怪談ジゴロ

誰かが怪異に襲われた時、その男は現れる。
その名はカズマ。都市伝説を口説く男。

第9話 肩たたきババア

 わたしが日直のときに限って、先生は用事を言いつける。
 わたしが優等生で、何を言われてもニコニコ笑って受け入れるからなんだろうけど、別にわたしは良い子なんかじゃあない。そのほうがトラブルが少ないだろうと、計算しているだけだ。

「ありがとう。笹野のおかげで早く済んだよ」
「いえ。それじゃあお先に失礼します。先生さようなら」

 社会科資料室の整理には思ったより時間が掛かった。そりゃあ、先生の思っていたより早く済んだかもしれないけど、わたしの下校時間はずいぶん遅れてしまった。
 校内にはもう生徒の姿はない。下駄箱で靴をはき替えると、わたしは夕陽の照らす校舎の外へと踏み出した。

 校庭に長い影が差す。
 広いグラウンドにひとりきりだと、みゆきちに聞かされた怖い話を思い出してしまう。

 肩たたきババア。

 最近このあたりであった人がいるらしい。
 ちょうど今みたいにひとりきりでいると、後ろから肩を叩くのだという。
 左に振り向けば誰もいないのだけれど、右に振り向くと、怖い顔のお婆さんがハサミを持って立っているのだと。

『それで、どうなっちゃうの?』
『さあ? ハサミ持ってるんだから、襲われるんじゃない。こう、チョキチョキっと!』

 因縁話もなければ、場所や時間の条件もない。拍子抜けするほど単純なお話だけど、そのぶん、どこにでも現れうるから、ふと思い出すと妙に怖くなったりもする。
 それに、ひとつ厄介なのは――

 ぽんぽんと、不意に左の肩を叩かれた。

 みゆきちが待っていてくれたんだろうか?
 いや、待っているなら下駄箱か校門のところだろう。
 なにより、まるで人の気配はしなかった。

 ゆっくりと左肩ごしに振り向くと、白髪の老婆がらんらんと目を光らせていた。

『なっちょんが塾で聞いた話だと、叩かれたほうに振り向くと出るんだって!』
『え? じゃあ、左肩叩かれたら終わりじゃない?』

 そっちかー!?

「おぶってけれ」

 立ちすくむわたしに、白髪の老婆はおんぶをせがむ。
 老人ホームから抜け出してきたような、よぼよぼのお婆ちゃんだ。ひょっとしたら、腰で組んだ手にハサミを隠し持っているのかもしれないけど、言うことを聞けば手荒なことはしないだろう。

 校庭10週。
 猛暑の中、校舎のまわりを40周走らされて倒れた人のニュースを見たことがある。
 小学生のわたしに、この老婆をおんぶして歩きとおすことが出来るだろうか?

「母さんが~~夜なべ~をして~♪ ッセイ!! カズマです!! フゥ~~ワッ!!」

 諦めてしぶしぶ背を向け、しゃがみ込もうとしていたわたしの前に、校門から走ってきたらしいジャケットに濃いサングラスの男の人が、土煙をあげながら滑り込んできた。

「!? だ、誰ですか!??」
「ご指名ありがとうございます、カズマですッ!」

 カズマと名のった男の人は、胸ポケットから取り出した櫛で、急停止で乱れたリーゼントを直しながら繰り返した。

「グラン~マッ! カズマの背中、空いてますよ!?」

 わたしの横に並ぶようにひざまずき、老婆にウィンクして見せる。
 頬を染め、もじもじと迷ったふうを見せながらも、肩たたきババアはカズマさんの背中に身を預けた。

「えっ……そっちでいいの?」
「オウケイ! サンセットクルーズ出航しまァ~~すッ!! フッフー!!」

 老婆を背に、猛烈な勢いで走り出すカズマさん。
 歓声をあげながら走るカズマさんに背負われ、肩たたきババアはタイタニックのケイト・ウィンスレットっぽく両手を広げ、うっとりとした表情を浮かべている。

 これからは、嫌なことはちゃんとことわろう。
 たそがれの中、2周目までその様子を眺めていたわたしは、今日の夕飯のことを考えながらグランドを後にした。

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