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試練の辰年。能登半島地震における厚生労働省の初動対応の舞台裏

十二支の中で唯一の架空の生き物である「龍」。古来より人智を超えた自然の大いなる力への畏敬を象徴する存在とされてきました。そんな辰年の幕開けと同時に、能登半島を襲った大地の鳴動。大勢の方が命を落とされ、地震から一週間が経った現在も、多くの方が寒空の下、避難所での不自由な生活を余儀なくされています。ここに亡くなられた方々のご冥福を祈り、被災された全ての方々に心からのお見舞いを申し上げます。

発災以降、私は厚生労働大臣政務官として、厚労省による被災状況の把握と被災者の支援に関わって参りました。大きな自然災害が起きたときに、国民の命と安全を守るため私たちの政府はどのように動いているのか。どのような議論を行っているのか。報道などでは十分に伝わらない政府による災害初動対応の実情について、政務官の視点からその一端をご紹介したいと思います。

政府による災害初動対応の基本的枠組み

国内で大きな自然災害が起きた場合の政府の対応手順は災害対策基本法の枠組みに基づいて進められます。まず、内閣総理大臣は、災害の規模に応じて内閣府に災害対策本部を立ち上げることができます。今回は、1月1日に防災担当大臣をヘッドとする特定災害対策本部が立ち上がり、災害規模の重大さに照らして翌2日にこれを内閣総理大臣を長とする非常災害対策本部に衣替えされました。

これに呼応する形で関係省庁においても、それぞれ対策本部が立ち上がります。厚労省においては、まずは地震直後の1日の16時11分に災害情報連絡室が設置され、17時半に厚生労働次官を長とする災害対策本部が立ち上がりました。そして翌日に、内閣府と歩調を合わせる形で厚労省の対策本部も厚生労働大臣を長とする形に変更されました。こうして2日以降、大臣・副大臣・政務官の政務三役が参加する形で、厚労省の災害対策本部が毎日開催されてきています。

このような中央省庁での動きと並行して、通常、災害が起きた現地自治体においても現地対策本部が立ち上がります。例えば、石川県では1日の18時半に第1回の対策本部会議が開かれ、知事による市民への避難のお願いや自衛隊への救助派遣要請を出したことが共有されています。

こうして大規模災害の初動対応においては、①全体方針やリソース配分を指揮する内閣府主催の官邸における災害対策本部、②所管ごとの具体的な対応策を進める省庁別の災害対策本部、そして③現場に一番近く支援ニーズを把握している現地の災害対策本部の三者が緊密に連携しながら対応を進めていくこととなります。

政府と厚労省の対応フローの比較 出典:厚生労働省資料

厚労省の災害対策本部で実際に何が議論されているか

では各省の災害対策本部ではどのような議論がなされているのか。報道では防災服を来た幹部がずらっと並んでいる映像しか公開されず中身のイメージを持ちにくいかもしれないので、標準的な進行を一部ご紹介したいと思います。(なお、以下に紹介するのはあくまで厚労省の実務であり、他省では全く異なる運用をしている可能性もありますのでご留意ください。)

厚労省災害対策本部の様子(2024.1.5)

厚労省における災害対策本部は原則として一日一回開催されます。時間帯としては厚労大臣が官邸で開かれる政府全体の対策本部に出席して本省に戻ってきた後、開催されることが多いものの、日によって異なります。

会議の進行は大きくわけて、①厚労大臣からの冒頭発言、②現地派遣職員からの報告、③各担当部局からの最新の状況報告、④意見交換の流れで進みます。

まずは、会議冒頭に武見敬三厚労大臣より、直前に行われた官邸での非常災害対策本部の様子や総理指示が紹介され、また大臣ご自身の考えに基づく対応指示が行われます。これによって会議における検討の優先順位や重点ポイントの認識が共有され、効率的に議論を進めることが可能となります。続いて石川県の現地対策本部に派遣している本省職員の代表(審議官級)より、オンラインで現地の最新状況の報告が行われます。刻々と状況の変化する災害直後の急性期においては、現地からのリアルタイムでの情勢報告は時差のない対応を検討する上で極めて重要な情報源となります。

続いて災害対応にあたる各担当部局の局長より、所管分野の被害状況のアップデートが行われます。例えば、医政局より被災地域における医療機関の被災状況、老健局より高齢者関係施設の被災状況などが、施設単位で細かく毎日アップデートされ共有されます。また水道整備・管理行政も厚労省の所管であるため、健康・生活衛生局より被災地域における断水状況や応急給水の手当ての進捗などが報告されます。さらには保健所における感染症予防などの保健活動、被災地への医薬品の輸送手段の確保などについても各担当より進行中の対策とともに状況が共有され、次の打ち手が決まっていきます。

