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人権という概念

人権と言う言葉は、
酷いことをする人がいない社会では生まれない。
誰であれ、自分と同じ人間なのだ、
と思わない人がいない社会では生まれない。
そんなふうに思う。

自分も他の人も、同じ人間で、生命で、それぞれに自由意思があって、それを使って生きている。
時にお互いの自由意思、やりたいことがぶつかることがあっても、
対等に話し合って、お互いに理解して、
納得して合意をして結論を出す。
そう生きる人たちの社会では、人権と言う概念は必要じゃない。

相手をコントロールしてこちらの意のままに動かしたり、
相手の生命の領域に勝手にズカズカ入り込んだり、
相手のモノを奪ったり、
相手の尊厳を貶めたり、
相手の生命力を吸い取ったり、
最悪に場合生命そのものを奪ったり。
そんなことをする人がいなければ、
そんなことをしたいと思う人がいなければ、
人権という、人が人として存在する最低ラインを守る、
と言う概念さえ、きっと生まれない。

端的に言えば、
愛と思い遣りベースで生きている人々の間では、
あまりにも当たり前に、ほとんど無意識レベルから大前提として守られているのが人権と名付けられた概念だって気がする。

なぜか、そう思う。
ただ、そう思う。


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