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ナミちゃんの迂闊

久しぶりにカッパの村に帰省して来た田郎が
なにやらブツブツ文句を言いながら頭の皿を撫でています。
「こんな皿があったんじゃイケメン台無しだぜまったく」
その身なりは、ちょっと稼ぎの良い若手社員といった様子。
ブランド物のスーツをピシリと着こなしています。
「なんだ、どうした」
「お前スーツ似合わねえなあ」
などと、仲間がわらわらと集まって来ました。

「どんなイケメンに化けてもよお、
 この皿があるんじゃモテやしねえよ」
確かに、顔はなんとかイケメンギリギリですが
頭のてっぺんの皿が隠しきれず、ピカピカの頭頂部を晒しています。

「そりゃしょうがねえべよ、皿がなければカッパじゃないもの」
仲間たちも似たような経験があるのであきらめ顔です。
「昔はよかったなあ。皆わざわざてっぺん剃ってたんべさ。
 サムライに化けても大名に化けても、そこそこ見栄えがついたんじゃろうし」
「だよなあ。なんで日本は西洋文化を取り入れちまったんだが」
「そうだそうだ!
 良いよなあちょんまげ。皆ツンツルテンなら楽なのによお」
皆、皿のツルツルを撫でながら
昔をしのんでちょっとしんみりしてしまいます。

カッパ達は、だんだん少なくなる自然の中で
人間に見つからないように隠れながらつましく生きてきたのですが
最近は開発の手が広がってしまい
普段から人間に化けていなければならなくなってきたのです。
そうするうちに、田郎のように
街でサラリーマンとして生きる道を選ぶカッパも出てきました。

でも、どんなにうまく化けても
命でもある皿まで無くすことはできません。
薄毛は遺伝と信じている人がまだまだ多いので
村の人間が全員ツルツルの理由はなんとなく誤魔化せていますが。

「女は良いよな、結構キレイめなカツラがあるじゃん」
「ウィッグだろ?こないだゲンちゃんとこの娘が買ってたぜ」
「見た見た!ほぼ金髪でよお、でもあの娘カワイイから似合ってたよな」
「どこがだよ、ただのコギャルだべありゃ」
「それが良いんでねえの」
「なんだお前ギャル好きだったのけ?今度T村のガールズバー行こうぜ。あそこギャル系なんださ」

わらわら、わらわら。
あちこちから仲間が出て来て
なんの話をしてるんだか分からなくなって来ました。
「田郎、お前もカツラにすりゃ良いでねえか」
一人が田郎に向かって言います。
最近では、より自然な形を求めて
高額なカツラを買うカッパも増えているのです。

「やだよ!ちげーんだよ俺の理想は!」
「何がだよ、髪があれば良いんだべ?カツラで良いじゃねえか」
「カツラは風で飛ぶだろうがよ!」
ああ…と一堂からため息が漏れます。
「俺は!カワイコちゃんと一戦交えた後に、一緒にシャワーも浴びたいし!
 カツラがずれるのを心配せずに枕に頭乗せて爆睡したいし!
 何より、風になびくサラサラヘアーを楽しみたいんだよ!」

田郎の心からの絶叫に、全員、沈黙してしまいました。
かなりの沈黙のあと、一人が苦々しく口を開きました。
「そりゃお前…無理だろうがよお…」
んだんだ、と全員が首を縦に振ります。
田郎もヘナヘナと座り込んでしまいました。
「無理だべなあ…」
思わず方言が出てしまうくらい、力が抜けてしまったようです。

そこへ、ゲンちゃんの娘が通りかかりました。
この前は金髪だったカツラが、真っ黒なストレートヘアに変わっています。
「よお、ナミちゃんカツラ買い換えたんか」
一人のカッパが声をかけました。
ナミちゃんと呼ばれた娘は
待ってましたとばかりに得意げな顔で振り向きます。
「カツラじゃないんだもーん」

