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自分の価値観を壊してくれた街、LA-Story⑤

こんにちは!
いつもお読みいただきありがとうございます。
さて、前回のストーリー
「大学を卒業したら就職をする」という一般的なレールから外れ、アメリカのロサンゼルスに留学する道を選んだ、というところまでお話ししました。

◆ 就職という道ではなく、ロサンゼルスを選んだ理由
◆ 価値観をぶち壊す街。そして人生が大きく変わり始める
◆ 世界トップスイマーたちとトレーニング。目標はロンドン五輪代表選考会

◆ 就職という道ではなく、ロサンゼルスを選んだ理由

なぜ留学をすることにしたのか?“海外に住んでみたい”、“英語を話せるようになりたい”、“違う文化に触れてみたい”など色々な理由がありましたが、一番は自分の中の価値観や世界観、経験値を増やしたかったからです。
それまで2歳半から大学を卒業する22歳までの約20年間を水泳という世界でしか生きてこなかった自分は、自身の価値観や常識というものがすごく凝り固まっていました。
例えば友達の中にゲームが大好きな友達が居たのですが、当時は「なんでこんなにゲームばかりしてるの?もっと他にやることあるでしょ?」と、軽蔑した目で見ていました。
しかし、時代の流れもあり、e-SPORTという市場が出来、今度はそのe-SPORTがオリンピック競技になるかも知れない。

どんなことが何に繋がるかわからない。もちろんその友達が今の未来を予想できていたとは思いませんが、自分の中の価値観だけで世の中を見ていてはダメだなと思った瞬間でもありました。

◆ 価値観をぶち壊す街。そして人生が大きく変わり始める

そんな自分の凝り固まった価値観をぶち壊す意味でも、ロサンゼルスという街は最適な街でした。
渡米時に飛行機の乗り継ぎが上手く出来ずロストバゲージに遭うという、むしろネタでしかないロサンゼルスデビューをしたのですが、当時は一日一日、一秒一秒すべてが新鮮で刺激的な時間でした。

※このように様々なアーティストが自分の腕をLAで試していました。

滅多に時間通りに来ないバス、YesやNoくらいしか話せず必死にボディランゲージで伝えようとする友達との会話、全てが楽しかった思い出があります。
楽しすぎて歩きながらいつもニヤけていたくらいです。
その時によく聞いていたトラヴィー・マッコイの曲『Billionaire ft. Bruno Mars』が街の雰囲気に凄くマッチしていて、今でもこの曲を聞くと当時の記憶が蘇ります。(PVがLAというのもありますが)

https://youtu.be/8aRor905cCw

学校はUCLA付属の語学学校に通っていたのですが、大学の施設も利用することが出来、たまにプールやジムでトレーニングをしていました。その時はロスでも楽しく泳ぎながら、何か大会とかに出れたら良いなと軽く思っている程度でした。
そんな学校とホームステイ先との行き来だけの生活でしたが毎日学びがあり、凄く充実していました。
そんな時に兄から「水泳の先輩がロスに居るから連絡しろ!」とメールが届きました。
そのメールが僕の人生を大きく刺激的なものに変えることになったのです。

◆ 世界トップスイマーたちとトレーニング。目標はロンドン五輪代表選考会

言われるがままその連絡先に連絡をし、無事にその先輩と会うことが出来ました。
それからよく食事に連れてもらったり、一緒に遊んでもらったりして本当によく可愛がってもらいました。
ある日、そんな先輩が「せっかくこっち(ロス)に居るんだから語学だけじゃなく、もう一度本格的に水泳頑張ってみたら?」と、当時先輩が通っていた南カリフォルニア大学(USC)の社会人チーム(TROJAN SWIM CLUB)に誘ってくれました。
しかも、練習道具もろくに持ってきていなかった自分に対して水着やキャップ、ゴーグルなど練習に必要な道具を一式与えて練習環境まで整えてくれたのです。

※車の必要性にかられて購入したFord Explorerはかなり優秀でした。

初めて行った練習当日、緊張していたのはもちろんですが、コーチやチームメイトを見て更に驚きました。コーチは当時のアメリカ代表のコーチ、チームメイトは右も左もオリンピックのメダリストや世界大会のメダリストなど、世界のトップスイマーがわんさか居ました。サッカーで言えば、レアル・マドリードやバルセロナみたいなチームです。そんな環境でトレーニングが出来るのは幸せ以外の何物でもなく、身体のすべての毛細血管までもが刺激されていたと思います。

それから、まずは身体の状態を戻すためにも必死に周りの選手についていきました。練習メニューも英語ですべてを理解することはできなかったのですが、前や横で泳いでるチームメイトを見ながらがむしゃらにこなしていました。
身体は毎日クタクタだけど気持ちは清々しくてすごく充実していたのを覚えています。

そんなチームでトレーニングを重ねるうちに気づいたことがいくつかあります。それは選手自らが積極的にトレーニングをし、かつそれを楽しんでいる。社会人チームにもなれば当たり前かもしれませんが、僕自身も毎日すごく楽しんでいたと思います。あとは一度として同じメニューが無いことです。毎回毎回、毎日毎日新しいメニューをコーチが作ってくれていました。そこは日本のトレーニングとは少し違うかなと思います。コーチやチームにもよると思いますが、日本のトレーニングは細かいことを繰り返して身につけていくイメージで、アメリカのトレーニングは良い意味で適当で新しい事をどんどん取り入れていくイメージです。
もちろんそれぞれに良い所があり、一概にどちらのトレーニングの方が良いということは無いのですが、僕自身の水泳に対しての新しい感覚を与えてくれたことは間違いないと思います。

そんな兄や先輩のサポートもあってアメリカでの水泳生活も始まっていきました。
当時は2010年、ターゲットを2012年のロンドン五輪代表選考会に据えて、新しい環境でのトレーニングを頑張っていました。

本当は今回でアメリカ編をすべて書こうと思ったのですが、意外と長くなりそうなので2回に分けることにしました。
また次回もお付き合いください。宜しくお願い致します!


山本哲史(Akifumi Yamamoto)
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株式会社RASCAL’s
スポーツを軸にビジネスを展開しているスポーツベンチャーです。
http://rascals.co.jp

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