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映画『黒い家』黄色の恐怖

はじめてこの映画を観たのは十代後半だった。
当時の私は一日一本は映画を観ようと決めて、まだVHSとDVDが肩を並べてレンタルショップに陳列されていた時代に同郷の田中美里さんが出演されている森田芳光監督の『黒い家』を手に取った。



映画の舞台は石川県。
保険会社勤務の若槻(内野聖陽)に電話で問い合わせをする菰田幸子(大竹しのぶ)が黄色の服に黄色のヒールという出で立ちで登場する。
まばたきも少なくへらついた抑揚のない話し方で感情の読み取れない幸子。
もうこの時点で不気味。

今から繰り広げられるであろう恐怖にワクワクならぬゾクゾクである。(既に何度か観ているのに…)
とんでもなく厄介な人物と出会ってしまった若槻。彼は次第に幸子の闇に引きずりこまれていくのだが、この映画には随所に不気味や違和感が散りばめられている。その意味を探るがこれだという答えは未だ得られていない。(我ながら読みが甘くて情けない…)

例えば
・幸子の家に複数点在している犬の置物
・足をひきずる松井刑事(なんと町田康さん!)
・犯罪心理学専門の大学助教授の金石は挙動がどことなく不審で落ち着きがない
・幸子の夫の重徳(西村まさ彦)が動くと鳴るギー、キリキリと金属が擦れるような不快音
・会議室などで点滅するネオンのような照明(パソコンの画面などにも)
・これもまた会議室の机真ん中に置かれたやかん(麦茶?アイスコーヒー?)心なしか『家族ゲーム』の一列の食卓を思い出す

そして圧倒的に脳に直撃してくる『黄色』だ。

幸子の服やヒールもそうだがボーリングの玉、スニーカー、靴下、サングラスのフレーム、水着、ジャンバー、扇風機の羽…
いたるところに黄色、黄色、黄色…
この黄色い違和感に気がつかない者はいないのではなかろうか。

幸子の家の庭に下を向いたくたびれたヒマワリが咲いている。
しかし幸子のヒマワリ柄のシャツは大きく開いている。
何を意味しているのか、映画に集中しながら考えてしまう。
黄色は幸せを意味するカラー?
幸子の名前の幸から?
いや、待てよ、黄色信号は注意喚起だし…
あぁ、黄色が気になって仕方ない。

主に幸子の身の回りに存在する黄色。
プールでストレスを叩きつけるように発散する若槻のクロールの激しく飛び散る水しぶき。
思い通りに事が運ばない幸子の苛立ち(意識)が明らかに若槻に向けられていくにつれ近づく黄色。それはプールの上の鉄パイプの色が黄色であることが観ている者へ若槻に忍び寄る危険を知らせているようだ。

この映画で若槻の恋人である黒沢恵(田中美里)の存在が唯一の心の安らぎを与えてくれる。
冷静で的確。話し方にエヴァンゲリオンの綾波レイが重なる。
若槻から相談された恵は心理学の分析を用いて菰田夫婦の実態に迫っていく。

心理学を学んで得た一番大切なことに恵は「人間は一人一人が全く違う複雑極まりない宇宙だということ」と若槻に告げる。

〝人間らしい心を持たない人間は存在しない〟という考えを恵は持っている。

だが、幸子の小学五年生の時に書いた作文にとんでもない事実が隠されていたことに気がついてしまう。
それは
「この人間には心がない」
ということだった。

人間らしい心がないということと心がもともとないこととは意味が違ってくる。
恵の貫いてきた考えは否定できない。
心がないということは人間らしい心がないことより厄介だ。
プログラミングされたロボットがその命令に従うように幸子は心の伴わない行動を起こすからだ。
そうなった人間は恐ろしく強い。
任務遂行の為に持てる力を全て出す。
それが凄惨たるラストシーンに繋がる。

恵は幸子に凄まじい恐怖体験をさせられなんとか救出されたものの療養後(中)に若槻と再会した際目は虚ろで心がどこかへいってしまったようである。
だが、恵の心はもともとあったわけで傷ついても、見失っても恵の中に存在しているはずだ。

時間が右手を浸した川の流れのように過ぎて癒してくれることを祈るしかない。(同郷の役者さんだと尚更感情移入してしまう…)

幽霊もののホラーではない人間のとった行動で恐怖を生み出す『黒い家』

目に見える存在の恐怖が時に目に見えない存在があやふやな幽霊の恐怖に勝ることもある。

その為には大竹しのぶさんの【最恐の演技】なくしては成立しない。

はたして黄色の正解は何だったのだろう。

幸せになりたい幸子の叶わない象徴だったのか。森田監督の幸子への思い遣り、祈り?
もともと心がないならあんなセリフを言うだろうかという場面もあったので自分の中で断定できないでうごめいている。
そう、うごめいたままでいる。

全速力で橋を走る大竹しのぶさんの、いや、菰田幸子の叫び声が聞こえてきそうだ。

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