事合格した。しかし、まだまだ困難が待ち受けるのだった・・・。

第十四章　志望校はやっぱり東大！

大阪外大の勢いに乗って、一般入試も全部合格してやる、僕はこう心に決めていた。外大の合格という「確実な保険」は、そんな受験を続ける僕を、楽にしてくれていた。外大合格があるか、ないかでは話が全然違う。肩の力が抜け、余裕が生まれた。

そんな中、外語大学から一通の手紙が来る。

これが運命を狂わせる、全ての始まりだった。

「入学おめでとうございます」こんな祝電の様な内容だったが、僕はある箇所にはっと目を止めた。それは入学条件である、「単位数」であった。

１年生編入では入学条件で３２単位必要である。普通の昼間の大学生にとっては、難なくクリア出来る楽な単位数だ。

ところが「夜間」では話が違う。

夜しか授業のない夜間では、一年間に最高で３２単位ギリギリしか取れないのである。そうなると、僕は最高単位数を取らなければならない。

普通の昼間の大学なら５０単位ほど登録して、その中から３２単位とればよい。余裕である。ところが夜間は３２単位しか登録できない。全部取らないと３２単位という条件は満たせない。

夜間コース・・・この言葉がまた僕をしめつける。

フルで単位を稼ぐためには、しっかりと腰を据えて勉強をしないと難しいもの。ただ受験勉強を続ける僕にとって、果たしてそれは良い事なのだろうか、こんな疑問が生まれた。

編入受験当初、僕は「単位数」について軽くしか考えていなかった。そんな事より、まず試験に合格することだ、と自分に言い聞かせていたからだ。編入受験生なら誰でもそうだろう。「単位」など心配にも及ばない些細な問題だ。

ただ「夜間コース」では話が違ったのだ。

単位を取るために、受験勉強をやりながら、大学の勉強もやればいいじゃないか、と思った事もあった。

しかし正直になれば、それが決して良い事とは言えないだろう。これから僕はさらなる高みに向けて、どんどんペ−スを上げていかねばならない。その先には「早稲田慶應」、そして「東大」が待っている。大学の勉強している少しの暇があったら、もっともっと受験勉強をしなければならないのではないか。

また続いてその手紙には、こう書いてあった。

「入学金３０万は、１月２５日までにお納めください」

２月の一般入試も受験するんです、お金はそれまで待ってくださいなんて、都合の良い事は通じない。このまま受験を続けるための保険にしては、３０万は高すぎる金額であろう。

今、入学金３０万円払うなら、受験を断念して大学の勉強に集中し、大阪外大に確実に行かないと筋が通らない。また、もし外大よりさらに良い大学を狙うなら、外大を捨てて受験勉強に専念しなければならない。

受験も外大どっちも両方など、「妥協」は出来ない。やるんだったら、どちらか一つという状況に追い込まれてきた。

最高の幸せから一転、思いも寄らずに事態が一変した。

「ここでやめるか」

僕はふとそう思った。ここまでよく頑張った。偏差値８０まで上げてきた。今の大阪外語大学でも十分素晴らしい大学だ。胸を張って自分を紹介できる。「大阪外語大学の学生です」と文句ない。説得力を持って夢を語れる。

ある意味「保険」が出来た事で、僕の意志は弱くなっていた。受験勉強も常に限界のラインにいる。いつでも投げ出したい思いで一杯だ。

毎日悩み続けた、そんな時だった。

僕の話を聞いていたシンジさんが、一言こう言った。

「今ならいけるんじゃないでしょうか」

今思えば、この一言が僕の運命を変えた。

彼はこう続ける。「斎藤サンは偏差値８０まで来ました。そして難なく大阪外語まで手に入れましたよ。だから今ならいけます。東大や早稲田慶應も確実にいけますよ。日本の頂点が、今目の前に見えているんですよ！」

僕は全身に衝撃が走り、答えが決まった。

今、自分が立っているその位置は、とんでもないところだったのだ。目の前には「早稲田慶應」だけではない、頂点である「東京大学」までもがある。「夜間」脱出を願い、ブランドに憧れ続けて、ここまで来た。がむしゃらに走っていたら、気付けばどこの大学でも合格出来る力が付いていたのだ。

