見出し画像

青春小説「STAR LIGHT DASH!!」9-3

インデックスページ
連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

PREV STORY
第9レース 第2組 夏に吹く春風

第9レース 第3組 あたしの番犬くん

  シュン【わりぃ、変なことに巻き込んで】
  邑香【別に。部長にはお世話になったし】

 そっと。さりげない返しのつもりで返したメッセージ。
 邑香は長い睫毛を伏せて息を吐く。
 彼からのメッセージに撫でるように触れ、内からあふれてくる暖かいものに口元がほころんだ。
 我に返ってすぐに頬に触れて、表情を無に戻す。
 彼を気に掛けないなんて、土台無理な話だ。

:::::::::::::::::::

 数時間前。
 俊平と一緒に帰ってきた妹を見て、姉・瑚花は意外そうな顔をした。
 それはそうだ。別れたと話したのは二週間前のこと。
 もう、セットで見ることなんてないと思っていたろうことは、考えなくても分かる。
 瑚花が嬉しそうに笑って、俊平を見上げる。
「えー。どしたのー? 仲直りしたの?」
「え、いや。そこで会って、重そうだったから手伝ってるだけです」
 俊平が瑚花の様子に戸惑ったような表情でそう返した。
 別れを切り出したのは自分だし、俊平は「別れたくない」と最後まで粘ってくれた。だから、このリアクションは当然だ。
 自分でも、どうしてあの言葉が出たんだろうと思わずにいられない。
 家庭科室で2人が話しているのを見てから、自分の中には存在しないと思っていた感情が、自分自身を急き立ててくる。こればかりは、自分でもよく分からない。
「あれー? そんな重くなりそうなもの頼んだっけ?」
「……安かったからいくつかついでに買っちゃった」
「ああ……自分で持てる重さを考慮に入れてね」
「うん」
 瑚花の言葉を素直に受け入れて頷く。瑚花がすぐに俊平を店の奥に誘導した。
「とりあえず、こっちに置いてくれる?」
「うす」
 自分は重くてしんどかったのに、彼は軽々持ち上げて中に入って行ってしまう。
 こちらで持っている軽いものはお店用の買い出しではなかったので、裏に回って、玄関に置いた。
 おばあちゃんに声を掛けて荷物を台所に持って行ってもらってから、邑香は店先に戻った。
 瑚花がまだ俊平を引き留めてくれていた。
「世界陸上すごかったよね」
「今年も熱かったー!」
「ふふ……なんだかんだ、陸上気にして見るようになっちゃったもんなぁ」
 瑚花がやんわり微笑んでそう返しているところに、そっと戻る。
 俊平がチラリとこちらを見た後、困ったように首を掻いて空を見上げた。
「オレ、そろそろ帰ります」
「……? お姉ちゃんに話はできたの?」
 素朴な疑問を口にすると、俊平が更に困ったように目を泳がせた。
 シー、とこちらに向かってジェスチャーしてくる。
 邑香はその仕草にキュンとしながら、くすりと笑って、姉を見た。
「話あるみたいだったから連れてきたんだけど」
 邑香の言葉に、視界の端で俊平がそわっと体を動かした。
「え? あたしに? 邑香に、の間違いじゃなくて?」
 瑚花が怪訝な表情をした。先に邑香に視線を向け、その後、俊平に視線を向ける。
 俊平は少し悩ましそうに眉根を寄せていたものの、言わないと帰れない呪いでもかかっているのか、意を決したように口を開いた。
「えっと……今度の秋祭りの日、ご予定はいかがでしょうか?」
 苦虫でも噛んだような顔で、一生懸命絞り出されたその言葉に、邑香は目を丸くした。
 瑚花が2人の様子を窺ってから、少し怒ったような笑顔を浮かべた。
「……誘う相手間違ってない……?」
「ひっ……いやそのあの……オレ、頼まれて……」
 彼は姉のこの表情が中学の頃から苦手なのだけれど、それにしても、今回はビビりすぎではないだろうか。
 ガタイは大きいのに、俊平はビビったように縮こまってしまっている。大型犬が雷の日に大人しくなるそれに似ていた。
 姉は150センチないのに。20センチ以上大きい相手をここまでビビらせてしまう圧を持っている。妹には砂糖菓子よりも甘いのに。
 邑香はおかしくなって、クスッと笑ってしまった。
「志筑部長に頼まれたの?」
 優しく助け船を出すと、ようやく姉の怒りオーラが消えた。
「志筑くん……? なんで、志筑くん?」
「今日髪切りに、ぶちょーの家に行ったらちょうど帰ってきてて」
「へぇ」
「瑚花さん、死ぬほど興味ないっすね……」
「え、あ、いや、死ぬほど、ではないけど……」
 興味はないんだろうな。
「それで、秋祭りに、瑚花さんと行きたいそうです」
 俊平の言葉の意味を上手く咀嚼できなかったのか、瑚花がカチンと固まった。
 視線を伏せ、うーんと唸り声を上げる。
 ゆっくり俊平のお腹に触れたかと思ったら、力強くひっかくように掴んだ。
「痛い痛い痛い……! 瑚花さん、暴力反対!!!」
「夢ではないか」
「自分で試して! オレ、脂肪ほとんどないからすっげー痛いっすよ、それ! やめて!!」
 相当痛かったのか、俊平が懇願するように叫んだ。
 邑香が堪えきれずに笑うと、俊平が今度はこっちに言ってくる。
「笑い事じゃねーから! 痛いんだって!」
 あまりに切実な眼差しだったので、邑香が瑚花の手に触れて引き剥がす。
 瑚花は面倒くさそうに表情を歪ませていた。
「……えー、志筑くんかぁ……」
「嫌なら嫌って言ってくれていいんで。そのまま伝えますから」
「嫌ではないんだけど」
 興味がないんだろうな。
 姉の返しに、邑香は苦笑を漏らすしかなかった。
「邑香はどうしてほしい?」
 なぜか、こちらに尋ねてくる。邑香は戸惑って視線を彷徨わせるしかなかった。
 横髪を耳に掛け直してから、ゆったりと口を開く。
「部長にはお世話になったから……デートくらいはしてあげてもいいんじゃないかな……」
「デート」
「あ、い、一緒に遊ぶくらいならしてあげてもいいんじゃない?」
「…………」
 姉の浮いた話はこれまで一度も聞いたことがなかった。告白を断ったという話すら……。
 たぶん、機転の利く人なので、そういった類のものを綺麗にかわして生きてきている。
「これで断ったら、シュンくんが志筑くんに恨まれるんじゃないの? そういうところが姑息で嫌だな」
「え……? いや別に、ぶちょーはそれでダメなら退くと思いますよ」
「遊ぶのは別に構わないよ。人となりも知ってるし、悪いやつじゃないのもよく分かってるし」
「え、じゃあ」
「ただ……」
「ただ?」
「何かあったらやだから、番犬としてついてきて。キミが」
「ばんけん」
 瑚花の言葉に、俊平が処理できない単語だったかのように声を発した。
「それが条件」
 俊平が戸惑うように口をキュッと動かした。チラリとこちらを見てくる。
 さすがにこれ以上の助け船は難しそうだ。
 ぐぬぬ、と悩ましげな表情の後、俊平ははーとため息を吐いた。
「わかりました……」
 萎れたようなその声には、さすがに同情を禁じ得なかった。

