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短編「制服的フォーシーズン」

とある高校事務員の日常


■プロローグ1■
キンコーンカーンコーン
昔ながらのベルが鳴る。
広いキャンパスは緑に囲まれている。校舎は商業科と工業科と二つに分かれている。
その校舎を木々が揺れる小路がつなぐ。
最短徒歩五分のちょっとした散歩道だか、職務で行き来するには、夏は暑く冬は凍える。雨の日はもっと辛い。最短五分ではあるが、商業棟の職員室から工業棟の職員室までにある階段、玄関、実習棟、早足で通り抜けても実際は10分くらいか。
里山ともいえる植生。それもそのはず、いわゆる小さな里山を切り開いて建てられた。春はウグイスに癒され、夏は蝉の合唱にイラつく。手付かずの自然が、建物から数メートルの距離でぐるりと校舎を取り囲み藤やへびいちご、山ゆりが自然に茂る。
この学校では寝坊や怠惰が原因の遅刻者なんてまず、いない。いたら、生徒指導担当教師に、こっぴどく叱られる。
ここの現在の生徒指導教師は、ありえないほど、吼えるのだ。

私、森乃いずみ二十四才は、麗しい名前の割には地味な人生を送っている。公立高校をでてから、とりあえずの四大出。猫を被って公務員に合格。これで運を使い果たした感あり。
教師にならなかったのは、そういう選択肢をえらばなかったから。大学に入った私は、もう、これ以上余分な勉強はしたくはなかった。公務員(就職)試験が、私の最後の試験。
それに私は子どもが苦手です。
今は、高校の事務員。市役所職員の異動先に高校の事務室があることすら、知らない人がいるかもしれない。でも、あるんです。市が運営する高校がある場合には。
とはいえ、学校は「教師」と「生徒」が主役。
小学校も、中学校も、高校も、大学にも、事務員はちゃんといるけど、それほど認識されていない。授業料を滞納したことがある親なら別だが。先生が生徒の授業料を数えたり、卒業証明書を発行したり、学割を書いていたら、教師という仕事ができなくなってしまう。各種証明書は、事務が作成し、幹部教員の決済をうける。用意するのは事務、許可するのは先生。決済が終わったあと、発行するのは事務。そんな感じ。
先生も正職員と常勤講師、非常勤講師がいて、部活指導者という人もいて、それらの給与計算も必要だしとにかく学校には雑用が多い。
事務員としての本来の仕事+先生の個人的な用事、例えば宅配を受け取ったり、なかには、代引き荷物の立替なんてこともアリ。
事務職、事務官はかなり日陰の存在で、まさしく、縁の下のほどほどの力持ち。

近頃は、田舎のお役所の事務員になるのさえ、とりあえず四大卒じゃないと試験が受けられない。
警察や消防・自衛官は高卒枠の求人もあるけど、ここの市役所は大卒が基本。三十年程前には、『お役人さん』って地味で不人気職種のトップ三に入っていたのに。今じゃ安定の花形職です。なにしろ解散・廃業のリスクがないので。
もちろん町が破綻することはあるけれど。とにかく、私の世代は、親がお金や仕事に困った人が多いから正社員正職員、公務員にはあこがれる。
だから、公務員の内定をもらったときには心底安堵した。
なんとか生きていける。もし、結婚しなくても、大丈夫、と。

4大卒の若手の私が、なぜ本庁ではなく、出先機関の高校にいるのかって?
最初に配属された市民相手の窓口で、苦情民に口答えをし、市長にクレームのお手紙が。異動した先がこの市立高校です。(苦情民に感謝)
まさか、学生時代は大の職員室嫌いの私が、職員室脇の事務室で務めるとはね。思いのほか、楽チンなのよ、ここが!
時間帯によっては戦争のような殺気のある市民課の窓口よりも、一日を通してホンワカしてて、うれしいの。
同じ公務員でも、図書館や、ここのような出張所は、時間の流れがちょっと違う。それに、私が一番気に入っているのは、男性教師が多いこと!二十四歳独身女としては、ちょっとおいしい職場です。


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