「今ならいける」この言葉が全てだった。僕は大阪外語大学という最後のトリデを捨てた。

僕は「妥協」だけはしたくなかった。変な言い訳をして、これからの一般入試の戦いを汚したくはなかった。そう去年は心に決めていたはずだ。「偏差値の高い大学に行って、ほめられたい」、そんな僕の思いは、何一つ迷いや虚飾も無い。だからこそ、そんな純粋さが僕を極限まで追い込んだのだ。

「奇跡」だった。

誰もが受験が終わったと思った。僕でさえも一応のケリをつけたつもりだった。しかし、何一つ終わってなどいなかったのである。

大阪外語大合格は消えた。そして僕には何も無くなった。

「夜間」ゆえに僕はブランドに執心し、ここまでやって来た。だが最後はその「夜間」が、「単位数」という些細な条件をこじ開けて、重くのしかかってきた。始まりも終わりも、やはり「夜間」だったのだ。

僕はこの奇跡に、悔しさと恐怖を感じながら打ち震えていた。

自分で決めたことだ。文句は言えない。しかしそんなことを言っているのではない。なんでこんなにツイていないのか、という事だ。確実になったはずの「夜間脱出」。しかし奇跡が起きた。やはり叶わなかった。

１２月２８日を最後に大学は、１月終わりから２月初めの試験週間まで冬季休業に入る。その最後の授業日、僕は大学に向かった。クラスの連中に会うためだ。

僕は最初に会ったＩＱに、一言だけ伝えた。

これが最後の宣戦布告だった。

「大阪外語大学には行かない。もうここの夜間の授業にも出ない。一般入試で東大に行くためだ」

彼の顔は満面の笑みに変わった。僕はこの瞬間を忘れない。

「信じられないね、合格出来たのにね」、彼は同情しながらも顔は笑顔だった。

当然のことながら、一気にその情報はクラス中に広まった。

誰もが息を吹き返した様に元気になり、勝敗の立場が逆転した。「まだやるのか、受からないよ」と繰り返される。

別れ際に、彼らはこう言った。

「来年僕らは編入するから。ここには京大を狙うヤツもいるんだよ」

夜間にもオマエと同じくらい頭イイ奴もいるんだ、あまり馬鹿にするなよ。オマエは仲間じゃない、勝手にやれ。そういう彼らからの決別のメッセ−ジだった。

確かに僕はそれだけのことを、やってしまった。

模擬試験のビラをばらまいたり、合格証明書まで貼りだした。自分の思いを伝えるためだけなら、「真実」をこれでもかと叫んだ。これは夜間の連中にとって、やはり「不快」の何ものでもなかったのだろう。

「偏差値低いからクサい、こう言われても文句言えないよ、社会は厳しい」こんな事分かっていても、彼らにとって目をつぶっていたい話なのだ。それなのにワザワザ僕が傷口に塩を塗る。余計なお世話だ。

「自分で勝手にやれ」これが彼らの正直な声なのだろう。だから夜間全員が敵になった。こんな状況に追い込まれた。

「もう、ここに戻ってくる訳には行かない」

自分で落ちた時の事を考えた。

「あいつ帰ってきたよ・・・」、偏差値８０の自分が、夜間のクラス全員に蔑まれている。耐えられない。そして何より次の目標は何だ？２年生編入か？もうイヤだ。勉強なんかしたくない。

大阪外語大の時も「これが最後だ」と感じた。でもあの時は、その後一般入試もあった。しかし今回は本当に「最後」だ。もうこれを逃したら、２度とチャンスはない。

「落ちたらどうする？」

そう自分で自分に問いかけた。すると自然と、心から答えが返ってきた。

「死ぬか・・・」

迷いなど、どこにもなかった。この受験が僕の人生最後の勝負になった。

大げさに言うのではない。こんなに勉強し続けた。自分の全てをこの受験にかけた。その間にはいろいろな事があった。カズヤもいた。シンジもいた。８０まで数字を上げた。そして自分だけが落ちる・・・。

僕は当初、「絶対に落ちることのない受験」を目指していた。

皮肉だ。ここにきて、僕はついに絶対に「落ちる」ことは無くなった。そう、落ちたら僕の人生はそこで終わるからだ。究極の結論だった。

よく「受験なんかで落ちて、死ぬなんてバカだ」と本で書かれている。しかしそうだろうか。本気で受験に打ち込んだ、そして人生をかけた。それが何でダメなのか。もちろん「自殺」なんてタブ−だ。しかし本気で何かをやり遂げる時、勉強でも何でもそれだけの強い意志が必要なのではないか。