へ?と皆の注目がナミちゃんに集まります。
「カツラじゃないって、おめ、んじゃそれ何よ」
「何だと思う〜?」
ニヤニヤ笑うナミちゃんに、気の短い男たちは軽くイラっと来たようです。
「もったいぶんな!何だっつって聞いてんだべ」
もう少し思わせぶりに引き伸ばしたかったナミちゃんの顔が
途端にプッとふくれます。

「植毛だべよ」

方言に戻って一言答えると、さっさと行ってしまいました。
「しょくもう…?何だべそりゃ」
「あ、俺この前拾った雑誌で見たぞ!毛を頭に植えるんだで」
「植えるって…何だよ、頭に毛を刺すのかよ」
「違うべ。髪の毛の根元に、他の髪を結びつけて増やすんだとよ」
「でもそりゃあ髪がないとできないんだべ?」
「そうだなあ」
「おかしいなあ」

結局、皆そんなに本気でこの話題に取り組んでいないので
三三五五、散って帰って行ってしまいました。
取り残された田郎だけがナミちゃんのツヤツヤヘアーを忘れられず
ゲンちゃんの家を訪ねます。

「ナミちゃんいるけ?」
「はーい。田郎のおじちゃん?どうしたの?」
ギャルにかぶれたナミちゃんは、普段は方言を使いません。
「さっき言ってたしょくもうっての、あれ何だべ」
ナミちゃんはまた得意げな顔になって、ふふんと笑いました。
「髪の毛、引っ張ってみて」
ロングヘアーをひと束、田郎に握らせます。
田郎はぐいと引っ張りました。ナミちゃんの首ががくんと曲がります。
「痛い!強すぎるよおじちゃん!」
「え?何で脱げねえの?」
思わずツンツンと繰り返し引っ張ってしまいます。
「カツラじゃないの!もう、やめてよ!」
「ええー?」
「植毛って言ったでしょ!植え付けてるんだから取れないのよ」
「えええ〜?!」
ほら、と差し出された髪をかき分けて根元を覗き込むと
まるでそこからちゃんと生えているように髪がくっついています。
「何だべこれ!どうやってんだ?!」
「最新技術なんだって。透明な接着シートに髪が貼ってあって、シートごと皮膚に貼るだけで良いの」
ナミちゃんは、乱れた髪をさらりとかき上げて整えます。
ああ、田郎が憧れていた風になびくサラサラヘアー…!

「それだ!!」
田郎は叫ぶなり、走り出しました。
もっと自慢したかったナミちゃんが後ろで何か言ってますが
田郎の耳にはもう届きませんでした。

一ヶ月後、再び帰省して来た田郎の頭には
川に飛び込んでも雨に打たれてもズレない、取れない髪が
フサフサと生えていました。

「何だ田郎!そりゃなんだ!」
「人間の頭でも植えたんか!」
村は大騒ぎです。
「植毛よ」
ナミちゃんに負けない得意顔で田郎が髪を見せびらかします。
詳しい説明を聞いた一面は、驚きで目を白黒させながら代わる代わる田郎の新しく生えた髪の毛をかき分けて見ています。
「今はこげなこともできるんかい!」
「おうよ。良い時代になったもんだよなあ」

田郎の心の叫びを「無理だろ」の一言で終わらせた面々の目の色が変わりました。
「どこだ!どこでやって来た!」
「俺にも教えろや!」
大騒ぎです。

それから半年後。

全員の頭に毛が生え揃ってしまいました。
カッパ村の商店の売れ行きナンバーワンが
キュウリから良い香りのシャンプー&トリートメントセットに取って代わられたのは言うまでもありません。

「せやけ言ったろうが、他の奴らに迂闊に言っちゃならんて」
ゲンちゃんが娘をたしなめます。
「だって…」
ナミちゃんは俯いてしまいました。
「これじゃ俺ら、カッパとはもう言えないべ。
 カッパ村ぁこれで全滅じゃわい」

しかし娘をたしなめるゲンちゃんの頭にも
皆の倍は植えたかと思われるフッサフサの黒髪が
風にそよいでいたのでした。


おしまい。

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