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「変えたほうがいいよ」(小説)

 お盆になって帰省したはよかったが、実家に帰っても特にやることがなく、朝から途方に暮れていたところ、携帯端末に連絡が来た。
 『もしかして地元いる?会わない?』
 小学校の同級生の村上だった。
 俺はその連絡を受けてすぐに快諾し、夜に村上と食事に行く約束を取り付けた。

 「正直、助かったよ。実家に帰ってきてもやることってないのな?実は俺、就職してから実家には寄り付かなくてさ。もう、三年帰ってなくて、それでも、今年は親が『顔見せろ』ってうるさくてっさ」
 俺は旧友との再会に高揚し饒舌になっていた。目の前の村上が俺の話に頷きながら注文したハンバーグセットのハンバーグを口に運ぶ。久しぶりに会ったけど、こいつ変わってねえな、と思った。
 俺たちは地元から少し離れた繁華街にあるファミレスで落ち合った。長年会ってなかった同級生から連絡が来たら、警戒心が募るものだが、村上だから大丈夫だ、という根拠のない自信があった。
 そして、その自信は確信に変わった。目の前の村上はうまく言えないけど、村上のままで、それが俺を嬉しい気持ちにさせた。
 「で、村上はどんなかんじ?」
 俺は自分ばかり喋りすぎていたことに気が付いて村上に話を振る。自分のステーキセットの鉄板から上がっていた煙の勢いが収まっていた。
 「僕は最近、上手くいってないんだ」
 ハンバーグを美味しそうな表情で食べている村上からは、似つかわしくない言葉が出てきて俺は驚く。
 「”上手くいってない”って何が?」
 「何かさ、どう言語化すればいいのかわからないんだけど、職場の人の数人が揚げ足取りをしてくるというか‥」
 この手の悩みは同僚と飲みに行った時によく話題に挙がった。俺にもそういった悩みが少なからずあったし、同僚の話を聞くと同情するべき事案もあった。しかし、その多くの相談は”感情に寄り添ってほしい”という人間特有の面倒臭さを感じさせるものが多かった。
 しかし、目の前の村上からは、卑近な言い方をすれば、去年まで付き合ってた彼女のような『どうして私のことわかってくれないの!感』みたいなものは感じなかった。
 「村上はそいつらのことムカつかないの?」
 「いや、ムカつくよ。『いちいちうるさいなー』ってかんじで。でも、それよりも『何で自分が目の敵にされるんだ?』っていう理不尽感の方が強いかな」
 村上はハンバーグとライスを交互に口に運びながら、あっけらかんとした様子だった。
 「お前さあ。もしかして、職場でもそんなかんじ?」
 「”そんなかんじ”って?」
 「いや、意地悪されてもどこ吹く風っていうか。周りの人間に対して『この人たちは何でこんなことをするんだろう?』って」
 村上は口の中のものを飲み込むと、俺の言葉に頷いた。
 「よくわかるね!そうそう、そうなんだよ!僕なんか叩いたって何も得しないのに、何でだろうって不思議でさ」
 俺はその言葉を聞いて、村上らしいなって思った。
 「村上、多分それだわ。お前が周りから攻撃の対象になってんの」
 「どういうこと?」
 「みんな、お前にビビってんだよ」
 村上は俺の言葉に、ぽかん、としたあと、人の良さそうな表情で俺に反論してくる。
 「いやいやいや!僕だよ?別に見た目も普通だし、学生時代にワルさとかしてないし、別に怖い要素なんてないでしょ?」
 「村上さ、お前もしかして、転職とか考えてない?」
 村上は驚いた後、グラスの水を飲み干す。
 「何でわかるの?正確にはまだいろいろ業界のこと調べてるところなんだけど」
 「他には?」
 「他って?」
 「打ち込んでることとか、頑張ってることとか」
 「時間がある時は勉強してるよ。資格も欲しいし、あとは読書も勉強になる」
 何でもない風に話す村上に、俺は呆れる。
 「そういうとこだよ。村上のそういう無意識に努力できる姿勢っていうか。それって、俺みたいにお前のこと認められる奴じゃないと、鼻について攻撃の対象になっちゃうんだよ」
 俺の言葉に村上は訝しげな表情になる。
 「何で?僕が勉強するのも努力するのも、自分のためだよ」
 「どうしようもない人間たちはそうは思わない。差し詰め、お前を見てたら『自分が努力してないみたいじゃないか!』って変な言い掛かりつけてくんだよ。そういう奴らが何をするか知ってるか?」
 「揚げ足取りをはじめるってこと?」
 「そう。お前のミスをでっち上げたり、上からものを言うことで、その場だけでも『自分の方が上だ!』ってなりたいんだよ。もしくは、低いレベルの位置まで、足を引っ張って、引きずり込もうとする。そんなことしたって、そいつらは何も行動してないし何の成長もしてないから何の進歩もしてないのに。人の足引っ張りに邁進する」
 だからさ、と俺は言葉を切ったところで気がついた。ああ、せっかく久しぶりに再会したのに、俺も説教じみたこと言っちゃってるなって。でも、村上の良さを知ってる俺からすると、こいつを攻撃することで自分の不甲斐なさを慰めようとする人間の残念さには、物申したい気持ちがわいてしまった。
 それを村上にきちんと伝えておきたくて。
 「村上さ、お前はそのままでいいよ。でも、そんな職場は変えたほうがいいよ」
 俺の言葉に、村上は「‥なるほど。すごい勉強になったよ」と学生時代にツルんでいた時のように飄々と応えるのだった。
 お盆に地元に帰ってきて、村上に会って「お互い大人になったな」と感慨深さを覚えた。


終わり。

あとがき。
社会に出たときに感じたことをカタチにしたくて書いてみました。
”本当に嫌な人”って本当にいるんだよなあって、時々残念な気持ちになります。
この物語のように味方がいてくれたら随分心持ちは変わってくるんですけどね。
 
 
 
  

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