シンジさんは僕の行動を止めはしなかった。「そうですか・・・」彼は頷いただけだった。当然だろう。この僕の２年間を全て知っているからだ。

彼は僕の決意を分かってくれた。そして「必ず受かります」そう繰り返した。

その３日後の、１２月３０日。２年間家で共に暮らしたネコの調子が急変する。そのまま病院に担ぎ込んだが、「結石」という病気が悪化していた。受験生という余裕の無さ故に、僕は彼の病気の前兆を捉えられないでいたのだ。全て自分のせいだった。

ペット以上の想いを寄せたネコが、亡くなった。彼は僕の顔を見つめながら、静かに息を引き取っていった。

最後に残されたのはやはり僕一人だった。

だが「孤独」という感情はもう忘れていた。「生きる」ためには「合格」しかない。もう戻る場所もない。進むしか道はないのだ。

(Continued from last time) After failing the university entrance exam, I decided to go back to the night course at Kobe University and continue being a masked ronin. I took the entrance exam for Osaka University of Foreign Studies and passed it. However, difficulties still awaited...

Chapter 14 My dream school is the University of Tokyo!

I was determined to ride on the momentum of Osaka University of Foreign Studies and pass all the general entrance exams. The "sure insurance" of passing the university exam made me feel comfortable as I continued to take such exams. The story is completely different whether there is a foreign university pass or not. It took the weight off my shoulders and gave me some leeway.

Meanwhile, a letter arrives from the University of Foreign Studies.

This was the beginning of everything that derailed fate.

"Congratulations on your admission." It was like a congratulatory telegram, but I suddenly stopped my eyes at a certain point. It was the "number of credits", which is a condition for admission.

32 credits are required as admission requirements for first-year transfer students. For a normal daytime college student, it's a comfortable number of credits that can be cleared without difficulty.

However, "Night" is a different story.

In the evenings, when classes are only held at night, students can only take a maximum of 32 credits per year. Then I have to get the maximum number of credits.

In a typical daytime college, you would register for about 50 credits and take 32 of them. I can afford it. However, only 32 units can be registered at night. If you don't take all of them, you won't be able to meet the requirement of 32 credits.

Evening course...these words make me cringe again.

In order to earn credits on a full-time basis, it is difficult unless you sit down and study hard. However, for me who continues to study for entrance exams, I wondered if it was a good thing.

At the beginning of the transfer exam, I was only thinking lightly about the number of credits. Rather than that, I had told myself that the first thing to do was to pass the exam. Any transfer student would be like that. "Units" is such a trivial matter that you don't even have to worry about it.

However, the "night course" was a different story.

There was a time when I thought that I should study for university while studying for entrance exams in order to get credits.

But to be honest, I wouldn't say it's a good thing. From now on, I will have to raise the pace more and more towards higher heights. Beyond that, Keio Waseda and the University of Tokyo await. If you have a little time to study for university, you should study more and more for the entrance exam.

The letter then went on to say:

"Please pay the admission fee of 300,000 yen by January 25th."

I'm going to take the general entrance exam in February, so I'm not going to ask you to wait until then for the money. 300,000 would be too high an amount for insurance to continue taking the exam.

Now, if I were to pay the entrance fee of 300,000 yen, it would not make sense unless I gave up taking the entrance exams, concentrated on my university studies, and definitely went to Osaka University of Foreign Studies. Also, if you want to go to a better university than a foreign university, you should abandon the university and concentrate on studying for entrance exams.

You can't "compromise" whether you're taking the entrance exam or going to TUFS. If I had to do it, I was forced into a one-or-one situation.

From the supreme happiness, the situation changed completely unexpectedly.

"Do you want to stop here?"

I suddenly thought so. Well done so far. I've raised it up to 80. Even today, Osaka University of Foreign Studies is a wonderful university. I can proudly introduce myself. "I'm a student at Osaka University of Foreign Studies," he said without complaint. You can talk about your dreams persuasively.

In a sense, my will was weakened by the fact that I was able to do "insurance". Studying for exams is always at the limit line. I'm full of thoughts that I want to throw away at any time.

It was at that time that I continued to worry every day.

Shinji-san, who was listening to me, said something like this.

"Isn't it possible now?"

Now that I think about it, that one word changed my destiny.

he continues: “Saito-san has reached a deviation score of 80, and he has easily obtained Osaka Gaigo. I can see it!"

