Yiyon Li 『A Flawless Silence』

★★★★☆

『千年の祈り』(クレストブックス)を筆頭に何冊も翻訳されているイーユン・リーの短篇です。僕も2、3冊ほど読みましたが、完成度の高い作品が多かった印象が残っています。本作はニューヨーカー2018年4月23日号掲載。

 主人公のミンは40代の女性。夫のリッチと双子の娘といっしょにサンフランシスコで暮らしています(すでに独り立ちしている息子もいます)。
 彼女のもとには毎年誕生月に、二度しか会ったことのない80代の老人からメールが届きます。ミンはそれにうんざりしているのですが、複雑な心境からなにもせず、ただ放置しています。

 中国で生まれ育ったミンはリッチとお見合いで結婚し、アメリカに移り住みました。ですが、実はその前にもう一件べつの見合い話を受けていたのです。その相手が件の老人の息子でした。その際に老人と知り合ったのです。
 当時、老人は大学の教授であり、彼の息子たちもよい職に就いていました。申し分のないお見合い相手だったのですが、ミンの家が貧しかったため、社会階層的な隔たり(学歴や英語力など)がありました。そのため、ミンはお見合いの話は流れたと思いました。
 けれど、しばらく経って老人から連絡がきます。老人に妙に気に入られてしまい、それ以来、粘着されてしまいます。

 作中の時期はトランプとヒラリーの大統領選直後です。共和党支持である夫、トランプ支持であるとは公言しにくい空気、子育てと政治の話題など、いくつかの要素が絡まり合いながら話は進んでいきます。

 あっと驚く仕掛けはありませんが、物語の着地の仕方はいつもながら見事のひと言です。この話はどうやって終わるんだろう?と思わせながらも、必ずこちらの予想を越えて、なおかつ納得のいくラストまでもっていくところに確かな実力を感じます。長篇も書いているので、短篇の名手と言ってしまってよいのか迷いますけど、本当にうまいなあ、と思います。
 新体操の演技みたいにぴたりと着地する、と形容できる短篇はそう多くありません。ジュンパ・ラヒリも上手ですけど、イーユン・リーのぴたり感は格別です。

 イーユン・リー作品の登場人物は、なんというか自意識が稀薄というか、自我が前面に出てこない人が多いように思われます。本作のミンも自己主張は控え目で、表面上は物静かに見えます。ですが、内部ではさまざまな感情が渦巻いています。
 そうした部分が前景化したり、言語化されることは少なく、通奏低音として、緩やかな川のように作中を流れています。そして表面に表れないからこそ、作品のトーンを強く規定しているように感じます。
 この孤独の描き方こそがイーユン・リーの世界観であり、シグニチャー(特徴)です。自意識の稀薄な孤独、個人的シェルターとしての孤独、ネガティヴでもポジティヴでもなく、個人が権利のようにもつ孤独、それがイーユン・リー独自の筆致で静謐に描かれています。

 タイトルは『完全な静寂』という意味ですが、このままだといまひとつですね。きっぱりと『沈黙』や『静寂』でいい気がします。

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