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つれづれ雑記*バレンタイン狂想曲、の話*

 明日はバレンタインデー。
 1年でチョコレートが最も売れる日。
 ある製菓メーカーでは、1年の売上げの大半をこの時期で稼ぐ、とも聞く。

 この国民的行事(?)は時代と共にどんどん様変わりして、本命チョコ、義理チョコ、果ては友チョコ、自分へのご褒美チョコ、などいろんなチョコレートがあるようだ。

 バレンタインデーといえば思い出すことがある。
 念のため言っておくが、まったくロマンチックなお話ではない。そして、世の中の状況が今とはずいぶん違っていたこともご承知いただきたい。

 まず1つ目は、もう20年以上も前のこと。
 
 我が家の長女が幼稚園年長さんの2月。
 園から帰ってきた長女が、いきなりとんでもないことを言い出した。
「明日、チョコチップクッキー、持っていくねん」
 はい? 私には何のことだかわからない。
 
 その頃、我が家では型抜きクッキーを作るのがブームだった。
 義母が持っていたお菓子作りの本に載っていたかんたんなレシピで、生地を捏ねたり伸ばして型を抜いたり卵液を塗ったり、子どもでもできるところがたくさんあって、お遊戯感覚でたびたび作っていた。

 その日、園で同じ組の子どもたち数人とバレンタインデーの話で盛り上がっていたとき(そもそも幼稚園児がバレンタインデーを知ってるのに驚いた)、長女が自慢げに「ウチはチョコチップクッキー焼くねん」と語ったらしい。
 そうすると、ちょっとヤンチャなT君という男の子が「欲しい、欲しい」と言ってきたそうだ。
 そこからどんな話になったのかはわからないが、いつのまにか明日チョコチップクッキーを焼いて持っていく、という話になった、という。
 いやいや、なんでそうなるん?
 だいたい、バレンタインデーにクッキー焼く、なんて言ってたかな?
 確かに、チョコレートは難しいからチョコチップクッキーにして、バレンタインデーにおじいちゃんおばあちゃんやお父さんにあげたら喜ぶやろねー、とか話していたような気はするが。
 
 さて、明日のことである。そんなのダメ、と言ってしまってもよかったのかもしれない。約束破りと言われて気まずい思いをしたとしても勝手に約束したのは長女なのだし、幼稚園にお菓子(しかも手作り)なんて持っていくのはさすがにまずいだろうし。
 でも、その頃の私は若かった。おまけに相当な親バカだったのだろう。迷った末に、園に電話して担任のなっちゃん先生(若い可愛い先生で、我が家では密かにそう呼んでいた)にコトの次第を説明して相談した。
「T君だけに持っていくわけにはいかないのでクラスの子全員の分を作るとしても、園に手作りお菓子なんて持っていったらやっぱりダメですよね」

 なっちゃん先生は、コトの起こりがT君だと知ると電話の向こうで苦笑しているようだった。T君、決して悪い子ではないのだが、なかなかのトラブルメーカーさん、だったのだ。
 しばらく考えてから、
「大丈夫だと思います。お弁当の後で(他のクラスには)内緒で皆で食べちゃえば」と言った。
 今から思えば、かなりの英断だ。なっちゃん先生、このとき弱冠二十歳と少し。度胸があるというか無謀というか。
「でも、クラス全員分のクッキー焼くの、大変じゃありませんか」
 そう聞かれても、ここまでくればできませんとは言えない。
「まあ、大きなハート型で抜いて1人1枚とすれば、30枚ほどですし」
 クッキーは小麦粉と砂糖、マーガリン、卵、それとチョコチップしか使っていないが、アレルギーのある子がいないか、ということは確認した。
「それは大丈夫です」
 これで後には引けなくなった。
 時計を見るともう4時を過ぎている。
 
 それから、乳幼児だった次女をベビーカーに乗せてスーパーに買い物に行き材料を調達、急いで帰宅して長女と一緒にチョコチップクッキーを焼いた。天板4回ぶん。
 それから洗濯物を入れて畳み、次女をおんぶしてバタバタで夕食を作った、はずだが詳しいことはもう覚えていない。
 翌日、お迎えの園バスの添乗は運良く(ひょっとしたらそこは上手く操作したのかも)なっちゃん先生だった。箱に詰めたクッキーを「よろしくお願いします」と渡すと、先生は「ありがとうございます。お疲れ様でした」と笑っていた。

 後で長女や先生から聞いたが、ハート型のチョコチップクッキーはお弁当の後でなっちゃん先生からひとり1枚ずつ配られ、みんなでその場で食べたそうだ。至極好評を博したとのこと。
 
 今から思うと、それぞれのお子さんの親御さんには事後承諾で、一般家庭の手作りお菓子を園で食べさせるなんてちょっと(いや、かなり)とんでもない話だった。思い出すと冷や汗が出る。

 それから数年が過ぎ、我が家の娘たちは小学生や中学生になった。
 世の中は、いや、もしかしたら我が家の近隣だけかもしれないが、空前の友チョコブームになっていた。男女関係なく、友達同士でチョコレートやお菓子を交換する。しかも主流は手作り。

 小学生のうちは行動範囲も狭い。学校にお菓子を持ってくるのは禁止だったこともあって、近所の友達と家で作ったクッキーや焼き菓子をちょっと交換するくらいの、まだ可愛いものだった。

 長女が中学生になり、部活に入ると一気に友チョコ交換相手が増えた。小学生の高学年になった次女も友チョコを作ると言い出した。
 そしてこの頃から数年間、毎年2月の第2土曜か日曜、もしくは建国記念の日は大量のチョコチップクッキーやチョコレートブラウニー(天板で大きく焼いて切り分ける焼き菓子)を焼くためにほぼ1日を費やすことになった。もちろん、メインで作るのは彼女たちだが、大量に出る洗い物、計量、粉ふるい等の下準備、ラッピングその他の雑用は私にも回ってくる。
 そして、このクッキーデーは台所が丸1日完全占拠されていて使えないので、お昼ご飯はカップ麺、夜は簡単炊き込みご飯、になることが恒例だった。

 当時のメモ書きがレシピ本に残っていて、1番多かったときでは小麦粉を900g以上も使っている。さらに、卵9個、製菓用マーガリン600g、砂糖400g。
 
 ……いったい、何をどのくらい焼いたのか。
 まるで覚えていないが、終日家の中に漂う甘い香りと食卓の上にズラリと並んだクッキーやブラウニーの山、山、また山、の光景は何となく記憶している。

 バレンタインデー当日、きれいに個別ラッピングされたクッキーやブラウニーを持って登校した娘たちは、交換でもらった大量のお菓子と共に嬉々として帰宅した。戦利品を食卓にずらりと並べ、あれこれ品評しながら早速食べている。
 よかったね。
 でも、私の分はないのよね。まあ、当たり前なんだけど。
 
 そんな私を可哀想に思ったのか、娘らが「これ、たくさんあるからあげる」と、貰い物の手作りのクッキーや焼き菓子を少し分けてくれた。
 どれもなかなかに美味しかった。
 ここの家でも、きっとお母さんは大変だったろうな、と感慨に浸った。

 手作りのお菓子を学校へ持っていって、クラスや部活で交換するなんて、今ではちょっと考えられないだろう。
 
 いろんなことがテキトーで、大らかだった古き良き(?)時代のお話。

 それでは皆々さま

 Happy Valentine's day!

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#我が家のも美味しいよ