A shock ran through my body, and the answer was decided.

The position I was standing in now was an unbelievable place. In front of me is not only Waseda Keio, but also the top, the University of Tokyo. I have come this far, wishing to escape from "nighttime" and admiring the brand. If I ran recklessly, I would have the power to pass any university before I knew it.

"I can do it now" was everything. I threw away my last trick, Osaka University of Foreign Studies.

I didn't want to compromise. I didn't want to spoil the battle of the general entrance exam from now on by making a strange excuse. Yes, I should have made up my mind last year. "I want to go to a university with a high deviation score and be praised." That's why that kind of innocence pushed me to the limit.

It was a "miracle".

Everyone thought the exam was over. Even I thought I had put an end to it. But nothing was finished.

Passing the Osaka University of Foreign Languages has disappeared. And I was left with nothing.

I've been obsessed with the brand because it's "nighttime", and I've come this far. However, in the end, the "night" pried open the trivial condition of "number of units" and weighed heavily. Both the beginning and the end were "night".

I was trembling with regret and fear at this miracle.

It was my decision. I can't complain. But that's not what I'm saying. It's about why I'm not so lucky. "Night escape" that should have become certain. But a miracle happened. It didn't come true.

After December 28th, the university will be closed for the winter holidays from the end of January until the exam week in early February. On the last day of class, I went to college. to see my classmates.

I told the first IQ I met just one word.

This was the final declaration of war.

“I will not go to Osaka University of Foreign Studies.

His face turned into a wide smile. I will never forget this moment.

"I can't believe I passed," he said with a sympathetic smile on his face.

Naturally, the information quickly spread throughout the class.

Everyone became energetic as if they had regained their breath, and the positions of victory and defeat were reversed. "Are you still going, or you won't pass?"

As they parted, they said:

"Because we will be transferred next year. There are guys aiming for Kyoto University here."

There are some guys as smart as you at night, so don't make fun of them. You're not my friend, do whatever you want. It was a farewell message from them.

Certainly I have done just that.

I threw out flyers for mock exams and even put up certificates of passing. If it was just to convey my thoughts, I shouted "Truth". This must have been nothing but "uncomfortable" for the night crowd.

"It's disgusting because the deviation is low. I can't complain even if I say this, society is harsh." Even so, I deliberately rubbed salt on the wound. It's none of your business.

"Do it yourself." This must be their honest voice. So everyone at night became an enemy. I was forced into this situation.

"I can't come back here anymore"

I thought about when I fell myself.

"He's back..." I, who has a deviation score of 80, are despised by all the night classes. Intolerable. And above all, what is your next goal? Are you a sophomore transfer student? I don't want it anymore. I don't want to study.

Even when I was at Osaka University of Foreign Studies, I felt that this was the last time. But at that time, there was also a general entrance exam. But this time it really is the last. If you miss this one, you won't get another chance.

"What if I fall?"

That's what I asked myself. Then, naturally, the answer came back from the heart.

"Do you want to die..."

There was no hesitation. This exam was the last match of my life.

I'm not exaggerating. I kept studying like this. I put my all into this exam. A lot happened in between. Kazuya was there too. Shinji was there too. Numbers up to 80. And I'm the only one who falls...

At the beginning, I was aiming for "the exam that I will never fail".

Ironic. Now that I've come here, I've finally stopped "falling". Yes, because if I fall, my life will end there. It was the ultimate conclusion.

It is often written in a book that "it is foolish to fail an exam and die". But is it? I devoted myself to the exam seriously, and put my life on the line. What's wrong with that? Of course "suicide" is taboo. But when you really want to accomplish something, you need that kind of strong will, whether it's studying or whatever.

Shinji didn't stop me. "I see..." he simply nodded. Naturally. Because I know everything about my two years.

He understood my decision. And he repeated, "I'm sure I'll pass."

Three days later, December 30th. The condition of the cat who has lived with us for two years suddenly changes. I took him to the hospital, but the disease called "calculus" was getting worse. Because of his lack of leeway as an examinee, I was unable to catch the signs of his illness. It was all my fault.

The cat who cared more than a pet passed away. He took his last breath quietly, staring at my face.

In the end, I was the only one left.

But I had already forgotten the feeling of "loneliness". In order to "live", there is only "pass". I have no place to go back to. There is no other way but to move forward.