(被災状況の概要については、こちらの厚労省のHPで随時更新していますので、情報収集のプロセスのより具体的なイメージを掴みたい方はご覧ください。)

A3版の分厚い被害状況報告(現在はペーパーレスに)

厚生労働省の具体的な対策と取り組み

今回の震災直後の初動対応において、厚生労働省としては主に医療支援、断水対応、被災者支援という三つの領域を中心に対応を重ねてきました。

医療支援については、医療機関、介護施設、障害者施設の被災状況の迅速な把握に努めると共に、災害医療支援チーム(DMAT)による現地での医療活動の調整等を通じて支援しています。DMATとは医師、看護師などで構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場に、急性期から活動できる機動性を持った専門的な訓練を受けた医療チームです。1月8日現在、全国から200隊近くのDMATの皆さまが駆けつけてくださり、被災地の救命・救急で活躍してくださっています。また、断水による重大な影響の懸念される透析患者の方々については、転院や搬送を通じて一人一人の医療ケアの継続が可能となるようフォローを続けています。

断水対応については、現在も深刻な状況が続いています。1月8日現在においても、石川県を中心に7万戸以上において断水状態が継続。日本水道協会や自衛隊に協力を要請し、全国から可能な限りの給水車を現地に派遣して頂き、応急給水を継続しています。また断水の原因については、下流の送水管・排水管が破損しているケースから、上流の浄水場等にトラブルが発生しているケースまで地域によって事情が様々。そのため被災地以外の水道事業体から技術者約170名を派遣して頂き、早期復旧への取り組みを加速させています。

災害対応の長期化に伴い、今後は被災者支援がますます重要となります。混雑した避難所などでの感染症予防対策、衛生管理指導、心理的ケアなどを一層強化する必要があります。被災地において医薬品が不足することがないよう現地対策本部などと連携して輸送支援を行うとともに、被災者が健康保険証や介護保険証を所持していなくても医療サービスを受けられるよう通知を出すなど規制面でも柔軟な対応を行ってきました。

被災直後の急性期から、今後はより中長期の支援に向け、厚労省としても被災者の皆さまの気持ちに一層寄り添った対応を進めて参ります。

厚生労働省における標準的な災害対応のステージ進行 出典:厚生労働省資料

有事対応における政治の役割と責任

有事においては、常に不完全情報の下で判断することが求められます。今回の震災対応も例外ではありません。

そうした難しい判断を支えるのが、予め関係法令や厚労省の防災業務計画のもとで定められた一連の手順やマニュアル。その一行一行に、先人達の苦い失敗や反省が込められた、尊い経験智の結晶です。いざという時に初動対応の足を引っ張ることのないよう、政治家はできるだけ平時の訓練等を通じてその概要に通じておかなければなりません。

また、有事には政治家のもとに様々な情報が届きます。現地の国会議員の方から、地元の介護事業者から、海外の学識者から、新しい技術を持ったスタートアップ企業の経営者から。最初は荒唐無稽なアイディアに見えても、よくよく検討してみるとゲームチェンジャーになる場合もある。一見大事な情報に思えるものでも、解決済みだったり前提が不正確な場合もある。だからこそ情報は入手するや直ちに審査する必要があります。だが、どうやってそれぞれの情報を正しく評価するかがとても難しい。手元に届く膨大な情報のうち、何を、誰に、いつ伝えるか。政務三役の責任の重さに照らし、日々悩みながら、試行錯誤しています。

戦略の過ちを戦術で取り戻すのは不可能と言われます。大規模災害における対応方針の判断の一つ一つが、多くの国民の生命・安全に直結します。不確実性の中の難しい判断。その結果の責任を取れるのは政治家しかいません。厚労省職員の皆さんが思い切って職務に注力できるよう、これからも多くの厳しい政治決断を迫られるであろう武見大臣を、宮崎副大臣、濱地副大臣、三浦政務官と一緒に私も全力でお支えして参ります。

現在、様々な団体において能登半島地震の被災者を支援するための義援金の募集が始まっています。また、もう少し状況が整理されれば、被災地域の復旧に向けて多くのボランティアの方々のお力が必要となる時期がきます。ぜひ市民の皆さまにおいても、それぞれの形で被災地への支援の輪を広げて頂き、被災者の方々に日常が戻るまでの長い道のりを温かく伴走頂ければ幸いです。

結びに、元日より休日返上で連日連夜、精力的に災害対処にあたって頂いている多くの厚労省職員の皆さまの献身的な取り組みに、心から敬意を表し、感謝申し上げます。

厚労省職員の皆さま、迅速かつ丁寧なサポートをありがとうございます!


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