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3歳になった娘に、風邪薬と明言して渡した話 -後編-

鼻風邪を引いた娘に対して、風邪薬を何かにこっそり混ぜるのではなく、「おくすり飲もうね」と風邪薬であることを認識させて、飲ませるというミッションのお話。

経緯は前編の以下記事をご参照ください。

小児科を出て、そのまま薬局へ向かう。待合席で待っている間、娘には努めて明るいテンションで接するようにした。
彼女に染み付いているであろう「薬は不味いもの」「無理やり飲まされるもの」というマイナスなイメージを、初っ端から想起させたくなかった。

「娘子ちゃん。いま娘子ちゃんの中に悪い鬼さんが居るから、お薬飲んで、この優しい青鬼さんと一緒に"エイヤァ!"ってして、退治しようね」
その日、娘は保育園から、節分用の鬼の仮面を持ち帰って来ていた。娘自身が制作したもので、その「優しい青鬼さん」を大変気にいっていた。退治される鬼ではなく、娘を守ってくれる優しい鬼ということらしい。
取り合えず、一緒に頑張れる仲間を増やしておいて損は無い。

受け取ったシロップは、朝・夕の食後に6ml。7日間分が処方された。
鼻用のシロップは甘いが、頓服用のカロナールシロップは少し苦いらしい。
薬剤師さんには念のため、何かに混ぜて与えても問題ないかを尋ねた。大丈夫だった。本意ではないが、ミッション失敗時の妥協プラン(ココアに混ぜるなど)も遂行できるのか、確認しておきたかった。

日も落ちかける頃に帰宅し、2人こたつで一息つく。
私はメルちゃん人形を動かし、「娘子ちゃん、おかえりー!」と娘に抱きつかせた。
娘が「よしよし、いい子だねぇ、寂しくなかった?」と頭を撫でて答える。ずいぶん大人びた会話をするようになったものだ。
再びメルちゃんが喋る。「娘子ちゃん、お薬もらったのかな?3歳のお姉さんだもの、ご飯のあと、一緒に頑張って飲もうね!」
娘は「うん!」と言って、メルちゃんを抱きしめた。
仲間は2人。大丈夫だろうか。


夕飯を出す直前、娘に声をかけた。
「娘子ちゃん、ごはん終わったら、シロップ飲もうね」
娘は顔を曇らせて「いやっ」と答えた。まいったなぁ思いながら、まずは食事を進めてもらう。

食事を終えた後、おもむろに「さぁ、シロップ飲んでみよっか!」と明るく伝える。食器は片づけた。テレビも消した。娘は座ったまま微妙な顔をしている。ここで激しく抵抗しないのは、こたつの上からメルちゃんが見ているからか?

まずは、シロップの計量カップをそのまま渡そうと試みる。
クンクン・・「いやっ!!」
顔を背けた反動で、髪の攻撃が私の顔面に当たる。うーーん。

「じゃあ、ママ飲んでみようかな!クンクン、甘そうなにおいがするねえ」と、スプーンに垂らして味わってみる。「あっ!?おいしい!甘い!」
本当に嫌じゃない甘さだった。昔好きだったシロップだ。
家に居た夫にも促す。3人目の仲間だ。
「パパも飲んじゃお~パクッ。あっ!?ほんとだ、懐かしいね!甘い!」

「さあ😉」と再び渡そうとしても、やはり訝しげにシロップを覗き、「いやっ!!酸っぱいもん!」と顔を背ける。酸っぱくはないよ、甘いぜ?

ただ、確かに匂いを嗅ぐと、少し濃い感じはするかな。コップに移し、少し水で薄めてみた。
結果は同じく拒否。最初の一歩がなかなか踏み出せないんだな。
「じゃあ、スプーンで少しチョンって舐めてみようか、甘いんだぜ~」と、娘の小さいスプーンですくい、口元に近づける。
「んんん・・・いやっ!」振り回した髪でシロップが落ちる。うーーん!

