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『ののはな通信』に思い知らされるわたしたちの百合観の相違について

わたしたちの三浦しをん先生による、わたしたちへの大きな問題提起である一作『ののはな通信』が、6月15日に無事に文庫化されました。
まるで雑貨屋さんに並ぶ布小物のような、大人かわいいお花柄の装丁に包まれた単行本版ももちろん愛したいけれど、ひとまわり小さくなって気軽に手に取ることができるようになったのはとても喜ばしいこと。
そう、気軽に手に取ることが大切なのです。
「わあっ、この小説、百合っぽい雰囲気で面白そう!」ってね。

わたしがこの記事を書くのは、『ののはな通信』を気軽に手に取って、ののちゃんとはなちゃんに出会い、彼女たちのお手紙を覗き見し続けて、そして彼女たちに打ちのめされて欲しいからです。
わたしたちの関係性は、「一過性の儚いもの」なんかじゃないんだよってこと。

***あらすじ引用***

横浜で、ミッション系のお嬢様学校に通う、野々原茜(のの)と牧田はな。 
庶民的な家庭で育ち、頭脳明晰、クールで毒舌なののと、 外交官の家に生まれ、天真爛漫で甘え上手のはな。 
二人はなぜか気が合い、かけがえのない親友同士となる。 
しかし、ののには秘密があった。いつしかはなに抱いた、友情以上の気持ち。 
それを強烈に自覚し、ののは玉砕覚悟ではなに告白する。 
不器用にはじまった、密やかな恋。 
けれどある裏切りによって、少女たちの楽園は、音を立てて崩れはじめ……。 

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「わあっ、この小説、百合っぽい雰囲気で面白そう!」ですね。
もっと踏み込むと、戦前の女学生文化である「エス」を源流とするような、女子校(しかも、横浜のミッション系お嬢様学校!川端康成『乙女の港』といっしょですね)という箱庭のなかで育まれる少女同士の秘密の恋愛的な世界観が描かれていることが想像できます。わたしたちのしをん先生は、実に適切に、意図的にど真ん中な舞台を設定しています。

実際に、一章ではののとはなの出会いと、お互いがお互いの特別になるまで、そしてとある事件とすれ違いが濃密に描かれます。でもそれは、四章中一章まで。そう、ののはな通信は「百合っぽい雰囲気」な第一章でその幕を下ろさない。まだまだ物語は続く。執拗に追いかける。そして、逸脱して超越します。

想像してみて。ふたりが出会い、愛情を育んだ学び舎から卒業したあとのあの子たちのこと。
『乙女の港』も、主人公の三千子とお姉様である洋子の別離のシーンである卒業式をもって幕を閉じます。三千子ちゃんは、あのあとどうしたのかな。大人になっても、洋子お姉様のこと、ずっと好きだったのかな。
そう、卒業した後の彼女たちの物語は、読者の想像に委ねられていたし、むしろ想像すらしなくてもよかった。そこで確実に物語が終わるからこそ、読者であるわたしたちは美しく儚い物語に陶酔することができた。それだってひとつの物語の楽しみ方なのだから否定なんてしません。でも、そこに甘えてていいのかな?って、思うこともあるよね。そう、そっと鍵をかけたはずの箱の中から、あの子たちが出てきたら。そしてあなたに向かってきたら。その時、きっとわたしたちはわたしたちが百合として読もうとしていた物語とこの物語の差を明確に思い知らされるでしょう。

「こんな話と知っていたら読まなかった」というレビューも見かけました。さもありなん。むしろ、してやったりなのかもしれません。でも、「こんな話」だから読んでほしい。もはや気軽じゃないのかもしれないけど、でも。

拝啓、のの様、はな様。わたしたちは、あなたたちを決して百合として消費しません。あなたたちの関係性の強固さに誓って。


※『乙女の港』の舞台としての横浜については以下の記事もご覧になってね。

https://note.com/akaneiro_ovo/n/nf208896fd487

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