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12月4日に僕が決めたこと。

今朝、お母さんとケンカをした。寝坊して朝ごはんを食べずに学校へ行こうとしたら「だから言ったのに」などという。
なんだよそれ。知らないし。
僕は1秒でも長く寝ていたかっただけだ。

ぎりぎりまで言い争いをして家を飛び出した。
ちくしょー。ちくしょー。
嫌な朝だ。

チャイムと同時に教室に滑り込む。
「ギリギリセーフ!」
振り向くと、よっちゃんがニッと笑っているのが見えた。

◇◆

僕にはお父さんはいない。
お母さんは昼間にお弁当屋さんで働いている。
夕方から夜までは居酒屋で働いている。
お父さんのことはとても好きだったけれど、事情があって結婚はしなかったそうだ。
それ以上のことは知らない。

だから何?って感じだ。
今どき、母子家庭なんて珍しくもない。
クラスにはほかにも3人くらいいる。
残念ながら、特別感はない。
だから他の家をうらやましいと思ったことは一度もない。

ただ。

夜、家に帰ってきて
「ただいま〜」と笑うお母さんは
とてもくたびれている。
その顔を見ると胸がぎゅっとなる。

この間、サンタがいると話す女子がいてドン引きした。
いるわけないじゃん。
なのに、毎年僕の家にはクリスマスにサンタからプレゼントがやってくる。
去年の枕元には、小さな水槽にカメが1匹入っていた。
なんで生き物なんだよ。わけがわからない。

サンタなんていない。
だからお母さんしかいない。
僕は思う。
だからお母さんにサンタは来ないんだな。

ポケットの中の小さな箱をそっと掴む。
カラカラと音がする。

昨日完成させたばかりの小さな指輪だ。
よっちゃんの家に遊びに行った時、よっちゃんのお母さんがビーズ細工をしていて誘われた。少しやってみたら、けっこう楽しくてハマった。
「圭くんは器用だねぇ。ちょっと持っていったら?」
そういってよっちゃんのお母さんがビーズとワイヤーを少し分けてくれた。

僕はその日の夜、ぐーすかと眠っているお母さんの左の薬指に慎重に糸を巻いていた。
サイズを測るためだ。

お母さんのふっくらとした手のひら。
太くて短い指のひとつひとつ。
暗闇の中、起こさないようにゆっくりと。
窓の外で光る青いネオンに照らされたお母さんの顔を見ながら、僕はまた布団に入った。

 ◇◆

実はさ、
今日、12月4日はお母さんの誕生日なんだ。
だからこの水色の指輪はきょう渡しちゃおうか、なんて少し思ってたんだけど。
今朝のケンカで決めた。
やっぱり、やめよう。
今日はお母さんの好きなモンブランを買って、昨日から仕込んでいる焼肉を冷蔵庫から出して、ホットプレートを用意しておくことにする。
去年みたいに。

そして「朝はごめん」って謝ろう。
それでお誕生日のお祝いをちゃんとやろう。
危ない、ついブレるところだった。

だってさ、
今年はお母さんにサンタが来る年にする。
それが僕の本当にしたかったことだったんだから。
それで決まりだ。
ああ、早く帰りたい。
掃除もしたいし、ケーキだって買いに行きたい。
落ち着け、オレ。
ポケットに手を入れて、そっと箱にふれた。

たぶん今年、僕にはサンタが来るだろう。
朝、枕元にはプレゼントが置いてあるだろう。
生き物じゃなかったらいいな。

そして僕は今年、サンタになるんだ。

ワクワクする。

1時間目が終わるチャイムが鳴った。
きょうは長い1日になりそうだ。


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