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【side C】プリンセスは我のまま。或いはone of universe.

ねえ、お姫さまの役割ってなんだと思う?

そう聞くと彼は笑って「傅かれることでしょう」と答えた。

ならば、わたしも傅いているわ。

そう言うと、彼はこう答えた。

「そう、僕らよりももっと大きな者に傅くのがお姫さまの仕事だよ」

傅かれるのが、嬉しいなんて、喜びなんて、嘘だ。傅くことこそ、本当は嬉しいんだ、喜びなんだ。

本当は、誰もがそれを知っているのに、なんでだろうね。

わたしがそう呟くと、彼は言う。

「だからこそ、お姫さまには責任が生まれるんだよ」

「それが天才、ジーニアスってやつだよ」

ジーニアスの語源は、ラテン語で守護霊、守護神を意味する『genius(ゲニウス)』。

日本語の『天才』や『神童』という言葉も、英語で言う『gifted』や、『神に愛された子』も、皆、似ているのは何故だろう。

答えはその才が、誰のものでもないからだろう。

天から降る雨や光が、誰のものでもないように。

才能がある、ないという話は、架空のストーリーだ。

雨や光が等しく降り注ぐように、才能も降り注ぐ。

そう、それはまるで集中豪雨のように、時に一人の人間に降り注ぎ、

そして、そもそも光の如く、朝が来ればすべての人間に降り注ぐ。

そんなこと、誰でも知っているのに。

そう、わたしが嘆くと、彼は「だから、言葉があるんですよ」と笑った。

一人の人間に降り注いだ雨は、道を作り、川を流れ、その道行きにいる人びとの喉の乾きを潤すだろう。

すべての人間に降り注いだ光は、夜を祓い、闇を撃ち抜き、人びとは眩しげに目を細めるだろう。

鳥が歌う。朝が来た、と。

そして、人間は言うのだ。

「今日はごみ出しの日だ。収集車が来る前にごみをまとめて出さなきゃね」

『あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。

わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。

そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。

わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。
ヨハネによる福音書(口語訳)14-1

朝はそういうもの。お出かけの準備をするもの。

そして、「ただいま」と「おかえり」を言える場所を作るもの。

さあ、そろそろ出かける時間だ。

あちこちにあるごみ箱のごみは全部ひとまとめにしよう。

忘れ物はない?

準備はできた?

そう言い合いながら、おめかしをする。

ねえ、今日の衣装は死装束?

それともここ一番の勝負服?

わたしがそう聞いたら、彼は「どっちもでしょう、いつだって」と言うだろう。

さて、わたしは口紅をひこう。

花のような言葉であることは忘れずに。

散るのも芽生えるのも咲くのも腐るのも枯れるのも摂理。

けれど、死に絶えることはけしてないよ。

花束はまた生まれる。

作家/『ILAND identity』プロデューサー。2013年より奄美群島・加計呂麻島に在住。著書に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。Web小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。