架空の仲間を憑依させることにした。
娘が最近気に入って真似している、スーパーヒーロー。いろんなアニメにヒーローが出てくるので、実は何かは分からない。アイマスクをしてマントを付けているショウちゃんか、キュアスカイか、パジャマスクか…。とにかく、固有名詞としてスーパーヒーローを呼び出した。
「スーパーヒーロー娘子ちゃん、頑張れーー!!」

娘がチョン、とスプーンのシロップを舐めた。
「・・いやっ!!!」また髪がなびく。
うーーーん?しかし諦めない。
「あっ、頑張ったね!すごいすごい!甘かったでしょ?」と畳みかけるが、「酸っぱいもん」と娘の口はヒョットコのままだ。

最初に比べれば、半歩は踏み出せたと思う。
応援団から勇気を受けた。ならば安心感を与えようと、娘の手を握る。
「娘子ちゃん、お薬飲むと、早く元気になれるよ。元気になったら、何しようか?」
「・・・みんなでお買い物に行きたい」
「いいね、元気になったら、みんなでスーパーへお買い物に行こう?お外でかけっこも楽しいね。元気になったらできるね。そのために、シロップ飲んでみよっか。少しずつで大丈夫だよ。」
「・・・うん」
握った手をギュっギュッとする。スプーンを口元に近づける。
・・・飲んだ!
やった!
「ベェ~~・・・」
吐き出した。なんてことだ・・

普段なら、苛立ちのゲージが急上昇するところだ。しかしここで切り上げたら、これからもっと大変になる。堪えた。
「頑張ったね!よく飲めたね!少し多かったかな?少なめにしようか」
娘はまたヒョットコの口だ。

スプーンですくった薄いシロップを、さらに少なくして差し出した。
半歩踏み出し、一歩踏み出せた今なら、いけるかもしれない。
応援団を総出陣した。
青鬼、メルちゃん、夫、スーパーヒーロー、ついでに近くにあったぬいぐるみ2名。手も握ったままだ。
「が~んばれ!が~んばれ!娘子ちゃんなら行けるよ!が~んばれ!」
・・・
・・・飲んだ!
・・・
吐き出さなかった!
「わぁーーー!娘子ちゃんすごいっ!さすがお姉さんだね!すごいわあ」
もはや語彙がひどい。
その後も少しずつ少しずつ、スプーンで飲み、最後ほんのちょっぴり残った分は、コップでグイっと飲み干すこともできた。
よく頑張ったね。よく勇気を出せたね。ものすごく褒めた。


一晩明けた朝食後と同日の夕食後も、最初は嫌がったものの、水で薄めてスプーンで少しずつ、飲み干すことができた。このときは、あまり彼女に視線を集中させすぎないよう夫にお願いした。
娘の場合だけかもしれないが、娘自身が嫌な思いをしている時や泣いている時など、ほかの視線が自分に集まることを、極端に嫌がるのだ。よく私以外の人に「見ないでっ」と言うことがある。

また一晩明けた朝食後も、同様の手法で飲めた。
そして驚いたのが昼食後。娘は何やら訳あり顔で台所に目を向けた。お菓子をねだるのかと思ったら、「シロップは?」と尋ねてきた。
まさか3日目で自ら要求するとは思わなかった。
その行動の理由は何だろう。シロップの甘さか?褒められることか?自尊心か?もしくは習慣化されたのだろうか。


苦手を克服するのは、とっても大変なんだ。
正直、甘いシロップでなければ、難しかったかもしれない。
でも克服して苦手が普通になれば、それは気負いなく習慣化しやすくなる。

苦手を克服するには、大きいと思っていた壁を分解して、小さくすること。
そして仲間と、応援と、安心感と、やれるはずという少しの自信を持って、ちょっとずつ挑戦すること。なのかなぁ。

「娘子ちゃん、3歳だもん!もうお姉さんだもん!」という、いまいち根拠に欠けていた主張は、もはや立派に証明されたな、と成長を実感したお話でした。

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