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ファンタジーだとわかっていても

美容院に行くと、髪を切るときに退屈じゃないように美容師さんが雑誌を持ってきてくれる。わたしに持ってきてくれるのはだいたいがアラサー~アラフィフ向けの女性誌で、ファッションとライフスタイル系が多い。

チョキチョキしてもらいながらそれをぱらぱら見てると、仕事も家庭も頑張ってる子持ちのフルタイムワーキングマザー設定に扮したモデルさんやリアルでフルタイムワーキングマザーの読モさんがこれでもかと出てくる。仕事の通勤ファッションはこんな感じのスタイル、クライアントの打ち合わせはこんな感じのできる女風、家に帰ってオフはリラックス風、時には旦那と休日デート。キラキラの最新のファッションに身を包み、ヘアもメイクもばっちり決まっていて、タイトな時間を仕事家事育児をしながら渡り歩く。一点の隙もない。でもわたしは、いつもそれを見てもやもやした気分になる。

なんでか。まずごくごく個人的な理由だけど、わたしがフルタイムのワーキングマザーにはなれなかったからだろう。

10年以上前になるけれど、東京で当時働いていた中小企業を臨月で辞めて、子どもを産んで、息子が1歳になるかならないかぐらいのときにそろそろ保育園に預けて働きたいなと思って東京の保育園事情を知り、玉砕したのだった。

近くに親が住んでいない限り、かなりの金額をベビーシッターさんに払わない限り、社会復帰は今の段階では難しそうだと当時の自分は遅ればせながら知って、やむを得ず専業主婦のままいることにした。

10年以上たった今も東京の保活事情はあまり変わっていないのかもしれないけれど。

専業主婦になったらなったで小さな子どもにずっと寄り添っているという大変さがあった。一瞬も目を離せないような毎日がずーっと続いていく。髪を切りにも行けないし、具合が悪くなってもなかなか病院にも行けない。自分が個人だった時代は遠くなり、〇〇ちゃんのママという名称が自分の名前とアイデンティティになっていく。もちろん、小さな子どもと過ごすというかけがえのない大切な時間を幸せに感じられるからその半面の大変さに耐えられる。でも、きれいな女の人がおばさんになる過程のリアルがその育児中にあるのは間違いないのではないかとも思う。

そんな自分からしてみると、その高すぎるハードルを超えて子どもを預けて、育児中の子どもに振り回されまくるストレスを超えて、仕事の途方もない疲れを超えて、一点の隙も無いキラキラな子育て中フルタイムワーキングマザーという設定を受け入れがたいのだ。それが紙面上のファンタジーだと頭ではわかっていても。