:::::::::::::::::::

 遅い夕飯を食べた後、姉が邑香の部屋にやってきた。
 今日消化予定の夏休みの宿題を片付けているところだったが、気配がしたので、ペンを持つ手を止めた。
 姉が背中合わせの状態でゆっくり座ったようだった。背中があったかい。
「ふつーに話せてんじゃん」
 そんなに会話はかわしていなかったと思うけど。
「ああいう、視線でツーカーです、みたいなところ見せられちゃうと、なんで別れたのか、余計わかんなくなるんだけど」
「……友達の時期が長かったし」
「そういうもんなのかな。はー、志筑くんかぁ」
「良い人だよ」
「知ってるよ? おまけに、俊平バカ」
 言い方がおかしくて、邑香はふふと笑った。
「クラスずっと一緒だったし、別に嫌ではないんだけど……彼、シュンくんの話しか、あたしにしてきてないわけよ」
「そんなに……?」
「1年の時は少し雑談してた気がするけど」
「……うん。そっか。じゃ、良い機会なんじゃない?」
「何が?」
「よく知らないなら、知れる良い機会なんじゃないかなって思っただけ」
 真面目に返すと、瑚花が納得して頷いたのか、背中が軽く振動した。
「お姉ちゃん、ずっと、あたしのことばっかりだったしさ」
「……邑香はすぐそれだ」
「もう、あたしは大丈夫だから」
「まだ分からないでしょ。たまに大崩れするんだから。あたしが上京する前だって……」
「大丈夫にならないと」
「え?」
「そうじゃないと、これから先も、いろんな人の時間を奪うことになるから」
「邑香……」
 邑香の言葉に納得できなかったのか、瑚花がそっと背中を離した。
 首だけ回してそちらを見ると、瑚花が優しく抱き締めてくれる。
「なんで、そういうこと言うかなぁ」
「だって……」
「あたしの可愛い妹。あたしの半身。ずっとそう思って生きてきてるあたしに対して、それは侮辱だよ」
「ごめん」
「とにかく、邑香の頼みだから、シュンくんの頼みは聞き入れる。秋祭りにも行く。ただ、その先はあたしの好きにするから」
「……うん」
 優しく後頭部を撫でてくれる姉の手が、ただくすぐったくて、邑香はぼんやりと目を細めた。

NEXT STORY
第9レース 第4レース 解けない呪い

感想等お聞かせいただけたら嬉しいです。
↓ 読んだよの足跡残しにもご活用ください。 ↓ 
WEB拍手
感想用メールフォーム

もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)